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私の今年の目標

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、「私の今年の目標」です。


私が、今年の目標とすることは「いつも上機嫌!」でいることです。




なぜ?そう思ったかというと、

NHKの連続テレビ小説、「カーネーション」の中で、主人公糸子の夫は出征して戦死してしまいました。
戦後、夫の戦友が尋ねてきて、その戦友は「のんきな人でした」と言うが、どうも糸子にはシックリこなかった。
糸子が、「いつも上機嫌!」と言うと、戦友も ”そうそう、いつも上機嫌や” と納得するという一場面がありました。

私はこのシーンを見ていて、「いつも上機嫌!」でいるというのは平凡なような事であるが、なかなか出来ることではないと思い、心の中に「いつも上機嫌」という言葉がなんとなく残っていました。


そして、昨年の12月31日に、実践倫理宏正会 会長 上廣氏の倫風随想の「日々是好日(ひびこれこうじつ)」を読んでいたら、

「人がどうであろうと、相手の反応によって不愉快になるのはやめよう、上機嫌でいようと心に決めていれば、何があっても後味の悪い思いを残さない ”いい一日” が完成するのです」というような内容のことが書かれていました。




この上廣会長の言葉を聞いて、「よし!来年の目標は ”いつも上機嫌!” 」 と決めました。
家内にも今年の目標は「いつも上機嫌」だからと伝えて実行しています。

実践してみて感じることは、相手の反応によって不愉快になるのはやめよう、上機嫌でいようと心に決めていれば、
大概のことはクリアーできるようになるのではないかと思えるようになったことです。

不愉快な事やトラブルがあっても心の中で「いつも上機嫌」と唱えると、怒りやイライラがスッーと引いていくような感じになるから不思議なんです!

そして、心の中でつぶやくのです。
「こんなことぐらいで俺のいつも上機嫌は揺るがないぞ!、揺るいでたまるか」と。







しかし、一つだけ困っていることがあります。
家内も私の目標をパクって「いつも上機嫌」を目標にしようと言って実行しているようですが、
家内の場合は、私にパート先の人間関係について散々毒を吐き散し、ストレスを発散してから「いつも上機嫌」と言っています。

私の考える「いつも上機嫌」とは違うようですが、女性特有のストレス発散法なのではないかと思い、しかたないな~と思っています。


また、本文の中で、上廣会長が「いつも上機嫌」にいるための具体例を示して、その際の対処法や考え方などを伝授しておりますので、興味のあられる方は「倫風随想」をお読みください。

その他の項目にもすばらしい内容が書かれた本ですので、機会あるごとに紹介していきたいと思います。


ということで、私の今年の目標は、「いつも上機嫌」です!











マッカーサーと目玉焼き事件

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、”マッカーサーと目玉焼き事件”です。


現代の日本人にとって、「飢え」という言葉は、ひとつの死語になっています。
しかし僅か60年数年前には、家族の命を繋ぐために、多くの日本人は、東奔西走し、それこそ死に物狂いで米や野菜などの食料を調達し、飢えを凌いできたのでした。


そのような戦後の食糧難のエピソードとして「マッカーサーの目玉焼き事件」のエピソードを紹介します。

厚木飛行場に降り立ったマッカーサーは、直接東京には入らず、横浜の「ホテルニューグランド」315号室に12泊しまた。
滞在中のある日、マッカーサーは朝食に「2つ目玉の目玉焼き」と「スクランブルエッグ」をリクエストしたが、朝食で注文の品が並ぶことはなく、お昼を過ぎてようやく「1つ目玉の目玉焼き」だけが運ばれてきまた。

マッカーサーは、料理人を呼び出して問いただしたところ、料理人は「将軍から命令を受けてから今まで八方手を尽くして、ようやく卵が一つ手に入りました」と答えた。
その瞬間、マッカーサーは、日本が現在置かれている状況と、自分の為すべき仕事を理解したといいます。
(※ ただし、このエピソードを事実として証明する関係者の証言はありません)

また、当時のホテルニューグランド会長の回想によれば、マッカーサーがニューグランドに着いて最初に出された食事は冷凍のスケソウダラとサバ、酢をかけたキュウリ、そして鯨肉のステーキであり、マッカーサーはステーキを一口だけ食べると無言になり、後は手をつけなかったそうです。

その三日後、横浜港に停泊していた軍艦から山のように食料が荷揚げされたそうです。



では、いつから日本人は「飢え」の感覚を忘れてしまったのでしょうか?

