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普通の人をスパーマンに変える

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、”普通の人をスパーマン変える” です。


ある会社の社長が4人の営業マンを呼び出し、このように告げました。
「調査の結果、わが社に100人いる営業マンの中で、君たちはとても優秀な社員であることが判明した。そこで、わが社の社運をかけた新商品の販売に、是非とも力を貸してほしい!期待しているぞ」と、言いました。

ところが、実は4人とも、社内からランダムに選ばれただけで、取り立てて成績がいいわけではありません。
ごく平均的な営業マンだったのです。
にもかかわらず、1年も経たないうちに4人は成果を2.5倍にし、驚異的な売り上げをたたき出したのです。

4人は社長に期待されれているのだと思い込み、かつ自分を選んでくれた社長に好感を持ち、そして社長のために頑張りたい、期待に応えたいと心に火がついたのでした。
その結果、普通の社員だった4人は、社長の期待に応えようと発奮し、必死に頑張り、”驚異的な売り上げ” という成果を出したのでした。

だから、私たちもこの社長のように、ちょっとした言葉と気遣いで ”普通の人ををスパーマンに変える” ことが出来る可能性があるのです。




例えば、旦那さんが初めてつくった手料理が、それほど美味しくなかったとしても、「すごく美味しい!料理の才能があるんじゃない」と認めてあげれば、次の機会にはかなり腕をあげているはずです。

また、子供が「ぐちゃぐちゃに たたんだ洗濯物」 でも 「お手伝いしてくれて助かった。またお願いね!」と褒めてあげれば、進んでお手伝いする子に育つと思います。

職場でもいつもコーヒーをいれてくれる女性に、「いつも美味しいコーヒーを有難う。おかげで仕事がはかどるよ。」と声をかけると、その褒めた分だけ、その女性の能力もやる気もぐんぐんアップしていくと思います。



なぜなら、誰かに褒められたり頼りにされると、人はもっと頑張ろうと変われるからです。



私も、「すごく美味しい!料理の才能があるんじゃないの~」と、この手にひっかかってしまい、毎週日曜日は料理や家事をやっています。





今では息子2人に「お母さんのご飯より、お父さんのご飯の方が美味しい」と言われるようになりました。

息子2人の言葉に家内は、「ハァ~、なんてぇ~、お母さんのご飯より、お父さんのご飯の方が美味しい!」と怒っていたのですが、最近では私の料理を毎週楽しみにしてくれています。

家事をするようになって良かったことは、”家事ってこんな大変なんだ” と分かったことです。
それからは家内に対して ”いつも家事を有難う!” と心から感謝するようになれて、日曜日だけは上げ膳据え膳で頑張んばっております。

スーパーマンには届きませんが、「これが一番の私が変化したこと」です。

だから、ちょっとした言葉と気遣いで ”普通の人がスパーマンに変わる” 奇跡が起こりうるかもしれないと信じるようになった今日この頃です。

皆さんの家庭や職場でも、 ”あなたのちょっとした言葉と気遣い”で、奇跡を起こしてください。
吉報、お待ちしております。










80対20の法則

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、”80対20の法則”です。

身近にある『80対20の法則』、世の中は『80対20の法則』で動いているらしいのです。
仕事や経済でよく使われていて、経済学者のパレートが発見した経験値に基づいた法則だそうです。

必ずしも正確な数字で表せるものではありませんが、事効率を考える時に役立つ黄金比率として使えそうですので、参考にして下さい。



代表的なパレードの”80対20の法則”をネットから拾って列記しましたので、ご覧ください。


◎ ビジネスにおいて、売上の8割は全顧客の2割が生み出している。
  よって売上を伸ばすには顧客全員を対象としたサービスを行うよりも、2割の顧客に的を絞ったサービスを行う方が効率的である。

◎ 商品の売上の8割は、全商品銘柄のうちの2割で生み出している。

◎ 売上の8割は、全従業員のうちの2割で生み出している。

◎ 仕事の成果の8割は、費やした時間全体のうちの2割の時間で生み出している。

◎ 故障の8割は、全部品のうち2割に原因がある。

◎ 所得税の8割は、課税対象者の2割が担っている。

◎ プログラムの処理にかかる時間の80%はコード全体の20%の部分が占める。

◎ 全体の20%が優れた設計ならば実用上80%の状況で優れた能力を発揮する。


上記の80対20の法則から、何を学んで、どのようにして実社会で役立てたらいいのかのポイント

1、努力の平均水準を上げるのではなく、努力を1点に集中する。
2、決められたコースを走るのではなく、近道を探す。
3、最小限の努力で、人生の支配権を握る。
4、網を広げるのではなく、網を狭める。
5、多くの分野で平均点を取るのではなく、一つの分野で突出した成績を上げる。
6、日常生活で、出来る限りアウトソーシングを進める。庭仕事でも、自動車の修理でも、自分でやらずに出来るだ   け専門家に任せる。
7、いちばん得意とすること、いちばん楽しいと思うことだけをやる。
8、重要な分野ではすべて、20%の努力が結果の80%につながるように調整する。
9、手当たり次第にチャンスに飛びつくのではなく、気をしずめ仕事量を減らし、ゴールへの最短距離に焦点を当て   る。
10.仕事をシンプルにする。顧客を絞り込む。


