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天皇制を考える その③

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、”天皇制を考える その③”です。


明治天皇の玄孫であられる竹田氏は、
天皇の主要なお仕事は国民の安泰と世界平和を祈る事だと言います。

陛下が海外や被災地を訪れたり、お正月に手を振ったり、という様子しかテレビで報道されませんが、
日本の平和や五穀豊穣などを 日本人を代表して、皇居の中でず~っと祈ってくださっているんです。
神様にお願いされるだけでなく、「 そのために私はこういうことをします 」 と宣言されるそうです。

(※詳しくは宮内庁のホームページを参照ください)


これは、記紀(古事記と日本書紀の総称)から読み取れる第16代仁徳天皇のお姿なんですが、

ある日、天皇は高台から民家に煙が上がってないのをご覧になり、民は煮炊きができてないのではないかと心を痛められました。
「五穀が実らず、民は困窮しているのだろう。都ですらこの様子であるから、地方はもっと困窮しているに違いない」と嘆かれ、「今から3年、すべての課税と役務をやめて、民の苦しみを和らげよ」と詔(みことのり)をお発しになりました。

その日以来、宮中では、すべてが徹底的に倹約されることになりました。
衣服と靴は擦り切れて破れるまで新調せず、食べるものは腐るまで捨てず、宮殿の垣が破れても造らず、屋根の茅が外れても葺き替えず、雨にたびに雨漏りして衣を濡らし、また部屋からは星が見えるほどの有様だったそうです。






数年たって、再び高台から煙が上がっているのをご覧になって、仁徳天皇は大変お喜びになり、
「高き屋に のぼりて見れば 煙立つ 民のかまども にぎはひけり」と和歌をお読みになり、

「天が君主を立てるのは、民のためであり、君にとって民は根本である。だから、民が一人でも飢えているのであれば、君は自らを責めなくてはならない」とおっしゃられたと記紀に書かれてあります。


そして歴代の天皇は仁徳天皇のお姿を理想と理解されるだけでなく、自らもそのように努めてこられました。

また、天変地異や天災がおこった時、天皇は神様に自分の不徳をお詫びされているそうです。

天皇は国民のことを「おおみたから」とお呼びになり、一番大切にお考えになります。
そして、国民は天皇のことを信頼しお慕い申し上げます。

その関係は目に見えないかもしれませんが、とても太く強いもので、この絆こそが”日本の国体”なのかもしれません。

しかしながら、私がこのブログを書いていて感じるのは、「私自身にもこの”日本の国体”という感覚は身体に染みついてない」という事です。


”日本の国体”を意識しない又和は意識できない国民が圧倒的に多い現在、日本国の危機だと思います。
これは戦後教育の弊害としか言いようがありません。


二十世紀を代表する歴史家のアーノルド・トインビーは
「十二、三歳までに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅びている」
と述べています。





幸い、安倍晋三内閣での教育基本法改正により、
今春から中学の教科書に「古事記」に関する内容が記載されるようになり、小学校では昨年から国語に神話が掲載されていると聞いて、少し安心してました。







天皇制を考える その②

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、「天皇制を考える その②」 海外からみた天皇制の評価です。

今現在の地球上で一番の権力者は誰だと思いますか? 
現在、世界で一番の権力者といえばアメリカ大統領ではないでしょうか。

その世界一の権力者であるアメリカ大統領は、自国を訪れた首脳、国家元首を普通はホワイトハウスで待ちます。
ですが、正装に着替え、わざわざ空港までお迎えに行く元首が、世界で3人だけいるのです。

それは、かつての宗主国であるイギリス国王、キリスト教の権威であるローマ法王、そして、日本の天皇陛下なのです。

かつての宗主国であるイギリスに敬意を払うのは当然で、カナダやオーストラリアなど、旧英国連邦の国は今でも最高の礼義でお迎えするそうです。
またアメリカはやはりキリスト教の国ですので、カトリックの最高権威であるローマ法王に対して儀礼を持って応えるのも理解できます。

では、天皇陛下に対する最高級の礼義は何故なのでしょう? 
戦争で日本に勝った国でもあるアメリカが、日本の元首に対する最高の礼義は、何と言っても神武天皇以来125代も続いた万世一系の家系に対する敬意からではないでしょうか。

それは理屈でもなんでもありません。2000年以上続いてきた伝統・歴史に対する敬意なんです。
日本という国は、神話時代が歴史時代にまで続いている世界で唯一の近代国家なんです!


