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命と命の呼応とは!!

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、「命と命の呼応」です。


徳永康起先生とその生徒とのエピソードです。



  徳永康起 先生


戦前の話ですが、明日工作をするからナイフを持ってくるように呼びかけたら、
翌朝ある生徒が自分のナイフがないと言い出したそうです。



徳永先生は「ひょっとしたら、あの子が盗ったのかもしれない」と思った児童がいたんです。

それで、「運動場で遊んでおいで」とクラス全員を外へ出して、盗ったと思われる子の机を見たら、やっぱりナイフが入っていました。
徳永先生はすぐに裏口から近くの文房具屋へ走り、同じナイフを買ってきて、盗られた子の机の中の本にはさんで入れておきました。

子供たちが教室に帰ってきた時に「もう一度、ナイフさがしてごらん」と言うと「先生ありました」と。
「しっかり探さないとダメだぞ」と言いながら盗った子を見たら、その子は先生をじっと見ていたそうです。

それから何年か経って、時は終戦間近かだったそうですが先生の元に一通の手紙が届きました。
そこには「あの時、みんなの前で先生に叱られていたら、自分はろくな人間にならなかったと思う。
これからも自分のように恵まれない子供に、どうぞ愛の光を当ててください」と書いてあったそうです。
続けて「自分は明日、沖縄へ向けて出撃します。出撃しても先生の事は忘れません」と。

つまり、この手紙は遺書だったのです。





徳永先生のお言葉の中に「命の呼応なくして何の教育たらんや」というものがあります。

我々が何十年経って忘れられない先生・友人がいるのも、
命と命の呼応、命と命の共鳴の響きが残っているからではないでしょうか。




<徳永 康起 先生とは>

森信三先生をして、「明治以後のわが国の教育界おける『100年一出』の巨人」、「超凡破格の教育者」と言わしめた人物。
それは、熊本の小学校教師、徳永康起であった。

徳永先生は、36才の時(昭和22年)校長を拝命するのですが、在任5年にして、自ら願い出て、平教員に降格してもらった。という人物です。

徳永先生は、毎朝3時に起床され、教え子にハガキを書かれました。
徳永先生は、森先生に師事しておりましたが、森先生がある時、「あなたは、実にいいハガキを書かれる。複写にして残しなさい」と徳永先生に指導されたが、徳永先生は、「嫌です。」と受け入れなかった。
ある日、徳永先生の修学旅行先(京都)の旅館に森先生が突然訪ねて来られ、 「あれだけいってもまだ判らぬのですか!!」とお叱りになった。

さすがの徳永先生も観念されて、ハガキを複写にするようになった。
(このエピソードは私が、学生時代、寺田清一さんから直接聞いたものです)
かくして、徳永先生のハガキは後世に残ることとなった。
それ以後没するまで、十有二年。その数、約二万三千通。

徳永先生は、ハガキだけでなく、当時ガリ版による学級通信『天意』を毎月発行され、没後間もなき日から、“鉄筆の行者”さらには“鉄筆の聖者”と呼ばれるようになったそうです。

昭和54年6月29日、徳永先生はついに逝去された。
享年68歳。

地元熊本日日新聞は、この一教師のために、三段抜きで徳永先生の逝去を大々的に報道した。
校長でもない、一退職教師の死に対して、このような破格の扱いをしたという例は、戦後おそらく空前絶後のことであろう。《『徳永康起先生の人と教育』p.27より作成》



絶対に言い訳をしてはいけない!!

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、福島大学陸上部の監督の川本和久氏の”絶対に言い訳をしてはいけない”です。



川本監督は、無名だった地方の国立大学から次々と日本記録を生み出し、福島県を「陸上王国」と言われるまでに変革させました。



「川本理論」と呼ばれる独自の指導法で、彼の教え子たちはスプリント競技を中心に6種目の日本記録と9種類の学生記録をもっています。
その彼らは言います”川本監督のおっしゃることが分かれば誰でもすぐに伸びていきます”と。



※足が速くなりたい人はこの本を読んで実践してみて下さい


その川本氏の価値観が一変したのは留学した時に指導いただいたトム・テレツさんにお会いしてからです。
金メダリスト、カールルイスのコーチだったトムさんには、走る技術はもちろん”言い訳をしない”ということを教えてもらったそうです。

ある日、川本氏が「ルイスが速いのは黒人だからじゃかいか」みたいなことを言ったら、えらい剣幕で「白人も黒人も東洋人も百㍍は百㍍じゃかいか!
もし人種で劣ると言うなら、日本人選手を少し前から走らせるのか。皆同じスタートラインに立っているじゃないか」。


  カールルイス選手

そう言われた時に、ハッとして自分には福島だとか地方の国立大だとか、どこかにその思いがあったんだろうな。
スタートラインから、逆に一歩も二歩も下がった場所からスタートしていたことに気がついたのです。
そうか、絶対に言い訳をしちゃいけないんだと。

そこからものも考え方が変わって何でもできるような気がしましたし、あの一言がなかったら今の自分はいないといいます。

その川本氏が選手によく言っているのは、「努力している姿を絶対に人には見せていけないし、口に出してもいけない。
自分の努力は神様にしか見せてはいけない」と。

そんな人に”勝利の女神は微笑む”と川本氏は言います。




日本人のDNA を呼び戻す!!