80対20の法則を販売に活かす3つのポイント

1、売上の80%を占める20%の製品に販売努力を集中する。
2、売上の80%、利益の80%を生み出す20%の顧客に販売努力を集中する。
3、商圏を地域別にではなく、売上・利益の規模に優先に編成する。



その他、80対20の法則も記載しました。

犯罪の80%を20%の犯罪者が占めている。

交通事故の80%を20%のドライバーが占めている。

離婚件数の80%を20%の人たちが占めている
(この人たちが結婚と離婚を繰返しているため、離婚率が実体以上に高くなっている)

教育上の資格の80%を20%の人たちが占めている。


いろいろな『80対20の法則』、参考になりましたでしょうか?



宗教が救う ”いじめ問題”

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、宗教が救う ”いじめ問題” です。


ひろ ちさや氏曰く、
世界の数多い宗教に共通している特色は何かといえば、 ”人間というものは、弱くて、愚かで、不完全な生き物である ” と考えているところにあるのではないかと述べています。

しかしながら、学校教育において、子供たちは人間は完全でなければならないと教えられます。
”完全を目指して努力せよ” とか ”あともう少し頑張れ、怠けてはいけない” 等々と教わるのです。


そうすると子供たちは、不完全な人間、身障者の様な弱い人間、ちょっとした過ちを犯した人間に対して、過酷にして執拗な攻撃を加えます。
「あの人はいけない人だ」と、寄ってたかっていじめるのです。

いじめている自分だって不完全な人間なのに、自分に対しては採点基準が甘くなり、
「私だっていけないところはあります。でも、わたしはそのいけないところをなくすように努力しているのだから… …」と自己弁護します。
そして、他人を非難糾弾します。

このような状況が、子供のいじめの本質ではないかと思います。
日本人が大好きな儒教の影響ではないでしょうか?


そんな今こそ、真の宗教(日本では仏教)の出番ではないでしょうか?と私は思います。

真の仏教の教えとは、完全なる人間になるように努力せよと説くことではありません。
そうではなく 、”人間はみんな弱くて、愚かで、不完全な存在なんだよ。
欠点だらけの人間なんだから、みんな互いに赦(ゆる)し合って生きていかねばならない” と教えています。

つまり、「あなただって不完全な人間だから、多くの他人に迷惑をかけているんです。それを他人は赦(ゆる)してくれています。我慢していてくれています。
だから、あなたも他人から受ける迷惑をしっかりと耐え忍びなさい」と教えます。

そのような方針でいけば、いじめ問題の本質に迫れるのではないかと考えます。
そして、その役目ができるのは儒教ではなく、真の宗教(仏教)ではないかと期待しています。

だから、学校教育の中に仏教的教育が取り入れられば、いじめ問題も緩和されるのでは?と考えています。



”足なし禅師”と呼ばれた男の話!その②

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、”足なし禅師”と呼ばれた男の話!その②です。

前回のブログで、”足なし禅師”と呼ばれた小沢 道雄氏の生涯を紹介しましたが、彼が障碍者となり、そこから学んだ人生哲学を紹介します。





小沢氏は戦争とシベリア抑留生活で、両足の切断と片方の腕が不自由となる障害を背負いました。
彼は、「こんな不自由な身体だと、周りの人たちに迷惑をかけるだけの厄介者」と考えて、何度も死のうとしましたが、死にきれませんでした。

そして彼は下記のような考えに達しました。

障害にどっかり座り、そこから逃げず、そこを起点として新しい出発をする、「本日ただいま誕生!」どうもこの他には道がないようです。
悲しさや苦しさをいくら掘り起こしたって、そこからは何も得るものはありません。
それよりは、今日ある生命を精一杯に、ほほえみをもって喜びの種をさがそうではありませんか。
せっかくの人生ですもの、せっかくの障害ですもの、逃げてはもったいない。

ならば、そこに「デン」と坐って、そこで呼吸しているよりほか仕方がない。
ここが肝心なところで、逃げないところに坐って呼吸をしていると、そこに湧き出してくるものがあるんです。
これは生命(いのち)の泉だ、汲めども尽きぬ、生命そのものなんだ!と


また、人は恕(ゆる)されて生きているのだから、当然恕(ゆる)されていることに対して感謝の念が生じなければならない。そして、その感謝の思いは、日々の生活の中で、何かこの社会のために奉仕しなくては申し訳ないという行動実践にもつながっていくものである。
しかし、障碍者になった私はお返しはできないけれど、日々の生活の態度として、肚に決めて実践しました。


1、微笑をたやさない 
(微笑は人間だけが持つ素晴らしいものであるし、これが癖になってしまえば、生活の滑りがよくなるという私の知恵)

