鹿児島市西千石町の「フレッセ厚生市場」にある靴修理・鞄修理・合鍵作製のお店です。
 

店 名   リペアショップ鹿児島店
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トランプ政権の「経済力による平和」戦略

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。


今回は、国際派日本人養成講座 より、トランプ政権の「経済力による平和」戦略です。




 米国はシナの経済発展を助けることで、世界に牙を剥く虎を育ててしまった。その虎から、どう世界を守るのか。


■1.「獲物に飛びかかろうと身をかがめる虎」

 ピーター・ナヴァロ・カリフォルニア大学教授はドナルド・トランプ大統領の選挙キャンペーン時に政策アドバイサーをつとめ、政権発足後は新設されたホワイトハウス国家通商会議の委員長に就任した。そのナヴァロ氏の『米中もし戦わば――戦争の地政学』[1]が評判となっている。

『米中もし戦わば』という邦題からは開戦したらどうなるか、という軍事面を説いたように思えるが、原題の"Crouching Tiger: What China's Militarism Means for the World"の方が、よく内容を表している。

"Crouching Tiger"とは、虎が獲物に飛びかかろうと身をかがめている姿。その虎の「軍国主義」が世界にどのような脅威をもたらしているのかを説いている。シナの軍事力増強の状況を詳しく解説すると共に、それにどう対応すべきか、米国内の軍事戦略家の議論を広く紹介しながら検討している。

 その詳細は同書を読んで貰う事として、ここでは著者の主張する「経済力による平和」戦略を見てみたい。トランプ政権の対シナ政策の狙いとともに、先に訪米した安倍首相をトランプ大統領があれほどにまで歓待した理由も見えてくる。


■2.虎を育てた日米

 シナが今日のような軍事力を持つにいたったのは、アメリカ側の経済政策の失敗がある、とナヴァロ氏は指摘する。主要な失敗の一つは、2000年にクリントン大統領がアメリカ経済界の強い後押しを受け、シナのWTO(世界貿易機関)加盟を支持した事である。加盟は2001年に実現し、2002年のシナの輸出入実績は前年比22%増に跳ね上がった。

 2001年からの15年間で、シナの名目GDP(国内総生産)は8.5倍になった。その間、日本の名目GDPは14%ほどしか伸びていないので、2001年当時、日本の1/3ほどでしかなかったシナ経済規模は2016年には2.4倍にもなっている。

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 壊滅的な経済的帰結を招いたという点で、これほど誤った判断を下したアメリカ大統領は他にいない。

中国がWTOに加盟すると、 産業界のクリントン支持者たちは一斉に生産拠点を中国へ移し始め、その結果アメリカでは七万もの工場が閉鎖に追い込まれた。失業者・非正規雇用労働者の数は最終的に二五〇〇万人以上になり、アメリカの貿易赤字は年間三〇〇〇億ドル以上にまで膨れ上がった。現在、アメリカの対中貿易赤字は何兆ドルにも達している。[1, 3342]
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 当初、シナのWTO加盟を支持することは、シナが豊かになればグローバル・ルールも尊重して「攻撃的な独裁国家から平和的でリベラルな民主国家」に変わると考えられていた。その目論見は、現在、我々が目の当たりにしているように見事に失敗した。

 日本のODA(政府開発援助)支援も同様の失策である。外務省資料によれば、昭和54(1979)年に開始されてから平成25(2013)年度までに有償・無償・技術協力あわせて約3兆6553億円もの援助をしてきた[2]。その相当部分がシナの軍事力増強に使われてきた事は、弊誌も20年近く前から指摘していた。[a, b]

 日米が協力して虎を育ててしまい、今日、その虎が強大な牙を剥きだして、世界に飛びかかろうと身構えているのである。


■3.自分の食い扶持を虎の餌として与えていた日米

 シナとの貿易によって、「アメリカの製造業界は真っ二つに割れてしまった」とナヴァロ氏は指摘する。中小企業はシナの安価な輸出品で大打撃を受けた。

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 その一方で、アップル、ボーイング、キャタピラー、ゼネラルモーターズ、IBMといった、アメリカに本部を置く一握りの多国籍大企業が存在する。これら大企業は生産拠点を中国に移し、製品をアメリカ市場に輸出することによって、中国の違法な輸出補助金や搾取労働や税金の抜け穴や大甘な環境規制を利用して大儲けしている。[1, 4335]
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 この点は日本でも同様で、日銀の円高政策もあって、日本の大企業は一斉にシナに工場移転した。その結果、多くの中小企業が潰れ、国内は疲弊した。1990年代からの失われた20年とは、生産工場のシナ移転による国内の景気低迷が大きな要因の一つだった。

 日米は自分の食い扶持を減らして、虎に餌を与えた。その結果、自分自身の闘う体力が衰弱してしまったのである。


■4.「自分を吊す縄も喜んで売る」

 シナに進出した米大企業は、技術移転の面でもシナの軍事力強化に貢献した。

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 ボーイング、キャタピラー、GE、ゼネラルモーターズといった大企業が、中国で営業する権利と引き替えに「軍民両用」技術を積極的に中国へ移転している。もちろん、「軍民両用」であるからには、こうしたアメリカの技術は必然的に武器に転用され、アメリカの陸海空軍兵士に向けられることになる。[1, 2649]
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 アメリカ企業だけでなく、欧州企業も兵器関連の対中輸出禁止措置を「民間利用」という名目でかいくぐって、シナに売りつけている。たとえばドイツ製の最高級ディーゼルエンジンは、シナの潜水艦やフリゲート艦に当たり前のように搭載されている。

