今の自分が すべてではない!

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「かめおか ゆみこ」さんの今日のフォーカスチェンジより、”今の自分が すべてではない”です。
かめおかさんのブログを読んでいて、印象に残ったので紹介します。

以下、その内容です。


立てつづけに、ひとの
話を聴かせていただく
機会がありました。

どちらのかたも、現状
の苦しみをうったえて
おられました。

もう、どうしていいか
わからない…。そんな
ことばも使われました。


私は、うなずきつつも、
黙って聴いていました。

ひとは、自分のこころ
のなかにたまった想い
を吐き出すまでは、

ほかのひとの話を聴く
よゆうはありません。

だから、よけいなこと
はいわずに、ただ
聴くことにしています。


ときには、過剰とも
思える表現を、使われる
場合もあります。

でも、それも
黙って聴きます。

そのときには、その
ことばでしか表現でき
ない想いがあるのです。

だから、口をはさまず
に、まるごと聴きます。


どんなひとも、どんな
想いをもっていても、

ずーーーーーーーっと、
永遠に話しつづけると
いうことはありません。

どこかで
終わりがきます。


完全にすっきりしたと
は言えないまでも、

そのときどきで、
いったん区切りにしても
いいと思う時間がきます。

ふっと、
沈黙がおとずれます。


そこから、ようやく、
こちらが、ゆっくりと
話しはじめます。

あのね。これ、
正しいか正しくないか
はわからないけど、

私がいま感じていること
を、言ってもいい?

…たいていは、
そんなふうに確認して
から、話します。


それは、私がこれまで
に獲得してきた知識に
もとづいた話のことも
あるし、

私自身の体験談で
あることもあります。

でも、少なくとも、
私が納得できている
ことだけを話します。


話していると、
相手のなかに、また、
いろいろな想いが
湧いてきます。

相手が話したそうに
なってきたら、
あるいは実際に
話しはじめたら、

私は話すのをやめて、
また聴きます。

そんなことを
繰り返します。


そうこうするうちに、
たいていは、
相手のなかで、自然に、
何かが見えてくるのです。

あ、そうだった。
そういうことだったのか。

なるほど。そういう
考えかたもあるのか。

そんなふうに…。


苦しみのなかで
身動きがとれなくなって
いたようなひとが、

突然、あっと
叫んだりします。

あっ、考えてみたら、
自分は、この何年もの
あいだに、少しずつ
変わってきているんだ。

同じ苦しみの繰り返し
だと思っていたけど、
そうではなかったんだ。

…そんなふうに気づく
場合もあります。


あるいは、急に、
スイッチが入ったよう
に、笑いだすことも
あります。

さっきまでの苦しい
表情がうそのように。

さんざん笑ったあとで、
こんなに笑ったのは
久しぶりですと、
言われたりもします。


別に、私が何かしたとか
の、自慢話を書いている
わけではありません。

ひとは、ちゃんと、
自分で立ち直るちからを
もっているのです。

それは、「いまの状態
がすべてではない」と
気づく瞬間です。


自分には、成長してきた
プロセスがあるんだ。

自分はこんなにも笑える
こころをもっていたんだ。

そんなふうに気づいたら、
苦しみに飲みこまれる
ことが、なくなるのです。

ちょっとずつ、未来に
向かって考える気持ちに
なっていくのです。


そして、誰よりも、
私自身が、そのことを
知っているのです。

いまの状況が
自分のすべてではない。

いまの気持ちが、
自分のすべてではない。

そうではない状況も、
そうではない気持ちも、
自分は体験してきた。

これからも、体験して
いくことができる。


そのことを、もう
知っているのです。

知っているから、
いたずらに絶望したり、
投げやりになったり
しないですむのです。

それらはただの
思いこみですからね。


立てつづけに、おふたり
の話を聴かせていただく
機会がありました。

どちらも、
結論は同じでした。

どんな苦境も、
超えていける自分を
信じていくこと。

自分にはそれだけの
可能性があること。


私も、信じています。

信じて、ただ、
応援しつづけます。

幸せになれる法則 

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、「幸せになれる法則」です。





小林正観氏の著書「100%幸せな1%の人々」より、 ”幸せになれる法則” です



小林氏は著書で、 何も起きず、普通に、淡々と過ぎる日常こそが ”幸せの本質である” ことに気づくと幸せになれる!と述べています。

先日の東日本大震災3周年記念番組で、
津波にあって親や兄弟を亡くした子どもが、”出来る事なら、あの頃の平凡な日々に戻りたい”とインタビューに答えていました。

その子のインタビューを聞いて、 
幸せというのは、何か特別なことが起きることではなく、”何も起きないことが幸せの絶対的な本質なのだ” と東日本大震災という過酷な運命に遭遇し、その子が心の底から感じた言葉ではないかと思いました。

