1  |  2    次>    

詩集 念ずれば花開く その②

テーマ:ブログ
リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、坂村真民さんの『詩集 念ずれば花開く』の続き、その②です。

坂村ワールドをじっくりとご堪能ください!



一度

人は一度   死なねばならぬ
日は一度   沈まねばならぬ
光は一度   闇にならなければならぬ
これが宇宙の教えだ   このことがわかれば
大概のことはわかる



好日

風のようにたださらさらと   花のようにただきらきらと
日日是好日(にちにちこれこうじつ)
これがわたしの生き方在り方




本当の愛

本当の愛は  タンポポの根のように強く
タンポポの花のように美しく  そして
タンポポの種のように四方に  幸せの輪をひろげてゆく




赤ん坊のように

どうでもいいという   人間からは
何も生まれてこない   そういう生き方からは
なにも授かりはしない
祈るのだ  願うのだ   赤ん坊のように
いのちの声を  はりあげて呼ぶのだ




訣別

すべては訣別の詩だ  人はさよならと言うとき
一番美しい姿になる  目に光が生まれ
胸に愛が溢れてくる  ああ訣別を待つがゆえに
人生は美しい








詩集 念ずれば花開く その①

テーマ:ブログ
リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、詩人 坂村 真民さんの『詩集 念ずれば花開く』その①です。






坂村さんは、あとがきで
「詩は未来を切り開くためのものでなくてはならぬ、というのが、詩を書き続けているわたしの願いであり、祈りなのである」と言われています。

一人の祈りを万人の祈りに
一人の願いを万人の願いに
一人の夢を万人の夢に

   タンポポ堂にて 真民


『詩集 念ずれば花開く』より、何回かに分けて坂村 真民さんの作品を紹介していきます。
未来を切り開く詩集を拝読頂き、人生行路の行く手を照らす燈火(ともしび)となれば幸いと思い紹介します。




たんぽぽ魂

 踏みにじられても  食いちぎられても
 死にもしない   枯れもしない
 その根強さ  そしてつねに
 太陽に向かって咲く その明るさ
 わたしはそれを  わたしの魂とする


念ずれば花開く

念ずれば  花開く
苦しいとき   母がいつも口にしていた
このことばを   わたしもいつのころからか
となえるようになった  そしてそのたび
わたしの花がふしぎと ひとつひとつ
ひらいていった


鳥は飛ばねばならぬ

鳥は飛ばねばならぬ  人は生きねばならぬ
怒涛の海を    飛びゆく鳥のように
混沌(こんとん)の世を   生きねばならぬ
鳥は本能的に   暗黒を突破すれば
光明の島に着くことを知っている  そのように人も
一寸先は闇(やみ)ではなく  光であることを知らねばならぬ
新しい年を迎えた日の朝   わたしたちに与えられた命題
鳥は飛ばねばならぬ   人は生きねばならぬ





大切なのは   かつてでもなく
これからでみない  一呼吸 一呼吸の
今である




<坂村真民 ウィキペディアより>

坂村真民(さかむら しんみん、1909年1月6日 - 2006年12月11日)は、日本の仏教詩人。本名昂(たかし)。
一遍の生き方に共感し、癒しの詩人と言われる。

熊本県荒尾市出身。熊本県立玉名中学校を経て、神宮皇學館卒業。
愛媛県砥部町に「たんぽぽ堂」と称する居を構え、毎朝1時に起床し、近くの重信川で未明の中祈りをささげるのが日課であった。
詩は解りやすい物が多く、小学生から財界人にまで愛された。
特に「念ずれば花ひらく」は多くの人に共感を呼び、その詩碑は全国、さらに外国にまで建てられている。
森信三が早くからその才覚を見抜き後世まで残る逸材と評した。
















語録集

テーマ:ブログ
リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、「語録集」です。


蓮華院誕生寺内観研修所所長 大山真弘氏の2005年3月31日第263号 幸福ニュースに「語録集」というタイトルで下記内容の語録が記載されていましたので、紹介します。
言われてみれば、なるほどな~と思うことや耳の痛いことが書かれていますので、読んでみて下さい。