 ストックホルム国際平和研究所の統計によれば、フランス、イギリス、ドイツの製品だけで、シナが輸入している兵器関連品の20%近くを占めている。

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 つまり、レーニンの古い格言をもじって言えば、「資本主義者の協力者たちは資本主義者当人を吊す縄でも喜んで売るだろう」ということである。[1, 1041]
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■5.軍事技術を盗み出す

 軍事技術を得るもう一つの手段は、直接、盗み出すことである。

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クリントン政権下の一九九〇年代、中国はアメリカのミサイルに関する膨大な量のデータを盗んだ。気がつくと突然、中国は事実上アメリカまで到達可能な大陸間弾道ミサイルを保有していた。ブッシュ政権時代、中国はF‐35などの情報を盗んだ。オバマ政権時代には、ドローンの情報を盗んだ。・・・

何十年にもわたって何十億ドルもの研究開発費をアメリカの納税者からこっそり盗んできたのだ。[1, 1462]
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 敵のレーダーから補足できないステルス性を特長とする第五世代ジェット戦闘機F-35はアメリカでは財政赤字を理由に200機足らずの製造で中止されてしまった。しかしシナはそのコピーバージョンの開発を進めている。

 1999年、セルビア上空で米軍のステルス戦闘機が、ソ連製のミサイルで撃ち落とされた時、シナ人スパイは住民の家を訪ね歩き、散らばった残骸を掻き集めた。こうしてステルス技術の多くがシナの手に渡った。残りの技術はハッカー行為によって盗み出された。

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 二〇〇七年、中国のサイバー軍団はペンタゴンに不正アクセスして統合打撃戦闘機に関する機密情報の多くを持ち去ったばかりでなく、F‐35製造に協力していたイギリス最大の防衛契約企業BAEにも侵入し、そうとは知らないBAEから第五世代戦闘機の設計や電気システムや性能に関する重大データを盗み出した。[1, 11236]
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■6.虎の牙から目をそらせる戦略

 こうして虎を育ててしまった事が、なぜアメリカの政界で問題にならないのか。

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 ワシントンの政治家の多くは、成長を続ける対中貿易に既得権を持っているアメリカの多国籍企業から寄せられる多額の選挙献金にも大きく依存している。[1, 1636]
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 シナ政府自体も、直接、膨大な資金を使ってアメリカの政治家を動かしている。米中委員会委員マイケル・ウェッセルは次のように証言している。

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 ここワシントンでは、彼等は政治力を伸ばそうとしている。中国企業はカネをばらまき、法律事務所を雇い、ロビー団体を雇い、パーティーを主催するなど、ふつうの特定利益団体がワシントンで勢力を伸ばすためにやるようなことをすべておこなっている。 [1, 4382]
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 米政府も政権維持のためには、虎が育ちつつあることを認めたがらない。

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・・・ホワイトハウスも議会も、中国が着実にアメリカとの軍事力の差を縮めていることを正式に認めたがらない。そんなことを認めれば、世論が厭戦ムードに傾き予算状況がすでに逼迫している今、何らかの行動が必要になってしまうからである。 [1, 2639]
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 トランプが表向きはアメリカの工場の国内回帰を訴えて、経済面のみを米国民にアピールするのも、このためだろう。その陰で黙って虎を締め上げようという戦略ではないか。


■7.虎の「猫なで声」

 シナという利巧な虎は牙を隠すために、マスコミや、教育、映画にまで影響力を行使している。

 マスコミに関しては、シナ政府は自分に都合の悪いニュースを伝えるジャーナリストに、ビザ発給を拒否して圧力をかける。シナ脅威論に対して長年ハト派の立場を貫いてきた『アトランティック』誌のジェームス・ファローズは、「中国政府の怒りっぽさを知っていた」ため、それに配慮した記事を書いていたと認めた。[1, 5281]

 映画やテレビでもシナの巨大市場で売れるよう媚びを売った作品が出るようになった。SF映画『ゼロ・グラビティ』では、宇宙で遭難した飛行士が、シナの宇宙船『神船』に乗り移って地球帰還に成功するというわざとらしいシナリオだった。

 同じくSF映画『2012』は地球全体が地殻大変動で数千メートル級の巨大津波に襲われる中、シナ政府が人類のために作った「ノアの箱船」で、主人公たちが救われる、というシナリオである。「さすが、中国!」などという歯の浮いたようなセリフに唖然とした記憶がある。

 さらに、全米の資金難に苦しむ小学校から大学まで、シナ政府が資金を出している孔子学院がシナ語やシナ文化の授業を行っている。「中国のプロパガンダや主義主張をアメリカの子供たち、つまり、最も影響を受けやすい世代のアメリカ国民に植えつけようとしている」と、米国内の一部では批判が起こっている。

 冷戦時代のソ連は強大な軍事力を持っていたが、キューバ危機等、その牙を隠しもしなかったので、レーガン政権のもとアメリカ国民も一致団結して対抗できた[d]。しかし、シナはもっと頭の良い虎で、爪や牙を隠して「猫なで声」で世界を騙しているのである。


