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売上日本一の物産展!その②

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、売上日本一の物産展!その② 原点を教わった奄美物産展です。

前回ブログで、内田氏の営業戦略等を紹介しましたが、その結果、
年々数字は伸びいつしか「物産店といえば東武」と言われるようになったそうですが、始めの頃は取引先に頭を下げて商品を出してもらっていたのが、「ウチも出したい」というお店が徐々に増え始め、受け身の態勢になってきたことや、社員を見ても以前の和気藹々と皆でつくり上げていく雰囲気も薄らいでいってることに、内田氏は危機感を感じてました。

そんな時に内田氏は、鹿児島物産展で「奄美の特集をやろう」と提案しました。





内田氏は奄美5島を回って皆に呼びかけたのですが、全然人が集まりませんでした。
でもそのうち、芭蕉布を織っている一人のお婆さんに「僕はこういう思いで奄美だけの物産展をやろうとしているんです」と話したら、立ち上げって号泣しながらこう叫んだのです。
「私が生きている間にこんなことがあるとは思わなかった。ぜひ、参加させてほしい」と。

内田氏はその時に、こういう気持ちの人達が集まってくれればきっと上手くいくんじゃないかと思ったそうです。

それからしばらくして、奄美出身の歌手・元 ちとせさんと中 孝介さんのマネージャーから「本人たちがぜひ参加したいと話しています」と連絡があったんですね!

それで初日に二人が来て、歌ってくれたんです。
そうしたら会場中、もう割れんばかりの拍手になって、あっという間に6日間が終わったんです。その瞬間にうちの社員から「内田さん、来年も絶対に奄美の物産展をやってほしい」と言われたんです。





北海道展を何十回やろうが、日本一の数字をつくろうが、そんな言葉、一回も言われたことがないのに、あの奄美展の六日間で皆が感動していてくれてたんです。

なぜかと言えば、「楽しいから」です。
その会場には、芭蕉布織のおばあちゃんたちが来ていて、50数年ぶりかで同級生と再会して抱き合っている姿を目の当たりにしているわけです。




その時に自分自身も、物産展のあるべき姿とは何かという原点をもう一度見つめ直すことができたんです。
地方から都会へ出てきた人たちが故郷のことを思った時に、帰りたいけれど帰れない、行きたいけどもいけない人たちって、こんなにたくさんいるんだ。
また、物産展って本来、そういう懐かしさを味わったりできるものなんだ、と気づかせていただいた出来事でした。

これが、奄美展で教わった物産展の原点でした。




売上日本一の物産展!その①

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、”売上日本一の物産展!”の仕掛け人の東武百貨店の内田勝規(かつのり)氏のインタビユー記事からの話です。





日本一の売り上げを誇る東武百貨店の北海道物産展の売り上げは、内田氏がバイヤーに就任した2001年当時年間1万2千万円でしたが、年3回開催で15億円を超えるようになりました。





内田氏は物産展を成功させるために、

①地元に隠れた魅力ある商品をすべて自分の足で発掘しよう
②物産展なのだから、地元の人に販売してもらおう
③百貨店だけが儲かる仕組みではなく、お客様も喜んで、取引先も儲かる仕組みへしよう
④③を実行するために会場の設営費等を徹底的にコスト削減(当初の半額)する
⑤今回出店できたとしても、次に指定席の売り場を持っている店は1店もない
⑥出店の為の資金借り入れのために、行政・銀行等に内田氏も同行し、融資のお願いをする
⑦関東以外の百貨店に出店したい希望があれば、内田氏が紹介する
⑧その他、取引先の諸々の相談にのろう
と考えて実行しました。




内田氏は言います。

「農業生産者はいい物をつくっても、儲からなければ後継者は育ちません。だから、若い方に儲かる実感を持ってもらうために、その農園では社長の息子さんに販売してもらったのです。
単に売り上げや話題づくりが目的ではなくて、北海道は農業王国なので、何かしらの成功事例をつくることが、この物産展の役割の1つではないかという気がするのです。
ただし、何か提案するのでも、生産者と一緒に物作りをしなければ誰も言う事なんて聞いてくれないですよね。
それを1件1件、地道にやっているのが僕の活動なのです」と。