 ”何も起きないことが幸せの絶対的な本質なのだ”と感じることができれば、”すべてのことに感謝できる人生”が送れるのではないかと私は考えています。



以下、小林正観氏の著書の内容です。


「あれもほしい、これも足りない」と言って、ずっと何かを求め続けている人がいます。
でも幸せというのは、今、自分が置かれている日常そのものです。

 「何も起きないことがどれほど幸せであるか」ということに、私たちはなかなか気がつきません。毎日が、淡々と平凡に過ぎていくことが、実は幸せの本質である。

 幸せというのは、何か特別なことが起きることではありません。
 それどころか、「何も起きないことが幸せの絶対的な本質」です。

 幸せとは、よいことが起きるとか、楽しいことが起きるのではなくて、
 自分にとって、いわゆる面倒なこと、人変なこと、汗をかかなくてはいけないこと、神経を使わなくてはいけないことが何も起きないこと。
 それこそが最大の奇跡です。

 ところが幸せの本質を知らないまま「どこかに幸せがあるに違いない」と言って、自分を叱咤激励し「もっと私がかたくなに頑張って成長すれば、幸せが手に入るんだ」と思いながら生きている人が多い。


 でも結論を言ってしまうと、幸せというのは、「努力をしたら手に入るもの」ではありません。



人間は、病気や事故、トラブルなどに巻き込まれたときにはじめて、自分が幸せの中で生きていたことを知ります。

 たとえば右手を捻挫して使えなくなった、とします。全治2週間。

 電話ができないとか、お箸が持てないとか、すべて左手だけでやらなければいけないことが不便で、不幸感を味わいます。
 でも、捻挫が治って、右手が自由に使えるようになったら「右手が使えることは、こんなにも幸せなことだったのか」と感謝できます。

 では、この右手が使えなかった2週間は不幸だったのでしょうか?

 いいえ。
不幸だと思っていた2週間があった結果として、それから先ずっと右手に対する感謝の心が湧いてくるようになったわけです。

 右手が自由に動くことで「嬉しい。ありがとう」と思う喜びを1ついただいたわけですから、捻挫をしていた2週間は不幸でもなんでもなかった。

 この2週間は、罰が当たったとか、ペナルティーが課せられたとか、不幸があったということではなくて、
この右手に感謝する心、喜びの心を1つ増やすため、何も起こらなかったことがどれほど幸せかということをわかるために、右手を捻挫したのかもしれない。

 そういうしくみがわかって、自分が幸せの中にいることを認識することによって災害とは無縁になるようです。


 今、目の前に起きている最高の幸せとは、[淡々とした何も特別なことがない日々、普通に家族がいて、仕事があって、歩くことができる]ことなのです。

 「お金も時間も手間ヒマもかけないと幸せになれない」という感性から、世間一般の人から見たら「だから、何?」と思われることに楽しみを感じられる、さらには何もなくても幸せを感じられる」ように自分の感性を磨いていくと、自分がいつも楽しくいられます。

 英語で「現在」を「Present」と言いますが、現在、普通に淡々と過ぎていくこの瞬間は「何も起きていない」のではなく、宇宙や神様からの最高のプレゼント(贈りものが来ているということ。

ですから「何が起きてくれたら幸せなんだけど……いう考え方では、いつまでたっても幸せにはなれないように思います。

「未来」は、何でできているか?

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、かめおか ゆみこ さんの★今日のフォーカスチェンジ♪--------「未来」は、何でできているか?です。


かめおかさんの 「未来」は、「想い」で できているのです! との感性に共感して掲載しました。
以下、その内容です。


私たちは、生まれてこの
かた、たくさんの体験を
重ねてきました。

たくさんの知識を得、
たくさんのことを学び、
気づき、習得しました。

私たちは、何か行動する
ときには、それらの知識
を活用すればいいことを
知っています。

そして、実際に
活用もしてきました。


でも、その知識が、
ときに、足かせに
なることもあります。

それは、しばしば、
あたらしいことに
チャレンジしようとする
ときに起こります。

〇〇してみたい。

でも、過去にこういう
失敗があったから、
自分には無理かなあ。

〇〇を選びたい。

でも、いままで誰も
賛成してくれなかった
から、だめかなあ。

…そんなふうにね。


これは、脳の仕組み
とも関係があって、

脳は知らないことが
こわいのです。

見えないリスクが
ありますからね。

だから、無意識のうち
に、そこにブレーキを
かけようとしてしまう
のです。

そして、そのために、
おおくのひとは、

習得した知識の
範囲のなかでしか、
活動しようとしなく
なってしまうのです。

その範囲を超えること
は、できないと思い
こんでしまうのです。


そんな場面に出会う
たび、私はつくづく、
もったいないなあと
思ってしまうのです。

私たちの「いま」は、
「過去」の蓄積で
できています。

このことはたしかな
ことです。

でも、「未来」は、
ちがうのです。


「未来」は、
何でできているか?