これは日本訪問の折、陛下に閲覧した時のオバマ大統領。

天下のアメリカ大統領がここまで深々とお辞儀する相手は世界広しと言えども陛下の他にはいないでしょう。
これだけでも、日本人として誇らしいとは思いませんか?


またこの考え方は、アメリカに限りません。
世界の国家元首や首脳が集う晩餐会などが催される場合、天皇陛下は最も上座に招かれます。

国際的な序列(元首等が集まる場合の席順)では天皇(皇帝)≧ローマ法王>国王(女王)>大統領>首相の順番となっているのです。
これが海外からみた時の ”日本の天皇制のへの評価” です。

歴代の天皇と我々の祖先が守ってきた天皇制、視点を変えてみるとその凄さがみえてきます。



天皇制を考える その①

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、”天皇制を考える その① ”です。

最近、明治天皇の玄孫としてテレビ出演している竹田 恒泰氏の天皇家・男系の万世一系論・女系天皇反対論をまとめてみまた。





竹田氏曰く、
天皇の男系とは、父を辿ったときに必ず歴代の歴代天皇にたどり着く人、これが天皇の男系という意味です。

では、なぜ天皇は男系で男系の万世一系でならないといけないのかと言うと、そこには特別な理屈はないと彼は言いますが、
日本という国は、神話時代が歴史時代にまで続いている唯一の近代国家で、一つの王朝 ・ 随神(かんながら)の道(神道) ・ 先祖崇拝という伝統が日本人の体質(国体)を創りあげてきたという事実があります。

神話時代が歴史時代にまで続いているということは、日本民族が他の民族によって圧倒的な征服を受けなかった証拠であり、その象徴が ”一つの王朝が継続していること”、つまり ”万世一系の天皇制” ではないだろうかと思います。

そして、私たちは2000年以上、天皇制のもと過ごしてきました。







例えば、愛子内親王殿下が天皇になられて、
ろくでもない男と結婚したりすると、ろくでもない男までもが皇族となって、”次の天皇の父親”になってしまうのです。

遺伝子の分野から簡潔に説明すると、男性の染色体はYX・女性の染色体はXX、です。
愛子内親王殿下が天皇になられて、一般男性と結婚されれば、歴代天皇のY染色体が途絶えてしまうとの考え方です。(私見)


天皇家が守ってきた125代・2000年以上まもってきた男系の万世一系が途絶えてしまう結果になってしまい、 ”ろくでもない男の家系の天皇” になってしまいます。

国民は、そんな天皇に敬意を払うのでしょうか???


男系・女系と性別の話をしていると、女性蔑視と勘違いされる方が多いらしいのですが、実は逆なんです。
この2000年以上、民間から后に迎え入れられて皇族になった女性はたくさんいますが、外部の男性を皇族にしたことは1度もないのです。

つまり、男系の万世一系とは ”女性を受け入れ、男性を排除するルール” なのです。


竹田氏は、女性天皇がダメと言っているのではありません。
一代限りの女性天皇であれば、過去にもいらっしゃったので問題はないとのことですが、
女性天皇を認めれば ”将来その子が即位する” との議論がされるのではないかと危惧し、反対と唱えているのです。


皇族の究極の役割は、天皇にお世継ぎがいない場合、天皇になることだそうです。
何百年に一度か数千年に一度かもしれませんが、その時のために宮家は営々と続いてきたわけです。
だから、天皇にお世継ぎがいないから、簡単に女性天皇(女系天皇)というわけにはいかないのですね。