■8.「経済力による平和」戦略

 こういう虎を大人しくさせようというのが、ナヴァロ氏の「経済力による平和」戦略であり、それを理解するとトランプ政権の政策の狙いが見えてくる。氏は言う。

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 アメリカの国家安全保障とアジアの平和のために取るべき方策は明らかに、中国製品への依存度を減らすことだと思われる。何と言っても、このような方策によって中国との貿易関係の「リバランス」を図れば、中国経済とひいてはその軍拡は減速するだろう。さらに、アメリカとその同盟諸国が強力な経済成長と製造基盤を取り戻し、総合国力を向上させることもできる。 [1, 5281]
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 トランプは大統領選を通じて、「中国からの輸入品に45%の関税をかけろ!」と主張しており、当時は有権者の歓心を買うためのポーズだろうと考えられていた。しかし、政権発足後はシナの道路舗装材、肥料原料、衣料生地などに矢継ぎ早に数百%もの反ダンピング課税をかけており、いよいよその戦略を発動させたようだ。

 さらに法人税率を下げて、海外(主にシナ)に流出していた工場と雇用を呼び戻すこと、知的財産権の保護を手厚くし企業秘密、軍事機密の窃盗を許さないようにすることも、この戦略に含まれている。

 日本などとの同盟関係については、ナヴァロ氏は次のように結論づけている。

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 アジアの平和と繁栄を持続させるためには、台頭する中国の力を相殺してバランスを取るための強力な同盟が必要だし、そのためには、アメリカがアジアの諸問題にもっと積極的に関与することが不可欠である。[1, 4296]
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「強力な同盟」の中心はもちろん日米同盟である。日米で虎への餌を断ち、それを互いの体力をつけるために使う。トランプ大統領が安倍首相をあれほど歓待したのも、こういう戦略から見れば当然だろう。
(文責:伊勢雅臣)

「希望の同盟」対「憎悪の同盟」安倍首相の真珠湾スピーチから

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。


国際派日本人養成講座 ■■より、

「希望の同盟」対「憎悪の同盟」 ~ 安倍首相の真珠湾スピーチから

 日米同盟はシナ・北朝鮮の野望から世界を救う「希望の同盟」です。



■1.「1人、ひとりの兵士に、その身を案じる母がいて、父がいた」

「耳を澄ますと、寄せては返す、波の音が聞こえてきます。降り注ぐ陽の、やわらかな光に照らされた、青い静かな入り江」

 ハワイのうららかな日射しに照らされた真っ青な海が目に浮かぶようだ。平成28年12月27日、安倍首相の真珠湾でのスピーチの出だしである。

 その真珠湾に眠る米軍兵士たちに、首相は思いを馳せる。

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 耳を澄まして心を研ぎ澄ますと、風と、波の音とともに、兵士たちの声が聞こえてきます。あの日、日曜の朝の、明るく寛(くつろ)いだ、弾む会話の声。自分の未来を、そして夢を語り合う、若い兵士たちの声。

 最後の瞬間、愛する人の名を叫ぶ声。生まれてくる子の、幸せを祈る声。一人ひとりの兵士に、その身を案じる母がいて、父がいた。愛する妻や、恋人がいた。成長を楽しみにしている、子供たちがいたでしょう。

 それら、全ての思いが断たれてしまった。その厳粛な事実を思うとき、かみしめるとき、私は、言葉を失います。その御霊(みたま)よ、安らかなれ――。思いを込め、私は日本国民を代表して、兵士たちが眠る海に、花を投じました。[1]
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 慰霊とは、まさに戦いで亡くなった人々のありし日に思いを馳せ、その人のかけがえのない未来が失われてしまった事を悼む心から始まる。


■2.「勇者は、勇者を敬う」

 かつての敵どうしが、こうして互いの英霊に哀悼の誠を示すとき、和解が訪れる。

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 昨日、私は、カネオヘの海兵隊基地に、一人の日本帝国海軍士官の碑(いしぶみ)を訪れました。その人物とは、真珠湾攻撃中に被弾し、母艦に帰るのを諦め、引き返し、戦死した、戦闘機パイロット、飯田房太中佐です。

 彼の墜落地点に碑を建てたのは、日本人ではありません。攻撃を受けていた側にいた、米軍の人々です。死者の、勇気を称え、石碑を建ててくれた。碑には、祖国のため命を捧げた軍人への敬意を込め、日本帝国海軍大尉(だいい)と、当時の階級を刻んであります。

 The brave respect the brave. 勇者は、勇者を敬う。アンブローズ・ビアスの、詩(うた)は言います。

 戦い合った敵であっても、敬意を表する。憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。そこにあるのは、アメリカ国民の、寛容の心です。[1]
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 国のために殉じた人々を互いに悼む慰霊こそ、和解への道である。


■3.「和解の力」

 こうした慰霊を礎(いしずえ)として、日米は強固な同盟関係を築いてきた。

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 あの「パールハーバー」から75年。歴史に残る激しい戦争を戦った日本と米国は、歴史にまれな、深く、強く結ばれた同盟国となりました。

 それは、いままでにもまして、世界を覆う幾多の困難に、共に立ち向かう同盟です。明日を拓く、「希望の同盟」です。私たちを結びつけたものは、寛容の心がもたらした、the power of reconciliation、「和解の力」です。

 私が、ここパールハーバーで、オバマ大統領とともに、世界の人々に対して訴えたいもの。それは、この、和解の力です。戦争の惨禍は、いまだ世界から消えない。憎悪が憎悪を招く連鎖は、なくなろうとしない。寛容の心、和解の力を、世界は今、今こそ、必要としています。

 憎悪を消し去り、共通の価値の下、友情と、信頼を育てた日米は、今、今こそ、寛容の大切さと、和解の力を、世界に向かって訴え続けていく、任務を帯びています。日本と米国の同盟は、だからこそ「希望の同盟」なのです。[1]
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■4.「リメンバー・パール・ハーバーの意味を反転させ上書きした」