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、”日本人のDNAを呼び戻す”です。

毎朝九時半になると、大阪の塚本幼稚園の園庭には園児たちの国家斉唱と「教育勅語」の朗誦の声が響き渡ります。
園長の籠池 靖憲氏は「いま、世の中の風紀が乱れており日本人としての魂を忘れている状態で、本来の日本人になっていない」との思いがあります。

その為に塚本幼稚園には多彩なカリュキュラムがあります。
「論語」の素読や将棋の対局、そして剣道等…。
正座することにより、日本人としてのDNAを呼び起こすことを期待して実践しています。
その他にも珠算やラグビーも取り入れているそうです。








指導する先生も専門の先生にお願いしているそうで、「本物を見せること」により早い段階でその子の持っている無限の力を活眼させることができるそうです。



私も籠池園長の考えには賛同できます。
鹿児島にもこのような幼稚園ができる事を切に願います。

自分の仕事は自分でおもしろくする!!

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、「完全循環型のアイガモ農法」を確立した古野隆雄氏の話です。



アイガモを田んぼに放して、稲の成長をさまたげる雑草や害虫を駆除させ、無農薬で米を育てる「アイガモ農法」。食の安全や自然環境への配慮などが高まっている今、全国の農家や中国・韓国・台湾・ベトナムフィリピン等のアジア全体に広がりをみせているそうです。



古野さんは、30年近く、完全無農薬・有機農業をやってきました。しかし、このアイガモ農法を成功させるのに、13年かかったそうです。 13年ですよ!? 
その間、お米の他に野菜などを売って生計を立てていたそうですが、月収が3万円のときもあって断念しそうな時期も経験したそうです。

福岡県桂川町の小さな農村で、雑草に立ち向かい、カモの育て方を学び、カモがぶつかっても倒れない丈夫な稲を探すなどの工夫を繰り返し、人手をかけずに安定した収穫量をあげることができるようになりました。



古野さんの「アイガモ農法」は田植え後5日~7日にアイガモのヒナを田んぼに入れ、電気柵で囲って1日中泳がせておきます。

そうすると化学肥料や除草剤を撒かなくても、カモが雑草や害虫を餌としてきれいに食べてくれて、その糞が稲の肥料になる。そうするとお盆を過ぎるころには、無農薬で育った稲が大きくなると同時にカモも成長して秋には食肉として出荷できるのです。

つまり、農業と畜産業を同時に行うのです。


   古野農場で育った合鴨鍋


その功績が認められ、2000年にスイスのシュワブ財団より「世界で最も傑出した社会起業家」の一人に選出されています。


古野さんは「自分で自分の仕事を面白くする努力が人生の中で大切なことではないか」と思っています。

その1つとして、古野さんは消費者に直販しています。
調べてみたら、農家には農作物の売り上げの20%しか入ってこずに、後の80%は包装費・運送費・小売店の人件費等々に消えていっているのです。

80%の領域の中にもっと農家が参入していけば、もっとおもしろい展開になるのではないかと考えています。




古野農場及び古野さんについて



古野隆雄、久美子と五人の子供たちを中心に家族で完全無農薬有機農業を行っています。福岡県嘉穂郡桂川町寿命で水田3.2ha、野菜1ha、その他(あずき、大豆、そば)0.8haの計5haを作付けしています。特に水田では合鴨水稲同時作を行っています。また200羽の鶏を飼って、卵と肉も生産しています。
それから合鴨水稲同時作でできたお米を使って近所の造り酒屋さんと一緒に日本酒を造ったりもしています。

□プロフィール□
古野 隆雄(ふるの たかお)
昭和25年 福岡県嘉穂郡に生まれる
昭和50年 九州大学農学部卒業
昭和53年 九州大学大学院中退  有機農業を始める
昭和63年 合鴨水稲同時稲作を始める
アイガモを使った稲作がアジアを中心に世界中に広がっている。
2000年スイスのシュワブ財団より
 「世界で最も傑出した社会起業家」のひとりに選出される。

主な著書:
『合鴨ばんざい』 農文協
『無限に広がる合鴨水稲同時稲作』 農文協
『The Power of Duck』 TAGARI  など




日本人気質の源流を探る!!

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回のテーマは、”日本人気質”を探るです。


縄文時代の文献に『秀真伝(ホツマツタエ)』があります。
『秀真伝(ホツマツタエ)』は、古事記・日本書紀の原典になった本ではないかと言われている文献です。



    

そのホツマツタエの中に書かれているのが「ナガタ」・「ナガサキ」という言葉です。

「ナガタ」というのは、汝が楽しいという生き方。
「あなたが楽しいと思ってくださることが私の幸せです」と他の人の楽しみを思いやる生き方をすれば、こちらも不思議に栄えてくるということです。

「ナガサキ」はあなたの幸せが先で「何か私がお役にたてれば嬉しい」と思って行動することを意味します。
「あなたに幸せになってもらうために、私は何をさしあげましょう」といつも相手の事を気遣って生きることです。

どちらも「お先にどうぞ」と譲る精神で、この「ナガタ」・「ナガサキ」という生き方こそ、天地を貫く幸せの原理であり、古代日本人が大切にした生き方だったということが書かれているそうです。


それから数百年後、聖徳太子が憲法十七条を定められた時「和を以って貴(とうとし)しとなす」という条文を入れられたのも、その条文を受け入れることができる精神的土壌が、この国にはすでに培われていたということなのです。

これらが日本人気質の原流ではないかと思います。





「ナガタ」・「ナガサキ」、いい言葉でかつ深い言葉ですね!

でも、あまりにも親切すぎるから、現代の若者は「きもい」と言いそうですよね(笑い)。






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