「未来」は、「想い」
で、できているのです。

こうなりたい。
あれに挑戦したい。
これをやっちゃいたい。

その「想い」が
「未来」をつくって
いくのです。


だから、
未来を考えるときに、
過去は関係ないのです。

極論をいえば、
習得した知識は、

前に進むのに役立つこと
と、危険を回避するとき
に有効な方法だけを
採用して、

あとは、放置しちゃって
いいのです。


ひとがかつて、
空を「飛びたい」
と思ったとき、

「飛ぼう」
という意思が生まれ、

「飛ぶ!」
という決意が
生まれたと思うのです。

その決意ができたとき、
もう、過去にしばられる
ことはなくなります。

脳は、あらたな「未来」
を生み出すために、

その能力をフル回転
させはじめます。

脳って、そんなやつ
なんです。(笑)


過去(の知識)から
解放されたとき、

私たちに残されるのは、
無限の可能性だけです。

そこに意識を向ける
とき、宇宙は、

その叡知のすべてを、
私たちに向けて
注いでくれます。

それは、無限の
エネルギーの原泉です。

私たちは、惜しみなく
それを受け取っていい
のです。


もしも、あなたが、
いままでやったことの
ないことに
直面するとしたら、

「できるか
 できないか」では、
考えないでください。

それは、「過去」に
所属する考えです。


「未来」を考える
ときは、

「やりたいか、
 やりたくないか」
で、考えるのです。

「やりたい」という
想いがあって、

そこに意思と決意が
生まれたら、

あなたは、もう、
「未来」に向かって
進みはじめているの
ですから。


どうぞ、そのまま
まっすぐに
進んでください。

未来の扉を開けるのは、
あなた自身です。

長友佑都を育てた母と教師

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。

今回は、国際派日本人養成講座 より、「長友佑都を育てた母と教師」です。





イタリア1部リーグ(セリエA)インテル・ミラノ所属の長友佑都は、実は子供の頃はお世辞にもサッカーが上手いとは言えず、レギュラーにもなれない存在でした。

その長友選手を支えた「お母さん」と「中学校教師の井上博先生」の話です。


「感謝の気持ちがあるから、僕は成長できる」と長友選手はよく言ます。なぜ長友選手が、この言葉を言うようになったのか?中学時代のエピソードから分かると思います。

 長友選手を励まし導いた長友選手の母親や井上先生のような人物が我が国の教育再生に必要なのだと思います。 是非、参考にして下さい。



以下、その内容です。


 
■1.「誰かを思い、大切な人のために闘う」

 イタリア1部リーグ(セリエA)インテル・ミラノ所属の長友佑都の活躍が目立っている。2月10日の試合はミッドフィールダーとしてフル出場し、1-0での勝利に貢献。2月16日の試合では決勝点のアシストをして連勝をもたらした。




 最近は主力選手として出場し、ゲームキャプテンも任されて、チームワークの要となっている。その長友がこんな事を書いている。




「佑都の武器は、スピードでもフィジカルでもなくて、相手の懐に入っていく力だよね」
 インテルでチームメイトと楽しくやっている僕を見て、事務所のスタッフが言った。「どこへ行っても仲間といい関係が生み出せる。それはひとつの才能」というわけだ。


 その「才能」は中学時代の経験から開花した。


 中学時代、ウソ偽りのないまっすぐな思いでぶつかりあう人間関係の熱さや感謝の心を学べたことも大きい。誰かを思い、大切な人のために闘う。そして誰かとつながっている。ひとりじゃないといつも感じられる。だからいい仲間に出会えるのかもしれない。


■2.12歳で自分のサッカー人生が終わったような気がした

 愛媛県西条市の西條北中学校時代、長友は荒れていた。小学6年生の時に、愛媛FC(フットボール・クラブ)傘下の中学生チームに入りたいと、テストを受けたが不合格。

 失意のまま、西條北中学校のサッカー部に入ったが、そこは不良の巣窟だった。たいていの部員は放課後の練習をサボって町の盛り場に出かけていく。警察に補導される先輩もいた。12歳で長友は自分のサッカー人生が終わったような気がしていた。