 安倍首相は真珠湾の光景に戻って、スピーチを締めくくる。

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 私たちを見守ってくれている入り江は、どこまでも静かです。パールハーバー。真珠の輝きに満ちた、この美しい入り江こそ、寛容と、そして和解の象徴である。

 私たち日本人の子供たち、そしてオバマ大統領、皆さんアメリカ人の子供たちが、またその子供たち、孫たちが、そして世界中の人々が、パールハーバーを和解の象徴として記憶し続けてくれることを私は願います。[1]
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「リメンバー・パール・ハーバー(真珠湾を忘れるな)」とは、日本軍の真珠湾攻撃を「卑怯な騙し討ち」として、フランクリン・ルーズベルト大統領が米国民の憎しみを煽った言葉だった。そのパールハーバーを、安部首相は「和解の象徴として記憶し続けて」と訴える。

 メールマガジン「政治の本質」No.326で、筆者のロベルトさんは「リメンバー・パール・ハーバーの意味を反転させ上書きした」と評した[2]。安部首相の崇高な願いを無視して、この言葉を復讐心を込めたまま使い続けることは、「寛容の心」を持たない人間の仕業となった。


■5.感謝の声と憎悪の声と

 安部首相は演説後、真珠湾攻撃を経験した元米兵3人に歩み寄り、一人ひとりを抱擁した。最年長のアル・ロドリゲスさん(96)は各国メディアに取り囲まれて、「首相が来てくれて本当に感謝している。これは和解(の象徴)だ」と話した。[3]

 アメリカの代表的なニュース放送局CNNは、安部首相の真珠湾訪問を「歴史的訪問」と報じ、75年前の真珠湾攻撃を近くで目撃していたというロバート・リー氏(95)の「安倍首相の真珠湾訪問は、日米関係の『癒しの最高潮』だ」という言葉を紹介した。[4]

 一方、シナ外務省は、安部首相の演説について、「アジアの被害国にとっては、巧妙なパフォーマンスを何度繰り返しても1度の誠実な反省に及ばない」と、例のごとく謝罪要求を持ち出した。韓国の聨合ニュースも「戦争への謝罪はおろか、反省にさえ言及しなかった点で、日本の侵略を受けたアジアの被害国の反発は少なくないと予想される」と、同工異曲の批判を繰り返す。

「アジアの被害国」と言っても、こういう声に同調するのはシナと南北朝鮮の特定アジア3国のみであることは、すでに明らかとなっている。しかも、いままで何度、日本が謝罪しても、繰り返し謝罪や反省を求めるその魂胆は、世界の人々に知れ渡っている。

 首相の演説には、こうした声に対する先手が打たれていた。

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戦争の惨禍は、いまだ世界から消えない。憎悪が憎悪を招く連鎖は、なくなろうとしない。寛容の心、和解の力を、世界は今、今こそ、必要としています。[1]
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 シナや韓国のあくなき謝罪要求は、「憎悪が憎悪を招く連鎖」に囚われた声として、世界の人々から見下される事になる。


■6.ウォール・ストリート・ジャーナル紙の称賛

 安倍首相のスピーチに関する新聞報道の中で、これはと思ったのが、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の論評である。アメリカを代表する経済紙だが、保守派の見識を語る新聞でもある。

「安倍首相が真珠湾で示した日本の価値 安倍首相が率いる日本は米国の安全保障上の最重要パートナー」と題した社説で、そのイントロから力が入っている。

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 安倍晋三首相による27日の真珠湾訪問は和解の象徴だ。日米関係の重要性が増している現下の情勢が、今回の訪問をとりわけ劇的にしている。真珠湾攻撃から75年が経過し、北朝鮮の核兵器と中国の修正主義的な野望が太平洋地域に脅威を与えるなか、日本は米国にとって安全保障上の最重要パートナーだ。[5]
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 社説は、安倍政権が日本国内の抗議デモや国会での乱闘騒ぎを押しきって安全保障関連法を成立させて、自衛隊が米軍や他の友好国を守れるようにした事、防衛費を少ないながらも着実に増加させ、インド、台湾、東南アジア諸国などと関係強化を図った事を説明した後で、こう結んだ。

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 昨年の米議会での演説や今回の真珠湾への訪問を持って、安倍氏はこの事実を高らかに見せつけた。このことは称賛に値するだろう。11月のトランプ氏との会談も友好的なものに見えた。アジアの平和と発展にとって明るい兆しだ。[5]
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 アメリカの保守派を代表する新聞が、安倍首相の努力をここまで高く評価しているのである。シナの膨張主義を抑え込むべく、日米同盟と自由主義陣営との連帯を強化するという安倍首相の「希望の同盟」は、しっかりと受けとめられている。


■7.「憎悪の同盟」

 ウォール・ストリート・ジャーナル紙の「北朝鮮の核兵器と中国の修正主義的な野望が太平洋地域に脅威を与えるなか」とは、日米のみならず、自由世界が抱える最大の問題を的確・簡潔に表現している。シナと北朝鮮こそ「憎悪が憎悪を招く連鎖」の筆頭だろう。「希望の同盟」になぞらえて、この2国を「憎悪の同盟」と呼ぼう。

 この二カ国は共産主義の看板をいまだに下ろしていない。もともと共産主義は、資本家階級に搾取される労働者階級という構図で、人々の憎しみを煽り立てて、エネルギーとしてきた。この共産主義陣営という「憎悪の同盟」の最後の生き残りがシナ、北朝鮮なのである。