本日は新嘗祭(にいなめさい)

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、”本日は新嘗祭(にいなめさい)” です。







下記に記載されている通り、本日は「勤労感謝の日」として国民の祝日となっていますが、本来は新穀を供えるお祭りの日とされてきました。

農業を大切にしてきた日本には、古くから神々に五穀の収穫を祝う ”新嘗祭(にいなめさい)” という新穀をお供えするお祭りの日とされてきました。

飛鳥時代に始まったという新嘗祭は、天皇が国民を代表して、農作物の恵みを与えてくれる神々に感謝する日です。現在でも、天皇陛下自らが栽培した新穀お供えしています。


新嘗祭は、宮中祭祀の中で、最も古く、新穀(しんこく)を神々に供えて自らも召し上がる、最重要の祭儀です。

祭典は、12月23日の午後6時から午後8時の間の「夕(よい)の儀」、午後11時から午前1時ごろにかけて行われる「暁(あかつき)の儀」からなるもので、神嘉殿(しんかでん)において催されます。

夕刻を迎えると、斎火(いみび)がともされ、庭先には庭燎(ていりょう)の火で淡く照らされます。
陛下が出御(しゅつぎょ)され本殿に進まれるその時、「オーシー」という警蹕(けいひつ)の声が発せられ、その声がおさまるや神楽歌(かぐらうた)が荘重に流れ始めます。

次いで神饌御親供(しんせんごしんく)があり、御告文の奏上。
この後に神饌の撤下(てっか)に先立ち、庭先の幄舎(あくしゃ)に控えている皇族をはじめ参列者一同は、神嘉殿(しんかでん)の陛下に進んで拝礼します。






本日は、穀物や野菜・果物等の自然の恵みを与えてくれる神々(大自然)に感謝する日だということを忘れないでください。
決して、「勤労感謝の日」という趣旨の祭日ではありません!

「陛下が国民を代表して、農作物の恵みを与えてくれる神々に感謝する日」と覚えてください。

そして陛下は、私たちが知ろうと知るまいと、何時如何なる祭祀の際にも、常に「国民のために祈りをささげられて、そこに心魂を込められる」のです。

それが ”天皇陛下のお姿” なのです。



<参考までに、新嘗祭について>

(神社本庁ブログより)

11月23日は「勤労感謝の日」として国民の祝日となっていますが、本来は新穀を供えるお祭りの日です。

宮中の神嘉殿(しんかでん)では、天皇陛下御親(おんみずか)ら新穀を神さまに捧げ、その年の収穫を感謝する新嘗祭(にいなめさい)が執り行われ、全国の神社でも斎行されます。
このように、日本人はお祭りを通して神さまの恵みに感謝をささげてきました。
今日もおいしいお米が頂けることを「あたり前」とは思わずに、常に感謝の気持ちを持ち続けたいものです。



(ウィキペディアより)
        
日本では、古くから五穀の収穫を祝う風習があった。その年の収穫物は国家としてもそれからの一年を養う大切な蓄えとなることから、大事な行事として飛鳥時代の皇極天皇の御代に始められたと伝えられている。

一時中断されたが、元禄時代の東山天皇の在位中に復活した。1873年の太陽暦採用以前は旧暦の11月の2回目の卯の日に行われていた[1]。

1873年から1947年までは同名の祝祭日(休日)となっており、1948年以降も勤労感謝の日として国民の祝日になっている[1]。

新嘗祭自体は伊勢神宮及びそれに連なる神社の祭儀となり、伊勢神宮には天皇の勅使が遣わされて、大御饌(おおみけ:神が召し上がる食事)を供える形式となった。

現代では稀であるが、新嘗祭まで新米を口にしない風習も残っている。





                                                             

低量の放射線は身体にいい?