お世継ぎ問題は、戦後のGHQの占領政策によって皇籍を離脱させた11宮家を復活させれば、お世継ぎ問題も解決するのではないかと個人的には思います。


また、歴代天皇と我々の祖先の関係は、
天皇は国民のことを「おおみたから」とお呼びになり、一番大切にお考えになります。
そして、国民は天皇のことを信頼しお慕い申し上げてきました。


現代に生きている我々も ”その伝統を引き継いでいかなければならない” のではと、私は考えています。




竹田氏の取り組みの一部を紹介します。


一般財団法人竹田研究財団
『古事記』編纂1300年記念事業 プロジェクトシート





 平成24年が古事記編纂1300年の記念すべき年であることに鑑み、当財団では公益事業の一環として、「古事記1300プロジェクト」を立ち上げました。この計画は、一人でも多くの国民が古事記との縁を繋ぐことを目的とします。

■1 古事記普及事業
(「全国のホテルに古事記を置こう!」プロジェクト)

従来、大多数のホテルの客室には、『聖書』と『仏教聖典』が常備されていますが、『古事記』が設置されているホテルは存在しませんでした。

二十世紀を代表する歴史家のアーノルド・トインビーは
「十二、三歳までに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅びている」
と述べています。

日本では戦後、GHQの指示により神話教育が行われなくなりましたが、米国や英国をはじめとする連合国は、現在でも学校で神話教育をしています。
日本人が日本神話を知らなくなったことは、日本の危機であると考えなくてはなりません。

そこで、当財団は全国のホテルに無償で古事記を配布する事業を進めています。
平成23年12月には、1万冊を印刷し配布しました。古事記1300年に当たる平成24年には、より多くの古事記をホテルの部屋に配備してきたいと考えています。

お気持ちのある方は、ぜひこのプロジェクトを支援してください。
                          















日本一の花火大会!

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、”日本一の花火大会!”を紹介します。



私が盛岡市に住んでいる頃、小学生だった次男を連れて”大曲(おおまがり)の全国花火競技大会”を見に行きました。
そのきっかけは、知人から大曲の花火大会は ”全国花火競技大会” という日本国内では最も権威のある競技大会なので、是非一度見た方がいいよと勧められたからでした。

当日、初めて”昼花火”という花火を見て感動(不思議?)し、
夜花火では1つ1つの花火が打ち上げられる度に、花火を制作した会社の”県名・屋号と花火名”がアナウンスされた後に打ち上げられますので、誰が製作した花火なのか、どういう思いの花火なのか明確に分かります。
恐らく、観客以上に同業者は固唾をのんで見守っているのではないだろうかと思います。



             昼花火

この花火大会では、競技玉は作った本人が打ち上げなければならないルールで、
総合優勝者には内閣総理大臣賞、創造花火の部優勝に経済産業大臣賞、10号割物の部優勝には中小企業庁長官賞、昼花火の部優勝に大会会長賞が授与されますので、花火師の技術競争とプライドがかかった花火大会なのです。
この日の為に、各会社が1年かけて準備し、この日にすべてをかけて打ち上げますので、他の花火大会とは迫力が違います。とにかく凄いです!
だから、息子とは”日本一の花火大会を見たから、他の花火大会は見なくてもいいよね!”と言っています。
(ちっと自慢)


当日の大曲市(現 大仙市)の人口が約4万人なのですが、当日の人口は10倍以上の60万人~70万人になります。だから、その日は大変なんです。




この日の宿泊予約を取るには、1年前(花火大会の終わった日に、また来年の要約をお願いして帰る人が多いらしいです)に入れないと取れません。

日帰りで東北や関東からも車で訪れるらしのですが、花火大会終了時から数時間は車は動きません。

その他、何10本もの臨時の新幹線が秋田駅 盛岡駅 仙台駅から運行されますが、通勤電車並みに混雑します 。(帰りは指定席が取れなかったので駅で順番待ち2~3時間、結局自宅に帰りついたのは深夜2時でした)