 さらに、現在のシナ政権も、北朝鮮の独裁者一族も、自らの正統性を「抗日」に求めてきた。自分たちは日本を追い出した功労者だとして自らを正当化し、日本への憎悪を煽り立てることで国民を自らの政権に従わせてきた。この点は韓国も同類である。[a]

 安倍首相の言う「世界を覆う幾多の困難」の最大のものは、この「憎悪の同盟」が世界の平和と安定を脅かしている事である。それに立ち向かうのが「希望の同盟」の使命である。

「希望の同盟」とはいかにも明るい語感を持つが、もし「憎悪の同盟」に負ければ、日本も台湾も、東南アジア諸国も、チベットやウイグルのように絶望的な状況に陥る。さらにはオーストラリア、ニュージーランド、インド、そしてアメリカまでもが明日への希望を脅かされる。そして、シナや北朝鮮の人民自身の、現政権の圧政から自由になるという希望も永久に失われる。

 そういう意味で、「希望の同盟」が一歩誤れば、世界が絶望の淵に沈むという背水の陣に立たされているのである。


■8.「希望の同盟」は日米両国にとって歴史的必然

 安倍首相の言うとおり、「憎悪を消し去り、共通の価値の下、友情と、信頼を育てた日米」だが、この「共通の価値」とは、自由と民主主義のことである。しかし、戦後の日本がアメリカから「自由と民主主義」を学んだと考えるのは正確ではない。

 弊誌922号「アメリカの国体、日本の国体」ではこう述べた。

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 アメリカの国体が「自由を求める人びとの国」であるとすれば、日本の国体は「一つ屋根の下の大家族」である。[b]
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 わが国の国民は「一つ屋根の下の大家族」の中で、「大御宝」として大切にされてきた。およそ、わが国ほど「人民を圧政下におく独裁者」の少なかった国は希であろう。

 その中で、拙著『世界が称賛する 日本人が知らない日本』の第三章で述べたように、「自由」は日本の政治伝統であった[c]。その土壌があったからこそ、戦後の自由民主主義も何の抵抗もなく短期間に根づいたのである。

 アメリカは国民の自由、日本は国民の幸福と、それぞれの国体は違えど、シナや北朝鮮のような圧政が支配する独裁政治体制は、日米共に天を抱くべからざる敵である。ここにこそ「希望の同盟」が日米両国にとって歴史的必然である理由がある。

 その日米が先の大戦で互いに戦うはめになったのは、それぞれの政府内部にソ連のスパイが入り込んで、両国を誤った戦いに引きずり込んだからだった。[d]

 現代も「憎悪の同盟」は日本国内に触手を伸ばしている。偏向マスコミ、偏向教育、反基地闘争などは「憎悪の同盟」の工作である。我々は国内外で「憎悪の同盟」と戦っていかなければならない。
(文責:伊勢雅臣)

記憶力の強化法

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。


今回は、医学博士、築山節氏の心に響く言葉より…記憶力の強化法です。


年を取るにつれ、「記憶力の衰え」が気になっている人もいるでしょう。

しかし、条件さえ整えば、脳の機能は年齢に関係なく、いつまでも維持することができます。

記憶力を維持し、さらに強化するための方法をご紹介したいと思います。


1.繰り返し「声に出して言う」

2.ノートに記録する


この2つの記憶強化法を取っています。

脳は、コンピュータのように、入力すれば情報が保存されるわけではありません。

「入力しても忘れる」のが、私たち人間です。


極端なことを言えば、「見たり、聞いたリするだけでは、使える記憶とはならない」ということです。

その忘れっぽい脳に記憶させるためには、次の手順が必要になります。


意識して脳に情報を「入力する」→「解釈する」→「出力する」


基本的に、脳は見た情報をとりあえずはすべて記憶するようにできています。

しかし、その情報は、思い出したいときにすぐに取り出せる記憶ではありません。

つまり、「使えない記憶」だということです。


ですから、意識的に脳に情報を入力する必要があります。

私たちはわかっていないことを、言葉にすることはできません。

逆に言えば、脳の中で処理され、理解されたものだけが、声に出して言えるということです。

ですから、「繰り返し声に出して言う」ことは、脳に意識的に情報を入力する意味できわめて大切だということです。


考えてみてください。

大好きな歌であったとしても、しばらく歌わないでいると、歌詞の一部を思い出せないことがあるでしょう?

繰り返し声に出して言うことで、初めて脳から出力できる情報となるのです。


また、脳に意識的に情報を入力するコツは、「誰かに伝える」といったように、出力を前提として記憶することです。

たとえば、取引先との打ち合わせ内容を上司に報告しなければならないとしたら、嫌でも内容を記憶できるのではありませんか?