昭和38年生まれの私には、子供の頃の食糧難的な記憶は一切ありません。
幼稚園の時は、全員弁当を持って来ていたし、小中は給食がありましたので、「飢え」の感覚は全く無く、育った世代です。
逆に、私たちの親の世代は、食べ盛りの成長期を戦中戦後に育ったので、食べ物の有り難さを身体で知っている世代です。
ですから、”食べ物は無駄にしてはいけない”と子供の頃、口を酸っぱくして言われました記憶は鮮明に残っています。( 父 昭和9年生まれ  母 昭和10年生まれ)

この間も、食べきれずに残した肉野菜炒めを”もったいない”と思い、冷蔵庫に何日も入れといて食べたら、軽い食あたりになりました。
でも、自分の責任で食べ物を棄てるのには罪悪感がありますので、しかたないと思っています。


最近、こんな会話を聞きました。

それは、本当の意味の「飢え(飢餓)」の感覚を知っているはずの年代の方が、孫と思われる子供とファミレス等に来ていた時の会話です。

その子どもが注文したものを残したのに、何も文句を言わないどころか、
「無理しないでいいわよ。お腹を壊すから」などと言って、甘やかしている様です。

自分たちが飢えという悲惨な時代を送ってきたために、自分の子供や孫には、そのような飢えという感覚を味わわせたくない気持ちは、よく分かります。

しかし、子どもへの躾けとして「自分が頼んだものを責任を持って食する」ことや「食物というものが天の恵み」で有り難いものであること、
「世の中には飢えに苦しんで栄養失調になり、この時にも死んでいく子どもたちの存在があること」をリアルティーをもって語れるのはこの世代にしかいなのに!と思い、残念に思いました。

「こんなに贅沢をして、食べ物を大切にしない時代」は過去にありません。

日本においては「飢え」という問題は、遠い過去に起こった記憶になりつつありますが、こんな飽食の時代は直感的におかしいと感じています。

確信を持って、”こんな時代は長くは続かない”と思っています。

近い将来、食糧難の時代が来たときに、
飽食の時代に慣れ親しんだ感覚から昔のような生活に対応できるか?

”皮膚感覚で経験したことがない飢え” に対し、そうなったらどうなるんだろうと不安を感じます。

この不安が私の杞憂であってくれることを強く願います。












お母さんを太陽と呼んだ日本人

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、「お母さんを太陽と呼んだ日本人」です。



致知出版社の「人間力メルマガ」 より、
境野勝悟(東洋思想家)著書『日本のこころの教育』、お母さんを「太陽」と呼んだ日本人を紹介します。








僕が小学校の一年のときのある日、「ただいま」って家に帰ると、お母さんがいないときがありました。

お父さんに、「お母さんどうしたの?」と聞くと、「稲刈りで実家へ手伝いに行ったよ」と言う。

そして、「きょうはお母さんがいないから、 おれが温かいうどんをつくってやる」と言って、親父がうどんをつくってくれました。
ところが、温かいうどんのはずなのに、お父さんのつくったうどんはなぜか冷やっこいんです。

一方、「ただいま」と家に帰ってお母さんがいるときは僕はいつでも「お母さん、何かないの?」と聞きました。
すると、母は「おまえは人の顔さえ見れば食い物のことばっかり言って、食いしん坊だね。そこに、ほら、芋があるよ」って言う。

そういうときは決まって、きのうふかしたさつま芋が目ざるの中に入っていました。

かかっているふきんを取ると、芋はいつもひゃーッと冷たいんです。
だけれども、お母さんのそばで食う芋は不思議に温かかった。

これは、もしかすると女性には理解できないかもしれないけれども、男性にはわかってもらえると思います。

お母さんが家にいると黙っていても明るいのです。あたたかいのです。




それで、わたくしたち男は自分の妻に対して、「日身(カミ)」に「さん」をつけて「日身(カミ))さん」と言ったんです。

丁寧なところでは、これに「お」をつけて「お日身(カミ)さん」といったんですよ。

何でしょうか。この「日身(カミ)」という意味は?


「カ」は古い言葉では「カカ」といいました。もっと古い言葉では「カアカア」といった。
さらに古い言葉では「カッカッ」といったんです。


「カカ」「カアカア」「カッカッ」これが「カ」となるんですね。
「ミ」というのは、わたくしたちの身体という意味です。

ですから、「日身(カミ)」とは、わたくしたちの身体は「カカ」の身体である、「カアカア」の身体である、「カッカッ」の身体であるという意味なんです。

では、「カカ」「カアカア」「カッカッ」という音は、古代では一体何を意味したのでしょうか。

「カッカッ」というのは、太陽が燃えている様子を表す擬態語でした。
「カッカッ」とは、実は太陽のことを指したのですね。

「カアカア」「カカ」という音も同様です。
つまり、わたくしたちの体、わたくしたちの命は太陽の命の身体であるということを、「日・身(カミ)」(太陽の身体)と言ったんです。