一番困るのが女性用のトイレで、仮設トイレに数十メートル(50m~70m位の行列が!)の行列ができていて、トイレの待ち時間に花火を見ているみたいな状況になっています。

とにかく、人口4万人の街に60万人以上の人が訪れるので、街や会場はパニック状態になります。

それでも見学したい方は、例年8月第4土曜日に開催される花火大会ですので、有志は是非!
NHKでもテレビ放送されますので、雰囲気を味わいたい方は是非ご覧ください!









下記は、大曲全国花火競技大会について、ウイキペディアでの解説です。
参考までに、ご覧ください。


全国花火競技大会(ぜんこくはなびきょうぎたいかい)とは秋田県大仙市大曲地区の雄物川河川敷運動公園において、例年8月第4土曜日に開催される花火大会であり、日本三大花火大会の1つである。

観光PRにおいては地名を付した「大曲全国花火競技大会」あるいは「大曲の花火」とも呼ばれるが、数ある全国花火競技会と名を打った花火大会の中で「全国花火競技大会」と言えば当大会を指す。規模、権威ともに日本一の花火大会である。

日本煙火協会が後援し、かつ、内閣総理大臣賞が与えられるのは全国で当大会と土浦全国花火競技大会(茨城県土浦市)の2大会のみであり、当大会が日本国内では最も権威のある競技大会とされる。会場対岸には姫神山、福伝山などがあり、それらの山に反射する音と花火観覧の邪魔になる光がない事もこの大会の自慢の1つである。1910年(明治43年)に創始され、第二次世界大戦による中断を経て2011年(平成23年)で85回目の開催となった。2010年(平成22年)には100周年を記念して「100周年記念番組」と称する花火が打ち上げられた。多くの花火ファンに愛されている。なお、2011年大会から前年大会で「内閣総理大臣賞」を受賞した花火師による「エキシビジョン花火」が打ち上げられる。

昼花火の競技大会が行われることで有名で、主催者によれば日本国内で昼花火の競技大会はこの大会のみであるとされる。また競技会の合間にテーマに合わせて打上げられる、ワイドスターマイン「大会提供花火」は毎年大変な人気で、各回毎に異なるテーマを掲げて大曲花火協同組合青年部が1年かけて製作する。「大会提供花火」は全長500メートルに及ぶワイドスターマイン。1セットのスターマインではなく一列に並んで何カ所も打ち上げられ、音楽に合わせて約5~7分に渡り壮大な打ち上げを行う。フィナーレの速射連発、数カ所からシンクロで上がるトラの尾、一斉に上がる銀冠・錦冠は圧巻。ドイツ・ハンガリー・台湾・韓国など、海外でも「大会提供花火」の名で打ち上げられた。

競技内容は17時頃に開始される昼花火の部と、19時から開始される夜花火の部に分かれ、夜花火の部のほうが規模が大きい。昼花火の部は5号早打ち5発、割物または煙竜。夜花火の部は課題・自由玉の10号玉それぞれ1発の10号割物の部と創造花火の部で競われる。創造花火は「花火は丸い」という概念を破り創造性を追求する。したがって、形は従来の丸型にこだわることなく三角でも四角でもよい。最近、他の花火大会でも笑顔やアニメキャラクターやヒマワリ、麦わら帽子、サングラスとお馴染みになったが、このような創作花火はこの全国花火競技大会が発祥とされている。テーマをもうけて2分30秒以内で形態、色彩、リズム感、立体感などの創造性を審査する。主流は速射連発(スターマイン)だが、8号玉早打ちでも良い。総合優勝者には内閣総理大臣賞、創造花火の部優勝に経済産業大臣賞、10号割物の部優勝には中小企業庁長官賞、昼花火の部優勝に大会会長賞が与えられる。また特別賞で文部科学大臣奨励賞がある。

ちなみに、競技玉は作った本人が打ち上げなければならない。また安全面から花火の火の粉が消えずに地面に触れたら減点などの細かな基準があり、この事からもこの大会が日本のトップクラスの競技会であると言える

終戦記念日に思う!