そうしたことを意識的に行えばいいのです。


『頭の働きが最高によくなる本』三笠書房





聞いてきたことや見てきたことを、声に出してアウトプットするような仕掛けはいくつかある。

たとえば、「家族や友人に話す」、「上司に報告する」、「朝礼で話す」、「勉強会の場で話す」、「講演する」等々。


ノートに記録するということにおいても、記録(インプット)を重要視しがちだが、実は大事なのはアウトプット。

読んだ本を、「定期的にメルマガで発信する」、「本にして発表する」、といったアウトプットを前提に考えると記録の仕方も自ずと変わってくる。


アウトプットを前提にするとインプットの質が高まる。

それは、

本を読むなら、ブログを書くつもりで。

講演を聞いたら、それを社内や社外で発表したりプレゼンするつもりで。

海外にしろ国内にしろ、視察に行くなら、レポートで発表するつもりで。


「記憶力の強化法」

繰り返し声に出して言い、何事も記録することを厭(いと)わない人でありたい。



朝日新聞と渡部昇一の40年戦争

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。


今回は、国際派日本人養成講座 ■■より、 朝日新聞と渡部昇一の40年戦争です。

40年前の論壇デビュー作で渡部昇一氏が剔抉(てっけつ)した朝日新聞の宿痾(しゅくあ)は今も変わらない。


■1.『朝日新聞』の「未必の故意による殺人」

 一昔前の朝日新聞の横暴さを表す、こんな事件があった。

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 一九八〇年九月には、同志社大学のー教授が『朝日新聞』等の報道のために自殺するという事件が起きていました。教授が嘱託医をしている会社の女子従業員が、催眠療法による治療中に教授にイタズラされたと新聞社に訴えたのです。

 もし破廉恥行為があったというならば、警察に訴え、裁判の場で教授にも弁明の機会を与え、裁判官が事の真偽を判定するのが法治国家というものです。

 ところが少女はその手続きをせずに記者会見を行ない、記者たちはそれを大活字で、しかも実名で報道したのです。教育関係者ならば、これで一巻の終わりです。教授は「死して潔白を証明する以外にない」と自殺しました。・・・

 この事件は、『朝日新聞』の「未必の故意による殺人」と言つてよいと思います。[1, p59]
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 新聞が「第4の権力」と言われるのも、こうした力からである。だからこそ新聞記者は徹底的な事実の検証が求められるのだが、特定の思想を説くのに性急な朝日には事実追求の姿勢が欠けている、とは、朝日新聞の元記者の方々が語るとおりである。[a,b]

 このような朝日の横暴に単騎立ち向かってきたのが、渡部昇一氏だった。今日は多くの論客が立ち上がって朝日の虚報・誤報に集中砲火を浴びせるようになったが、こうした状況は、渡部昇一氏の40年来の戦いが切り拓いてきたものである。

 氏が朝日を批判してきた内容を見ると、真の報道機関とはどのようにあるべきかが、よく分かる。


■2.朝日新聞との戦いから始まった渡部氏の言論人としての経歴

「言論人としての私の経歴は、『朝日新聞との戦い』から始まったのです」と氏は書き出す。

 欧州留学から帰国して、ある会合で文藝春秋社の月刊誌『諸君!」の編集長・安藤満氏と知り合い、杉村楚人冠(そじんかん)の『最近新聞紙学』の書評を依頼された。杉村楚人冠は明治時代に朝日新聞に勤め、外遊中に欧米の新聞事情を研究した人物である。

__________
 しかし、読んで感心しているうちに、「ひるがえって、今の朝日新聞はどうしたのだろう」という疑問が湧いてきました。なぜなら、楚人冠がそこで「戒むべし」としていることばかりを朝日新聞はやっているという印象を受けたからです。[1, p15]
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 原稿を書き始めると、筆が止まらなくなってしまい、二百字詰め原稿用紙70枚におよぶ朝日新聞批判になってしまった。安藤編集長は一読するなり「面白い!」と言って、『諸君!」昭和48(1973)年11月号の巻頭論文として掲載した。これが氏の論壇デビュー作となった。


■3.「朝日新聞の宿痾(しゅくあ)」

 楚人冠の本には次のような一節がある。

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 新聞記者が材料を集め、又は紙面を整うる時に、利害の打算をしたり、親疎の別を立つることは、最も戒むべき点である。故意に不実の事を捏造するのも罪悪であるが、公けにすべき事実を差し押えて公けにせぬのも罪悪たることは、相同じい。「いかなる大記者もニュースを差し押うることを得ず」("No editor can suppress News")という言葉がある。[1, p22]
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 ちょうど、この「公けにすべき事実を差し押えて公けにせぬ」罪悪を犯したのが林彪事件報道だった。1971(昭和46)年、シナ共産党副主席・林彪が毛沢東暗殺を計画したが事前に発覚し、航空機で国外脱出したが、搭乗機がモンゴルで墜落し、死亡した。

 シナ政府はこの事件をひた隠しにしたが、その後2ヶ月近くも林彪がニュースに登場しなくなったため、何か重大な政変があったのではないか、との観測が世界中に広まった。

 朝日は当時、シナ政府から睨まれるような記事を控えることで、日本の新聞の中では唯一、北京に特派員を置いていた。この事件もシナの意向に沿って、政変の観測を否定し続け、8ヶ月後、毛沢東が直接、事件を語った後にようやく「これが林彪事件の真相」と題して発表したのである。

 当時の朝日の広岡社長は、朝日だけでも特派員を置いておくために「向こうのディメリットな部分が多少あっても目をつぶる」という趣旨の発言を社内でしたと伝えられていた。まさに「利害の打算」で、公にすべき事実を差し押さえたのである。[c]

 逆に「故意に不実の事を捏造する」罪悪も、南京事件の「百人斬り」報道[d]などで行われていた。その後の教科書誤報事件(後述)や「従軍慰安婦」報道[e]も同様である。

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「四十年戦争」の緒戦において、私は朝日新聞の宿痾(しゅくあ)を杉村楚人冠の原則に従つて、すでに剔抉(てっけつ)していたと自負しています。[1, p29]
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■4.会った事もない相手との論争を捏造される