 また父母が離婚していて、母子家庭と見られることのストレスもあった。放課後、母が働きに出ている家に友達を呼んで、たむろすこともたびたびだった。

 母親は、一日の仕事を終えて、疲れて帰宅し、散らかった部屋を片付ける際も、「また、今日も、ぎょうさん友だち来てたんやねぇ」と言うだけだった。

 長友がゲームセンターで遊んでいることは近所の評判にもなり、「佑都くん、大丈夫なん?」と母親に告げる人もいた。それでも母親は「ゲームセンターにおることがわかっているから、なにかあってもすぐ居場所がわかって便利ですよ」と笑って切り返した。

 母親は「自分自身で気がつかないと意味がない。いろいろな人とつきあうことで、良いことや悪いことを自分で判断できるようになる」と考えていたと、後に長友に語っている。


■3.「お母さんの気持ちを考えたことあるんか?」

 長友の入学と同時に、西條北中に赴任してきたのが井上博先生だった。「中学校の教師になり、サッカー部を指導したい」という夢を持っていたが、なかなか教員試験に合格できなかった。しかし、小学校の教員を経て、29歳の時に西條北中で念願のサッカー部の顧問になった。

 井上先生は、なんとかサッカー部をまともにしようと、奮闘を始めた。1年生を集めて、先生はこう訴えた。「お前ら1年生は俺と一緒に北中に来た。卒業するまでの3年間で、お前らがサッカーやれるよう俺がなんとかするけぇ。先輩のことは気にせんと、一緒にサッカーやろうや。」

「熱いこと言うてるけど、どうせ口だけやろ」 母を捨てた父親との事から、長友は大人の男に不信感を抱いていた。それにゲームセンターで遊んでいるほうが楽しかった。

 ある時、いつものようにゲームセンターで遊んでいると、「お前ら、なにしとるんじゃ」と声が響いた。声の方に振り向いた途端、恐怖に凍りついた。身長はそれほどないが、いかにも筋肉マンの井上先生が、怒りの炎を宿した目で睨んでいる。

「立てや」と言われて、長友と隣にいた友だちが立ち上がった途端、パチンと乾いた音がして、友だちが「痛い~」と頬を押さえて、膝から崩れ落ちた。次の瞬間には長友の頬に痛みが走った。

「お前がこんなことをやってるんを見ているお母さんの気持ちを考えたことあるんか? そのゲームやっているお金は誰のおかげぞ!!」 顔を真っ赤にしながら口にしたその言葉が長友の胸に響いた。


■4.「俺はな、ホンマに申し訳ないと思っとる」

 ゲームセンターでの出来事があってから、井上先生はことあるごとに「佑都、ちょっと話せへんか」とやってきた。先生の車の中で話すこともあった。

「お前なぁ、ついこのあいだまでサッカー大好きで、毎日毎日サッカーやってたんやろ。どうよ、今、物足りひんちゃうん? もっとサッカーやりたいやろ」

「小さいころ、プロになりたい言うとったやろ。お前はプロになれると思うで。愛媛FC落ちて、ショックなんはわかるけど、ここで諦めたら、終わりやで」

「佑都らの代は、神拝小時代から強かったし、うまかった。ええ選手がそろっとる。そやけど、中学のサッカー部がこんな状態やけぇ、サッカーへの情熱が薄れてしもうた。俺はな、ホンマに申し訳ないと思っとる。お前等、サッカーやりたいのに、、、、サッカー部がこんな状態で、、、、」

 先生が泣いていた。大人の男が泣くなんて、初めて見た。心が震えた。

「母さんのこと考えてみぇや。朝から晩まで働いているんは、子どもの幸せのためや。お前のスパイク買うたん、誰か、よう考えてみぃ。母さん喜ばせたないんか」


■5.「俺はお前とサッカーがやりたいんや」


 先生の言葉が耳に届いたとき、僕は母さんの顔を思い浮かべた。毎日一生懸命働いて、しんどいのにいつも笑っている母さん。泣き言も愚痴も言わず3人の子どもたちのためにすごい頑張っている母さん。

西條に来てから、母さんがのんびり座っていたり、ゆっくり寝ている姿を見たことがない。僕が遊びへ逃げても小言ひとつ言わずに見守ってくれている母さん。それだけ僕を信用し、期待しているということだ。というのに、僕は嫌なことから逃げて、楽なことしかやってない。

「なにやってんねん」

 情けなくて、腹立たしくて、申し訳なくて、カッと身体が熱くなった。涙が頬を伝ってきた。一筋涙が流れると、もう止まらない。声をあげて泣いた。


 そんな風に井上先生とふたり、泣きながら語る夜が何度もあった。長友は思った。

「サッカー部の生徒全員に裸の心でぶつかってくれる先生。僕らを真面目にさせるため、サッカーへ戻すため、必死になってくれる。ひとりの選手、ひとりの人間に対して、こんな風に本気になれるなんて、こんな先生ほかにはおらへん」