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
本日は、”終戦記念日に思う”です。

先日、知覧特攻平和会館へ行ってきました。
通算5~6回目。
毎回色々な思いにかられるのですが、
今回の参拝では、私の愚息2人が22歳と19歳となっており、特攻隊員の年齢と重なって身につまされる思いで見学してきました。




彼らの遺書を読むと、
父母の事を思い、幼い弟や妹の事を心配し、自分の死後に遺される新妻や赤ちゃんの幸せを祈り、恋人からに手紙を胸に秘め、学問への断ち難い情熱を断ち、祖国に平和が訪れることを願いつつ祖国防衛の為に雄々しく散っていきました。
もっと生きたかっただろうに、家族のため、愛する人を守るために笑顔で、知覧飛行場を飛び立っていったのです。

あらためて現在の日本の平和や繁栄があるのは、彼らの自己犠牲のお蔭だと感謝し、祈って参りました。



私たちは、戦後教育で「先の戦争は、日本がすべて悪かった。そして、アジアの国々に多大なる迷惑をかけてしまったので、お詫びしないといけない。日本軍は国民を欺いて戦争に導いた極悪人だ」等々とを習いました。

私は学校で教えられた通りに、
本当に日本が全部悪かったのだろうか?本当にアジアの国々に多大なる迷惑をかけたのだろうか?等々を色々と調べています。

そうしたら、私たちの受けた歴史教育と ”かなりの相違点” や ”全く違う事実” が多々でてきました。


そこから考えて、なぜ?現在のような歪められた歴史認識・歴史教育のままで、政府は日本の立場に立った歴史教育をしていないのか?全く理解不能です。
そして、その歪められたれ歴史認識が日本人の歴史認識になっており、その歴史認識に対し大多数の日本人が疑っていいないのが現状なのではないでしょうか。

先人から未来を託された我々子孫が ”先人を誇りに思ってるどころか非難している” この現状は、ただ残念でなりません。

戦後、地獄さながらの戦闘で散華した者は犬死と嘲られ、かろうじて生き残った者は人殺しのごとく難詰されるという理解を絶する国となってしまった日本。
祖国の為に命をささげた人に対して感謝の念をこめ手を合わせて拝むべきものであるのに、戦争の罪を一身におわせているのではないかと思います。

このような状態では ”日本人としての誇りが生まれようもない” というのが私が危惧する点です。

死んだ人は、なにも弁明できません。
生きている私達にしか先人の無念は晴らすことはできません。

私たち一人一人が現在の歴史認識に疑問を持ち、本物の歴史認識を構築しなければ、先人はうかばれませんし、私達も日本国に誇りもてないと思います。

有志は、日本の昭和史(幕末~昭和)を探究してみて下さい!切にお願いします。


















最後に、特攻隊員の相花信夫氏の(18歳)の 母にあてた遺書を紹介いたします。


<母を慕いて>

母上、お元気ですか

永い間本当に有難うございました
我六歳のときより育てて下さりし母
継母とは言へ世の此の主の女にある如き、不祥事は一度たりてなく
慈しみ育ててくださりし母、有難い母、尊い母

俺は幸せだった 
遂に最後まで「お母さーん」と呼ばざりし俺 
幾度か思い切って呼ばんとしたが、なんと意志薄弱な俺だったろう
母上、お許し下さい さぞ淋しかったでしょう。

今こそ大声で呼ばせていただきます 
お母さん、お母さん、お母さん、と。













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鹿児島市西千石町のフレッセ厚生市場内にある靴修理・鞄修理・合鍵作製の店「リペアショップ鹿児島店」です。

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