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、低量の放射線は身体にいい?です。


”低量の放射線は身体に害がないばかりか、いい影響を及ぼす”との学説を一般に「ホルミシス」と呼ばれています。この学説は、米国ミズーリ大学教授のトーマス・D・ラッキー博士が1982年に提唱したものです。






これは「少しの放射線は、免疫機能の向上などをもたらし、身体のあらゆる活動を活性化し、病気を治したり、病気にかからない強い身体にしたり、老化を抑えて若々しい体を保つなど、さまざまな体によい影響を及ぼす」というもので、放射線は少しでも有害であるとする社会通念や放射線防護の規制概念とは全く異なる画期的なものでした。

昨年の「週刊文春」12月29日号で、”放射能汚染の福島で不気味な植物の巨大化進行中”との見出しで、サボテン・ハーブや農作物が例年になく生育をていると批判的に紹介している記事でありますが、実はこれこそがが「放射線によるホルミシス効果」なんです。





世界で唯一原子爆弾の洗礼を受けたわが国においては、放射能に対しては拒否反応があります。
放射線は身体によくないというのは常識化されておりますが、しかし、最近の研究では、「低線量放射線」は身体にいいということが、判ってきました。

「低線量」に対して「高線量」の放射線は、明かに身体に悪い。

つまり、一瞬にして「高線量」の放射線を出すのは、原爆、水爆ですが、確かに身体の細胞を破壊します。
それとは反対に「低線量放射線」は身体にいい影響を及ぼす、ということです。

例として、アポロ宇宙船も乗員の宇宙服も、厳重な防護壁と膜に守られていますが、それでも放射線は防ぎ切れません。しかし、それで宇宙飛行士が命を失うかと思うと、みんな健康状態を維持して、何回でも宇宙に行っています。

これはどういう事かと、アメリカのNASAが生命科学の世界的権威のラッキー・D・トーマス博士に依頼して、研究してもらった結果、宇宙の放射線防壁を通して少量を浴びる場合は、むしろ健康にいいとう学説を発表したのであります
また、世界の核施設で働く年間100ミリシーベルト以下の約15万人もの被爆労働者のがん死亡率は、被爆していない労働者より50%~90%も低いというデーターもあるそうです。


「ホルミシス効果」はどのように現れるかといいますと「波長の短い放射線」で、我々に馴染みのある形としては、一般的に「ラジュウム温泉」とか、「ラドン温泉」とかの形で現れます。
昔から日本人は”湯治”という形で温泉を活用していたので、馴染みがあります。

日本で有名なラジウム温泉といえば、山梨県の増富温泉、鳥取県の三朝温泉、それと岩盤浴の玉川温泉が特に有名です。
特に玉川温泉は古くから「難病を治す」「癌が治る」などと言われています。



玉川温泉で一番いいのは、岩盤浴であります。
大きな岩畳があって、それに転がり毛布をかぶって、岩盤から出る熱と放射線を一度に身体に浴びます。
熱は一種の温熱療法となり、身体が温まったところへ「ラドン光線(低線量放射線=自然放射線の100倍以内)」が入ってきて、好結果をもたらすそうです。

詳しい理屈は分かりませんが、「低線量放射線」は身体にいい影響を及ぼす」としたら、お近くの「ラジュウム温泉」とか、「ラドン温泉」に入れば、より健康になる?ということになりますので、調べてみると鹿児島には「ラジュウム温泉」とか、「ラドン温泉」はほとんど無いので、近くの銭湯で  ”温泉・サウナ・水風呂効果でより健康になる” というのが現実的なようです。


トーマス・D・ラッキー博士が提唱するように”少しの放射線”は、
「免疫機能の向上などをもたらし」、「身体のあらゆる活動を活性化し」、「病気を治したり」、「病気にかからない強い身体にしたり」、「老化を抑えて若々しい体を保つなど、さまざまな体によい影響を及ぼす」のであれば、我々は放射線に対する考え方を根本に変えないといけません。

そして放射線の専門家の方々が ”放射線に対する統一見解” を明確に出せば、福島県の原発による汚染地域の住民の方々も安心して住めるようになるのではないかと思うのですが。









夢を叶える夢を見た!