「カミ」の「カ」に「日」という漢字が当てられているのを見れば、「カ」が太陽のことを意味しているということがわかるでしょう。
「日身(カミ)」とは、太陽の体、太陽の身体という意味だったのです。


お母さんはいつも明るくて、あたたかくて、しかも朝、昼、晩、と食事をつくってくださって、わたくしたちの生命を育ててくださいます。
わたくしたちの身体を産んでくださいます。

母親というのはわたくしたちを産み、その上私たちを育ててくれます。

母親は太陽さんのような恵みの力によってわたくしたちを世話してくれる。

母親はまさに太陽さんそのものだということから、母親のことをむかしは「お日身(カミ)さん」といったのです。



……………………………………………………………………………………
ご紹介させていただいたのは、
致知出版社刊『日本のこころの教育』の書籍に収録されている冒頭部分です。

本書は、東洋思想家の境野勝悟氏が
花巻東高校で講演された時、全校高校生700名が、声ひとつ立てず2時間の講演に聞き入った内容を紹介したものですが、平成13年の発売以来、これまでに17回の版を重ねるなど、大変大きな反響をいただいてきました。

そして昨年、岐阜県の麗澤瑞浪中学・高等学校の生徒700名を前に境野氏が「日本のこころの教育」という講演をされ、このたび多くの方からのご要望を受けて、CDとして発売の運びとなりました。

(定価:3,570円(税込)/ CD2枚組 収録時間:82分09秒)


CDには、日の丸の国旗や『君が代』に込められた意味、「お父さん」がなぜ「おとうさん」と呼ばれるのか、などなど、
気になる話題が満載です。

また、以下にご紹介する高校3年生の女の子のように、日本人としての誇りや、生きるうえで大切なことを教えてくれるはずです。

境野先生の感動の名講演をぜひ皆さまもお聴きになってみてください。

致知出版社の「人間力メルマガ」 より


どっちがうれしい?どっちが幸せ?

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、どっちがうれしい?どっちが幸せ?です。


ひすいこたろう氏の「どっちがうれしい?どっちが幸せ?」からの話です。





友人が結婚式でこんなスピーチをしました。

「この話を知っている人は必ず幸せになりますよ。まず、皆さんに質問です。

自分で買った花束と、誰かからプレゼントされた花束、どちらがうれしいですか?
当然、誰かからもらったほうがうれしいですよね。
実は、人の本質はすべてここに表れています。

私たちが「持たない力」とは、自分で自分を幸せにする力なんです。
自分で自分にバラを買ったり、自分で自分にやさしい言葉をかけたとしても、あまり自分の心には響きません。

しかし、人にもらった気持ちやプレゼントは、心にガッンと響きます。
つまり、人が「持っている力」とは、自分を幸せにする力ではなく、「他人を幸せにする力」なんです。

私たちは、自分で自分を幸せにする力は与えられていませんが、人を幸せにする力は与えられているのです。
でだから、自分で自分にバラを買うよりも、お互いにバラを買って、プレゼントし合うことこそが、私たちのすべきことだと思います。

結婚とは自分が幸せになるためではなく、相手を幸せにするものです。
お互いがそう思うことが大切だと思います。

なっ〇〇〇(新郎の名前)、ここで新郎が、突然バラの花束を取り出し、新婦に渡す!
大喝采!!ブラーボー!!




幸せとは………分かちあうことです」と。



ミュージシャンの福山雅治さんは、毎年自分の誕生日に両親にハガキを送っているそうです。
そのハガキには、「俺を生んでくれて、ありがとう」と書かれてあるそうです。

顔も男前やけど、やっていることも男前です!





私も今年で50歳!
今年の誕生日には、ちょっと恥ずかしいけど、
両親に ”生んでくれてありがとう。育ててくれてありがとう” と書いたハガキを送りたいと考えています。

俺も男前になるぞ!


















































































日本精神とは!

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、「日本精神とは!」です。


皆さんは、台湾で ”嘉南大圳(かなんたいしゅう)の父” と呼ばれている日本人の八田與市(はったよいち)氏をご存じでしょうか?