 この緒戦以降、朝日は氏を言論界から抹殺する機会を狙っていたようだ。その機会は氏が『週刊文春』昭和55(1980)年10月2日号に「神聖な義務」というエッセイを掲載した時にやってきた。

 作家の大西巨人氏の第一子、第二子が遺伝性の病気で、「一ヶ月の医療費1500万円の<生活保護家庭>大西巨人家の<神聖悲劇>」という週刊誌報道を呼んで、氏はカトリックの伝統的な立場から、こういう場合は第二子を生まないと決心するのが道徳的行為であるという趣旨の主張をした。

 このエッセイを見て、朝日の社会部記者が尋ねてきて、「どうしてこんなものを書いたのか」と詰問したうえ、「大西さんは反論を書くと言っているから、大変な論争になるかもしれませんよ」と脅す。その翌朝の朝日新聞の社会面で、大きな記事が出た。

__________
 特大の活字で「大西巨人氏vs渡部昇一氏」という見出しが掲げられ、私と大西氏との間で劣悪遺伝の問題をめぐって論争が展開されたことになっていたのです。社会面の三分の一ぐらいのスぺースでした。そして見出しだけを読むと、私が「劣弱者を消してしまえ」と主張するヒトラー礼賛者であるかのような印象を与える紙面になっているのです。

 天下の『朝日新聞』の社会面で三分の一以上のスぺースを使つて、大活字をふんだんにちりばめて報道されれば、誰だって大事件だと思うに違いありません。[1, p50]
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 氏は会った事もない大西氏と論争したことにされて、しかもヒットラーばりの「劣弱者を消してしまえ」と発言したかのような記事を朝日は捏造したのである。

 氏はある知人から「朝日にいる友人から聞いたのですが、『朝日新聞』の編集部の壁には“渡部昇一はこの線で叩く”という意味の貼り紙がしてあるそうですよ。だから気をつけなさい」と忠告された。ここまでくると、報道機関というよりは、敵を叩くためのプロパガンダ機関である。


■5.障害者団体と同和団体が授業妨害

 これを契機に、ある障害者団体と同和団体が、氏の上智大学での授業に押しかけてくるようになった。週6コマほどのすべての授業で妨害を受け、それが夏休み前後に4ヶ月も続いた。また、大学構内の目立つ場所に「渡部教授を批判する」という巨大な看板を立てた。

 彼らは渡部氏を「ヒットラー礼賛者」などと攻撃したが、学内では氏がナチズムもヒトラーも批判しており、かつカトリックとして妊娠中絶に反対していることも衆知の事実だった。

 結局、氏は発言の訂正や謝罪を一切することなく、この騒動を乗り切った。他の大学では、こうした場合に教師が辞職に追い込まれたり、大学に「思想改善のための講習費」などの名目で金銭を要求されるケースもあった。氏が発言の訂正も謝罪もなく乗り切ったのは希有なケースとして、他大学から上智大学に「対応方法を教えて欲しい」との問合せがあった。

 しかし学校関係からの氏への講演依頼は一切なくなった。「朝日新聞に叩かれた人間だから、招くのはやめておこう」ということだったようだ。学校関係者の間で、いかに朝日の影響力が大きいか、氏は改めて思い知った。


■6.「教科書誤報問題」

 翌昭和57(1982)年には、渡部氏は「教科書誤報問題」で朝日と戦った。これは前年の歴史教科書検定で、文部省が「侵略」を「進出」と改めさせた、という報道が6月26日に一斉にされたのが始まりだった。朝日は1面で「教科書さらに『戦前』復権へ」「『侵略』表現弱める」と報じた。

 さらに同日、北京支局発として「教科書検定問題に関する中国政府の申し入れ内容」を掲載した。さっそく、シナにご注進に及んだようだ。

 この事件の詳細は[f]で紹介したが、「侵略」を「進出」に書き換えさせた事実はなかった。7月30日には文部大臣が参議院文教委員会で「『侵略』を『進出』に書き改めた例はない」と明言したが、小さく議事要録のように報道されただけだった。

 渡部氏が8月22日にテレビで誤報である事を明らかにすると、8月25日朝刊で朝日は訂正記事を出した。訂正と言っても五段抜きの見出しで「『侵略』抑制、30年代から一貫--教科書検定」と題して、全315行のうち、わずか15行で、文部省の7月30日の発言は事実と認めただけだった。よほど注意して読まないと、訂正記事とは気がつかない。

 朝日は7月30日の文相発言を事実と知っていたのに、約1ヶ月素知らぬ顔をしていた。その間、シナ政府はさんざん日本政府に抗議をしていたのである。さらに誤報は海外にまで伝わって、日本政府がさも偏向教育をしているかのように報道された。


■7.「まともな議論のできる記者を養成してもらいたい」

 昭和58(1983)年10月12日、田中角栄・前首相(当時)がロッキード社から多額のリベートを受けとったという容疑に関して、東京地裁は有罪判決を下し、角栄は即日控訴した。これに関して朝日新聞は元最高裁長官のインタビュー記事を載せ、「一審の重み知れ 居座りは司法軽視 逆転無罪あり得ない」との見出しをつけた。

 元最高裁長官ともあろう人が、三審制を否定し、当人の裁判を受ける権利を否定している事に、氏は「そんなことを言えば最高裁の自殺じゃないか」と思った。しかも調べて見ると、東京地裁では贈賄したロッキード社側の最重要証人に免責特権を与えて調書をとり、しかも弁護側の反対尋問を拒否している。