「おかげさまで」

夏がくると、冬がいいという
冬になると、夏がいいという

ふとるとやせたいという、やせるとふとりたいという
忙Lいと閑(ひま)になりたいといい
閑になると、忙Lい方がいいという

自分に都合のいい人は善い人だとほめ
自分に都合が悪くなると、悪い人だと貶(けな)す

借りた傘も雨があがれば邪魔になる
金をもてば古びた女房が邪魔なる
世帯をもてば、親さえも邪魔になる

衣食住は昔に比べりゃ天国だが
上を見て不平不満の明けくれ
隣を見て愚痴ばかり

どうして自分を見つめないのか
静かに考えてみるがよい

一体自分とは何なのか、親のおかげ
先生のおかげ 世間さまのおかげのかたまりが
自分ではないか

つまらぬ自我妄執をすてて
得手勝手を慎んだら
世の中はきっと明るくなるだろう

おれがおれがを捨てて
おかげざまで おかげざまでとくらしたい







「楽しみ」

今日を楽しむものは 花を活けよ

一年先を楽しむものは 花を植えよ

三十年先を楽しむものは 木を植えよ

百年をおもんばかるものは 人を育てよ







「そのうち」

そのうちお金がたまったら
そのうち家でも建てたら
そのうち子供から手が放れたら
そのうち時間のゆとりができたら

そのうち・・・・・・
そのうち・・・・・・
そのうち・・・・・・と

出来ない理由を
くりかえしているうちに

結局は何もやらなかった
空しい人生の幕がおりて
頭の上に淋しい墓標が立つ

そのうち そのうち
日が暮れる
いまきたこの道
かえれない






「仕事」

1.仕事は自分から「創る」べきで、与えられるべきでない。

2.仕事とは先手先手と「働き掛け」ていくことで、受身でやるものでない。

3.「計画」を持て。長期の計画を持っておれば、忍耐と工夫とそして正しい努力と希望が生まれる。

4.「自信」を持て。自信がないから、君の仕事には迫力も粘りもそして厚味すらない。

5.頭は常に「全回転」八方に気を配って一部の隙もあってはならない。サービスとはそのようなものだ。





「うぬぼれは 転落の始まり」

慢心・傲慢・怠慢、これを「三慢病」という。

うぬぼれるから慢心し、人を見下す傲慢が生じ、現状に甘んじて努力を怠る怠慢が始まる。

この三慢病を克服するには、高い志を持ち、つねづね地道に努力し、お蔭様でという感謝の心を持つことである。



人生をやめたいと思ったとき読む本

テーマ:ブログ
リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、『人生をやめたいと思ったとき読む本』です。

蓮華院誕生寺内観研修所所長 大山真弘氏の2013年01月21日幸福ニュース第577号で、『人生をやめたいと思ったとき読む本』 (澤登和夫著、東洋経済新報社)を取り上げていましたので、その内容を紹介します。





著者は、現在、うつ病専門のカウンセラーとして全国を飛び回りながら、活躍されています。
その方が、人生をやめたい、楽になりたい、リセットしてやり直したいという人々の為に書かれた本です。うつ状態や、悩み落ち込んでいる人や自殺を考えている人々にお勧めの一冊です。



 著 者 (うつ・自殺未遂と大腸全摘出の著者があなたに贈のメッセージ)


私も読みましたが、本の出だしが ”私はマンションの屋上から飛び降りました” というショッキングなエピソードから始まります。

以下、大山真弘氏の2013年01月21日幸福ニュース第577号に書かれていた『人生をやめたいと思ったとき読む本』のダイジェストです。



(1)千の誉め言葉より大切なこと、それは、抱きしめること(ハグ)。
ハグされて、うつから開放されるきっかけをつかむ人が多いそうです。「抱きしめてもらったことで、こんなどうしようもない自分の全てを受け止めてくれた気がした」

(2)「そんなに死に急がなくても大丈夫ですよ。ちゃんといつかお迎えがきますから。」
重度のうつ状態で死にたいと思っていた私に、お見舞いに来た年配の女性がささやいた言葉です。それまで人と比較ばかりして劣等感に苦しんでいた私は、それを聞いて、「そうだな。まあ、とりあえず生きてみよう。」そんな気持ちになりました。