現在、台湾最大の穀倉地帯である嘉南平原(台南市)は、もともとは干ばつと洪水と塩害の三重苦に支配される不毛の地であり、そこに住む60万人もの住民が飲み水にさえも困っているような土地柄でした。

そこに灌漑施設を整備して、不毛の地であった嘉南平原を台湾一の穀倉地帯に変えたのは、日本国及びその責任者だった八田與市氏だったのです。



(台南市の位置)

(台南市の穀倉地帯)


「台湾を愛した日本人  土木技師 八田與市の生涯」 の著者 古川勝三氏が、
八田與市の事跡を取材中、台湾の方からこう言われたことがあるそうです。



「古川さん、あなたは日本人だから”日本精神”を持ってますよね。日本精神を持っているあなた方日本人を、私たち台湾人は心から尊敬しています」と。

古川さんは、日本精神? 恥ずかしながらその意味を知りませんでした。

日本精神とは、

「嘘をつかず、不正なお金を受け取らず、己の失敗を人のせいにせず、己のやるべき仕事に全力を尽くす精神を意味する言葉」だと、日本人ではなく台湾で台湾人に教えられたと古川氏は言います。

私もこの言葉を聞いた時、この言葉に恥じない生き方ができているだろうか?と、日本精神という言葉の意味にドキッーとしました。


先の東日本大震災後、日本国は各国から様々な支援をいただきました。

その中で、総額250億円という世界で一番の民間義援金を贈ってくれた国が ”台湾” だったのです。
台湾の人口(2300万人)や経済規模を考慮すれば、とてつもなく巨額な支援額です。

また、昨年2月に台湾で実施されたアンケート調査によると、
”世界で一番好きな国は日本” と答えた人が41%(第2位のアメリカ4%)と第一位で、
”世界で最も親しみを感じる国は日本” と答えた人が74%にも上ったという結果だったそうです。

この事実は、”先人の日本精神”が少ながらず寄与しているのではないかと思わずにはおれません。

そして、私は日本国の国難の際に 「世界で一番の民間義援金を贈ってくれた国が ”台湾”」 であることを決して忘れず、かつ万一、台湾が国難に陥ったら手助けしなくてはならないと強く思うようになりました。




ご興味があられる方は、古川勝三氏の著書 「台湾を愛した日本人  土木技師 八田與市の生涯」をご拝読下さい。






ウィキペディアより、八田與市について書かれている部分を抜粋しましたので参考までにお読みください。


日本よりも、彼が実際に業績をあげた台湾での知名度のほうが高い。
特に高齢者を中心に八田の業績を評価する人物が多く、烏山頭ダムでは與一の命日である5月8日には慰霊祭が行われている。また、現在烏山頭ダムにある八田の銅像はダムの完成後の1931年(昭和6年)に作られたものであるが、国家総動員法に基づく金属類回収令の施行時や、中華民国の蒋介石時代に日本の残した建築物や顕彰碑の破壊がなされた際には、地元の有志によって隠され、1981年(昭和56年)1月1日に再びダムを見下ろす元の場所に設置された。

このように八田が顕彰される背景には、業績もさることながら、土木作業員の労働環境を適切なものにするため尽力したこと、危険な現場にも進んで足を踏み入れたこと、事故の慰霊事業では日本人も台湾人も分け隔てなく行ったことなど、彼の人柄によるところも大きく、エピソードも多く残されている。

現在でも中学生向け教科書『認識台湾 歴史篇』に八田の業績は詳しく紹介されている。2004年(平成16年)末に訪日した李登輝台湾総統は、八田の故郷・金沢も訪問した。

2007年5月21日に陳水扁総統は八田に対して褒章令を出した。

また馬英九次期総統(当時)も、2008年5月8日の烏山頭ダムでの八田の慰霊祭に参加した。翌年の慰霊祭に参加し、八田がダム建設時に住んでいた宿舎跡地を復元・整備して「八田與一記念公園」を建設すると語った[1]。

2009年7月30日に記念公園の安全祈願祭、2010年2月10日に着工式が行われ、2011年5月8日に完成した。
完成式典には、馬英九総統や八田の故郷・石川県出身の森喜朗元首相が参加した[2]。記念公園は約5万平方メートルだが、約200棟の官舎や宿舎のうち4棟は当時の姿に復元された[3][4]。宿舎は一般公開されている。

日本においては、土木・水利研究者を除いてあまり知られていないが、司馬遼太郎の『街道をゆく』や小林よしのりの『新ゴーマニズム宣言スペシャル・台湾論』などで取り上げられている。

また、2008年には、八田を描いた長編アニメ映画「パッテンライ!! 〜南の島の水ものがたり〜」が制作され、同年10月以降、與一の故郷である金沢市をはじめ、各地で上映が行われている。



八田と似たような仕事をして評価された人物として、第四高等学校(四高)と東京帝国大学における八田の先輩にあたる鳥居信平がいる。




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鹿児島市西千石町のフレッセ厚生市場内にある靴修理・鞄修理・合鍵作製の店「リペアショップ鹿児島店」です。

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