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、内館牧子氏の著書 ”夢を叶える夢を見た!” です。


彼女の著書 ”夢を叶える夢を見た”は、「何とか人生を変えたい」 「このままでは生まれた甲斐がない」 「今の仕事を辞め、新しい世界に飛ぼうか、飛ぶまいか」と悩んでいる男女に贈るリポートです。





彼女は脚本家で、代表作に、NHK連続テレビ小説『ひらり』、『私の青空』、大河ドラマ『毛利元就』などがあり、女性初の大相撲・日本相撲協会の横綱審議委員としても知られています。


彼女は著書で下記のように分析しています。

誰しも「なりたい自分」を持っていると思います。

「会社を起こしたい」 「歌手になりたい」 「看護師になりたい」 「プロの選手になりたい」等々、人の数だけ「なりたい自分」はあると思います。
ましてや、そこまで思わないまでも「人生を変えたい。私も自分を活かせる何かやりたい」と漠然と思っている人はもっと多いだろうと思います。

それを「夢」と呼んだ時に、夢に向かって飛び出す時には必ず大きなリスクを背負います。
万一、「飛んで」失敗したときに、自分だけでなく家族の人生までも脅かしかねないからです。
誰もがそれを分かっているだけに、「飛ぶ決断」は容易には決断できずに、心が揺れます。

但し、若いうちから特殊な仕事を志した人たち、例えば、医師・看護師、デザイナー、研究者、学者、こういった職種を早くから夢見て、現実にその仕事についている人たちは、アンケートで見る限り、揺れは少ないと分析しています。

内館氏曰く、
「夢という爆弾」を爆発させて人生を終える人と、爆発させることなく「夢の不発弾」を抱えて死ぬ人と、結局は二通りしかないのだと思った。
人生を終える時、それぞれの人は何を思うのだろうか。

夢のために安定を捨て、飛び出して満足して死ぬ人がいるだろう。飛び出して後悔して死ぬ人がいるだろう。
一方、飛び出さずに満足して死ぬ人、飛び出さずに後悔して死ぬ人がいるだろう。

どうなるかは死ぬときにしかわからない。
ただ、これだけは言える。
”よく生きた人だけがよく死ねる” のだ」と。



彼女は、そういう思いで「飛んだ人」と「飛ばなかった人」をリポートしてみたいと考えました。
以来三年間、取材を続けてきたのが ”夢を叶える夢を見た” の著書です。




本の内容は、「飛んだ人」と「飛ばなかった人」それぞれに下記のような質問をして、その当時の「心の揺れ」 「家族や両親との折り合い」等をリアルに再現しています。

「飛ばせた決定打」 「飛ばない決定打」は何だったのか?
「飛んでよかった」 「飛ばなくてよかった」との思い?
「飛ぶために不可欠なもの」 「飛ばないなめに不可欠なもの」それは何か?
「飛ばなきゃよかった」と思う時はないか?等々を詳しく質問しています。

ここのインタビューに登場してくれる方々は、「飛んだ人」「飛ぼうと迷ったが飛ばなかった人」の両方の方々ですが、共通点は失敗はしなかった人達です。しかしながら失敗しなかった人は少数です。

大多数であろう「飛んで失敗した人」「飛ばずに失敗した人」のインタビューは、誰一人として応じてくれなかったそうです。
一件だけ、「飛べばよかったと後悔している」と匿名を条件にインタビューに応じてくれているだけです。


結局、死ぬときにしか、”自分の人生がどうだったか?” は分かりませんが、内館氏曰く ”よく生きた人だけが よく死ねる” のではないかと思います。

「飛ぶか」「飛ばないか」のどちらかを選択しても後悔はあると思いますが、”どう生きたらより後悔が少ないのか”、悩んでいる方には参考になる本だと思いますので、お読み頂ければ幸いです。




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鹿児島市西千石町のフレッセ厚生市場内にある靴修理・鞄修理・合鍵作製の店「リペアショップ鹿児島店」です。

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