 日本では免責を与えて、証言をとるという事は法律上許されていない。しかも、その証人に反対尋問をさせない、ということは、何を言っても罪に問われないし、弁護側はその嘘を暴くチャンスもない、という事だ。氏は、東京裁判でさえ反対尋問は許されていたことから、「『角栄裁判』は束京裁判以上の暗黒裁判だ!」という論文を『諸君』に発表した。

 これを批判したのが、『朝日ジャーナル』での「“知的ピエロ”
渡部昇一の歪んだ角栄擁護論」という匿名批評による個人攻撃だった。朝日は角栄を有罪にしたいがために、元最高裁長官の居座りは司法軽視」などという三審制無視のインタビューを載せ、不法な裁判手続きを批判した渡部氏に個人攻撃を加えたのである。渡部氏は『文藝春秋』でこう反撃した。

__________
『朝日新聞』ぐらいは、嗤(わら)うべき人身攻撃でなく、まともな議論のできる記者を養成してもらいたい。そして私の角栄裁判批判の内容に立ち入つた批判をしてもらいたいものである。

そうすれば、私の書いていることは角栄擁護論ではなく、日本の「司法の犯罪」に関するものであって、「こんな裁判が判例になったのではたまったものでない」という、国民だれにもかかわりある立場からのべたものであることはすぐわかるであろう。[1, p103]
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 最高裁では角栄は他の証拠により有罪とされたものの、免責特権で得た、しかも反対尋問を拒否した調書の証拠能力は否定された。氏の指摘の正しさは最高裁でも認められたのである。


■8.「利害の打算をしたり、親疎の別を立つる」プロパガンダ機関

 渡部氏の朝日との戦いは「南京大虐殺」や「従軍慰安婦問題」と続いていく[g]。この頃には渡部氏の戦いに呼応して、多くの言論人が朝日新聞批判に立ち上がっていった。

 氏が40年間戦って来た朝日の欠陥は楚人冠の指摘した「故意に不実の事を捏造するのも罪悪であるが、公けにすべき事実を差し押えて公けにせぬのも罪悪」という点に尽きる。

 そして、それは共産主義という自らの理想への「利害の打算」をし「親疎の別を立つる」という所から来る。こういう「利害」や「親疎」は、特定の思想を押し売りしようという「私心」である。私心を持ったマスコミはプロパガンダ機関である。真の報道機関は、そのような私心を離れて、事実を追求し報道しなければならない。

 渡部氏が最初の論文で紹介した楚人冠の言葉こそ、報道機関とプロパガンダ機関を分かつ原則である。朝日のプロパガンダ機関としての宿痾は、今も変わっていない。こうしたプロパガンダ機関から自由民主主義社会を守るために、渡部氏の40年戦争は今後も心ある国民が引き継いでいかなければならない。
(文責:伊勢雅臣)

奴隷から宰相になった男

テーマ:ブログ



ダルマ宰相、高橋是清の心に響く言葉より…奴隷から宰相になった男です。

《子供の頃から自分は幸せ者だ、運のいい者だと深く思い込んでいた。その思いが私を根っからの楽天家にした。》(高橋是清)


■アメリカで奴隷として売られる

幕末の絵師・川村庄右衛門の子として生まれた是清。

彼は2歳のとき、仙台藩の下級武士・高橋是忠の家に養子に出されます。

その後、横浜の英語塾に通いはじめ、14歳のときに藩の命令でアメリカへと渡ります。

すると、ホームステイ先によって奴隷として売られてしまったのです。

やっとのことで帰国すると、明治維新を経て仙台藩はなくなっていました。

仕方なく大学教官の手伝いなどで働くも、酒や遊びが好きだったこともあり、仕事を失ってしまいます。


■日本銀行総裁、大蔵大臣、そして総理大臣へ

それから知り合いの紹介で官僚になるも、先輩の依頼でペルーの銀山経営者になるために辞職。

しかし大失敗に終わり、またつてを頼り、日本銀行に就職しました。

そこで、日露戦争に必要な戦費を調達するため、イギリス系銀行から現在の金額で4兆円を超える資金の借り入れに成功したのです。

やがて1911年に日本銀行総裁、1913年に大蔵大臣、1921年には総理大臣に就任した是清。

丸い顔と立派なひげから、「ダルマ宰相」とも呼ばれた彼のサクセスストーリーは、失敗しても起き上がる根っからの明るさが引き寄せたのかもしれません。


『成功者が残した引き寄せの言葉』パイ インターナショナル




自分は運がいい、と心の底から思っている人は、どんな事態になっても、いつかは運を引き寄せてしまう。

なぜなら、運がいいと思っている人は、どんなに最悪な条件でも、その中から運がいいことを集め、そこだけにスポットライトを当て、運のいいことしか見ていないからだ。

逆に、運が悪いと思っている人は、どんなに最高に良い条件であっても、その中からうまくいかないことや失敗しそうなことを集め、不運にスポットライトを当て、不運や不幸しか見ていないからだ。


日本の歴史の中でも、高橋是清ほど波乱万丈の数奇な運命をたどってきた人はいない。

だまされて奴隷になる契約書にサインをしてしまい奴隷になり、そこから、あまたの失敗や試練を乗り越え、最後は総理大臣にまで登り詰めた男。


高橋是清の生涯を知れば、たいがいの苦労や失敗は、およそ蚊にさされたような瑣事(さじ)に思えてくる。

「子供の頃から自分は幸せ者だ、運のいい者だと深く思い込んでいた」

自分は運がいいと信じ、楽天的に生きていきたい。
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