1、人の話を素直に聞こう
 (自分以外はすべて教師であるという、愚かなる者の結論)

1、親切にしよう 
(恕されていることに対してのお返しが根底にあり、やれることはなんなりと喜んで、ということである)

1、絶対、怒らない 
(どう考えても、何処を探しても、怒る理由がみつからないということである)

そして、この4つの心がけがいつのまにかミックスしてほどよい交流となり、私という重度身体障碍者を今まで運んでいるものであると思えるようになっていったのです。

小沢氏は「障害から逃げずに、そこにどっかり坐り、彼にしかできない心づかい」で社会へお返しをするという人生を見つけたのです。


小沢 道雄氏の著書「本日ただいま誕生」という本は、
普通の弱い人間が戦争で突然障碍者になり、人生に絶望しながらも、前向きに生きていこうとする自身の苦悩が包み隠さず書かれた本ですので、興味あるかたは是非お読みください。
お勧めの1冊です。

















”足なし禅師”と呼ばれた男の話!

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、”足なし禅師”と呼ばれた男の話です。


下記は、月刊誌『致知』の特集「命の炎を燃やして生きる」に掲載されていた「足なし禅師」と呼ばれた禅僧・小沢道雄師のお話です。







大正9年生まれの小沢氏は、幼年期に曹洞宗の専門道場で修行。

戦争で満州へ赴きます。

昭和20年、25歳で敗戦。シベリアに抑留され強制労働されます。
だが、肩に受けた銃創(じゅうそう)が悪化し、役立たずは不要とばかり無蓋(むがい)の貨車で牡丹江(ぼたんこう)の旧日本陸軍病院に後送されますが、氷点下40~50度の酷寒に夏服のままで、支給された食料は黒パン1個、飲み水もままならず、3日間を費やした行程で死者が続出しました。

もし列車の牡丹江到着があと半日も遅れていたら、小沢氏を含めて大部分、あるいは全員が冷凍人間になっていたのではないかと振り返るような、常軌をいっしたソ連軍の行為でした。

小沢師は死こそ免れたが、両足が凍傷に侵されたました。

膝から切断しなければ助からない。
その手術の担当軍医は内科医で外科手術はそれが初めてで、しかも麻酔薬もありません。
メスを執った軍医がしばらく祈るように目を閉じた姿を見て、小沢師はこの軍医に切られるなら本望だと思い定めた。
そして軍医に「なるべく同じ長さに揃えて切ってください」と言いました。

想像を絶する激痛。歯がギリギリ噛み合い、全身がギシッと軋(きし)んで硬直した。
その痛さは、「痛い痛い痛いと百万編叫び、その百万編の痛さを一瞬に凝縮したような痛さで、しかもその痛さが一瞬ではなく2時間も続いたものだからたまったものではありませんでした。

そして、手術と変わらないすさまじい痛みは1か月余続きました。

そして、八月に突然の帰国命令。
歩けない者は担架に担がれ、牡丹江からハルビン、奉天を経てコロ島まで、1,500kmを徒歩で行くことになった。

だが、出発して3日目の朝、目を覚ますと周りには誰もいなかった。
満州の荒野に置き去りにされたのだった。

あらん限りの大声で叫んだ。
折よく通りかかった北満から引き揚げ途中の開拓団に救われたのは、僥倖(ぎょうこう)というほかはなかった。
その後、奉天の駅裏に降ろされたまま、3日間も置き去りにされましたが、またも奇跡的に難を逃れました。

崖っぷちを辿るようにして奇跡的に帰国した小沢師は、福岡で再手術を受け、故郷相模原の病院に送られました。

母と弟が面会に来ました。

「こんな体になって帰ってきました。 いっそのこと死のうと思いましたが、 帰ってきました」と言うと、母は膝までの包帯に包まれた脚を撫で、小さく言った。「よう帰ってきたなあ」

母と弟が帰ったあと、小沢師は毛布をかぶり、声を殺して泣いた。

懊悩の日は続いた。
気持ちはどうしても死に傾く。その果てに湧き上がってきた思いがあった。

比べるから苦しむのだ。

比べる元は、27年前に生まれたことにある。
27年前に生まれたことを止めて、今日生まれたことにしよう。
両足切断の姿で今日生まれたのだ。

そうだ、本日たったいま誕生したのだ。

足がどんなに痛く、足がなく動けなくとも、痛いまんま、足がないまんま、動けないまんま、生まれてきたのだから、何も言うことなし。
本日ただいま誕生!
深い深い覚悟である。

 1、微笑を絶やさない
 1、人の話を素直に聞こう
 1、親切にしよう   
 1、絶対に怒らない 
小沢師はこの4つを心に決め、58年の生涯を貫いた。

命の炎を燃やして生き抜いた足なし禅師の人生だった。






「主」という字の「」はロウソクの炎。
「王」は台のこと。

自分のいる環境を照らして生きる人のことを、主という。

命の炎を燃やして生きることは、自分が自分の人生の主人公となって生きることである。





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