(3)短所は誰かが長所を発揮するための役に立っている。
自分の体験を話すことで、悩んでいるのは自分だけではないと分かり、お互いに人の役に立てた。人は誰でも役に立てる。 

(4)うつが命を守ってくれていた。
「うつ病と宣告された頃、もしも、うつにならなかったなら、過労で倒れたり、命がなくなっていたのではないだろうか。うつになったので、頑張っても頭が回らず、早く帰るようになったお陰で助かったのだ。」うつ病が私の命を守ってくれていたことに気付き、うつ病への感謝の気持ちも感じるようになった。

(5)うつは頼る生き方を教えてくれている。また、長い目で見ればプラスになる。
うつ病は「何かを教えてくれているメッセージ」と受け止めることも出来る。例えば、「このままのハイペースで行くと、後々大変なことになるよ。一度立ち止まって、これからの人生を考えてみようよ」とうつが教えてくれているのかもしれません。「これまで十分がんばって生きてきたよ。でも、これからは、もう少し周りの人に頼って生きても大丈夫だよ。きっと助けてくれるよ」

(6)旅行に行く。異空間体験をする。
沖縄の宮古島でしばらく滞在し、思いっきり好きなことをした。そして、「無理に元気にならなくてもいい」「不安と一緒に生きていてもいい」ということに気付いた。栃木県那須の「モンゴリアビレッジ・テンゲル」という宿泊施設も気分転換にいい。

(7)プチ宣言家出で一時避難し、疲れをとる。
疲れたら休むことが大事。睡眠時間を確保して、十分に眠る。エステもいい。家の人に伝えた上で、ホテルに1週間くらい滞在する。寝て休み、ゆったり過ごす。自分を責めなくなった。感謝の気持ちもわいてきた。

(8)たまには、動かない勇気を持つ。
うつといっても、行動できる時もあれば、できない時もある。自分の体と対話をしながら、動いたほうがいいか、動かない方がいいか決めればよい。元気がない時に動かないことは、決してネガティブなことではなく、むしろ、「エネルギーをたくわえる」というプラス面もある。

(9)農作業によってうつ病改善
自然が癒してくれる。日の出頃起きて、日没近くに眠るという当たり前の習慣を取り戻せた。

(10)簡単なアルバイトから始めて、自信をつける。公的支援制度を利用して経済的問題を改善する。

(11)難病で大腸を摘出してよかったこと
「えっ、大腸を取ったの。それじゃ大腸がんにならないわね。うらやましいわぁ」という、お見舞いの女性の言葉から、立ち直りのきっかけをつかんだ。

(12)病気になって良かった探しをする。
うつになってよかった10のこと。(5つだけ紹介します)
a.前より人をやさしく思えるようになった。
b.多くの人たちとの素敵な出会いがあった。
c.弱さをさらけ出し、生きられるようになった。
d.家族に愛されていることが解った。
e.生きていることがありがたいと思えるようになった。

(13)悩んでいる人が必要としている3つのもの
「居場所」---自分が安心できる場所。
「味方」---どんな自分も受け止めてくれる人。
「存在価値」---自分が役に立っていると思えること。

(14)求めない。今あるものに感謝する。
生きていると、たまに、いいことがある。心地よい風が吹いてきた時。好きな物を食べた時。たわいもない話で心地よいひと時を過ごせた時、等々。

(15)うつの2つの辛さ
「うつ病の辛さ(無価値感等)」と「うつの辛さを解ってもらえない事の辛さ」がある。だから、そっと寄り添うことが大事。

このほかにも色々と参考になることがあります。是非ご一読下さい。

グラミン銀行を知ってますか?その④

テーマ:ブログ
リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、「グラミン銀行を知ってますか?その④」です。

グラミン銀行の特徴は、

①貧しい人びとしか融資を受けられないこと。
②メンバーになるには自分たちで5人グループをつくること。
③担保はいらないが5人で連帯して返済に責任をもつこと。
④毎週集会所で開かれる集会に参加すること。
⑤支店の行員が集会所に来ること。
⑥自分たちで考えて経済活動に融資を活用すること。


メンバーになると、5人グループと5人グループを8つまでまとめたセンターに所属します。
センターは支店に所属し、その上に地域事務所、広域事務所、本店があります。

銀行の最高意思決定機関は理事会で、理事会はユヌス博士を理事長とする13人で構成されており、政府機関から3人とグランミー銀行から選出された9人で構成されています。


その理事の一人であるマンジラ・カトゥンさんの話です。

彼女は17歳で結婚して3番目の子どもを妊娠したとき、夫が失業してしまったので、夫から実家へ帰るように言われ実家に帰っていました。
その間に、夫は別な女性と結婚しており、彼女が子供が生まれて帰ると、その日から彼女は夫から殴られ続けました。
数か月後、みかねた友人が実家に帰るようすすめ、彼女は実家に帰りました。
しかし、彼女の実家はとても貧しく、彼女たち親子は厄介者扱いされ、なくなくよその家の下働きとして何とか暮らしていました。

ある日、7歳になった息子がひどい下痢になり、それがもとで翌日死んでしまいました。
息子が下痢になる前日に、わずか1タカ(約2円)のアイスクリームをせがんだが、その1タカがないばかりに買ってやれなかったと、彼女は悔やみに悔やみ、何年も落ち込でいました。

その後、彼女は仕立て屋の見習いとして働き始めましたが、稼ぎはわずか5タカ~7タカでした。
生活は一向に苦しいままでしたが、1989年に彼女の村にグラミン銀行の支店が開かれました。

早速、彼女はメンバーになり2000タカの融資を受け、ミシンを買いました。
彼女の腕前はとてもよかったので、4年間で1週間の稼ぎが50タカから250タカになって、とうとう手伝いを雇うまでになり、さらに自分の家も建てるまでになりました。

グラミン銀行の理事選があった時、彼女はまずセンターの代表に立候補して選ばれ、そして最後には、10万人を代表するグラミン銀行の理事となったのです。


彼女のエピソードは、以前に紹介したグランミー銀行の哲学そのものであり、象徴的な話です。
繰り返しとなりますが、その哲学とは、

①クレジットは、基本的人権である。

②人はだれでも、機会さえ与えられれば、よりよい生活をしようとする能力と意欲をもっている。

③貧困は外から規定され、人工的・社会的につくり出されたものである。

④人びとが銀行に行くのではなく、銀行のほうが人びとのもとに行く。

⑤グランミー銀行の原則 原理は、きわめて単純で、不変であるので、私たちは組織を柔軟に運営することができる。

⑥貧しい人びとが信用に値しないのではなく、既存の銀行が人びとに値しないのである。

また、この年の報告書の序文で、「この国の強さは、能力と意志のある多数の人々の中にある。私たちは、こうした強さを持つ土地のない貧しい人びとをまとめ、大きな経済力としよう」と述べています。

貧しい生活を余儀なくされている人々も働くチャンスと信用(融資)を与えてもらえれば、貧困から抜け出せるのです。
その働くチャンスと信用(融資)を与えてもらえないことが貧困の元凶にあります。

その元凶を断つためのシステムが 「グラミン銀行」 なんです。


そして、グラミン銀行はバングラデシュ独立記念日賞をはじめとする多くの賞を受賞し、ついには2006年10月13日、グラミン銀行と創設者のムハマド・ユヌスに2006年度の「ノーベル平和賞」が与えられました。

受賞理由は「底辺からの経済的および社会的発展の創造に対する努力」です。

グラミン銀行は、世界中で次々に生まれてきたマイクロクレジット分野の多くの組織のアイデアと事業モデルの源になっています。

(出典 坪井 ひろみ 著書 グランミー銀行を知ってますか?)













1  |  2    次>    

記事テーマ一覧

アーカイブ

最近の記事一覧

カレンダー

<<      2013/06      >>
26 27 28 29 30 31 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 1 2 3 4 5 6

ブログランキング

フリースペース

ブログバナー

プロフィール

招き猫

靴修理店 店長ブログ!

鹿児島市西千石町のフレッセ厚生市場内にある靴修理・鞄修理・合鍵作製の店「リペアショップ鹿児島店」です。

ホームページ

このブログの読者

読者になる
読者数:0人

お気に入りブログ

最近のトラックバック

参加コミュニティ一覧