「俺はお前とサッカーがやりたいんや」という先生の言葉に長友は黙ってうなづいた。サッカーに打ち込む日々が始まった。


■6.「自分の信念がぶれないのは、ノートがあるからだ」

「これはな、心のノートやけん。なにを書いてもいいけん。とにかく毎日書いてこい」

 2年生になると、井上先生がそう言って、ノートを配った。しかし、授業中ですらノートをつけない長友にとっては、家で机に向かってノートを広げることだけでも億劫(おっくう)だった。

「今日も元気に練習できた」
「ゴールを決められなくて、残念だ」

 毎日毎日、そんな1行を書くだけでも精一杯だった。それでも、先生は「ノート見せてみぃ」と毎日、皆のノートを確認し、なにかしらメッセージを書き込んで返す。そのメッセージからもまた、先生の熱意を感じることができた。

 真っ白なノートを前に、今日一日にあったことを考える。なにが起き、どんな行動をし、そしてどういう風に感じたのか、あれこれ考えると、その瞬間には自覚していなかったさまざまな自分の感情に気づくことができる。そして文字に書かれた自分の思いを読み直すと、客観的に自分を見つめることが出来た。

 まるで自分自身と会話を重ねているような時間だったので、その作業がどんどん面白くなっていった。家に戻り、夕食をすませると、さっそくノートを開く。先生のメッセージを読み、そして自分の気持ちを記す。一日に何ページも書くことがあった。

「チームがひとつになることは、ボールを蹴るよりも大切なこと」

 中学時代に長友が「心のノート」に記した言葉だ。長友は今でも実家に帰ると、心のノートを開くことがある。過去のノートを読み返すことで、大切なことが思い出される。「自分の信念がぶれないのは、ノートがあるからだ」と長友は思う。


■7.「目標があったら、僕はとことんやるタイプなんや」

 秋には、3年生が引退し、長友ら2年生がサッカー部の中心となった。その頃の長友は小学生時代と変わらないプレースタイルだった。ボールを持ったら離さず、どこまでもドリブルで勝負する。しかもボールを奪われても守備に戻らない。

「佑都。お前の持ったボールは、ゴールキーパーから始まって、ディフェンダーが頑張り、チームメイトがつないでくれたボールや。お前だけのもんやない。そこを感じてプレーせなアカン。心でボールを蹴ってくれ。仲間のために走れ。」

 先生の言葉は理解したが、守備に戻るスタミナがなかった。走って自陣に戻って守備をしたくても出来なかった。サッカー部のトレーニングで校外を3キロくらい走る練習メニューでも、校門を出たら、さっと横道に隠れる。チームメートが戻って来ると、こっそり中に戻る。顔や頭を水で濡らして、さも走ってきたかのように見せる。

「佑都、お前な、上を目指したいと考えてるんやろ? だったら、走れるようにならなアカン。スタミナをつけなければ、上には行かれへんぞ!!」

 プロになるためには強豪の高校に行くしかないと考えていた長友は、先生の言葉にカッと熱くなった。「やるしかないやろ」。そう腹をくくった。次の日から、400メートル10本、3キロ2本、など、チーム練習で1日15キロ以上は走った。

 先生の指導スタイルは、自分の弱点を自分で気づかせ、それを克服するためにどうするかは、自分で考えさせる事だった。それは母親の「自分自身で気がつかないと意味がない」という言葉と共通していた。

「佑都。どないしたんや。メッチャ速なっとうやん」 いつのまにか、チームでもいつも一番を争うようになっていた。

 努力をしたら、結果が得られる。だから努力がどんどん楽しくなってくる。「目標があったら、僕はとことんやるタイプなんや」 目標を置いて、それに向かって努力していく面白さ、そしてそれをとことんやる自分自身の力に気がついた。


■8.「感謝の気持ちがあるから、僕は成長できる」

 西條北中サッカー部はぐんぐんと強くなっていった。しかし、3年生の夏、高円宮杯全日本ユースサッカー選手権大会出場を目指したが、県予選3位で敗退。

 高校は、強豪・東福岡高校に行きたいと思った。しかし、私立だし、寮費もかかる。これ以上、母親に大変な思いをさせてもいいのか、と悩んだ。井上先生は「推薦入学でお願いできる可能性もあるよ」と後押ししてくれた。

 長友が思いきって、母親に相談すると、ホッとしたような顔でこう答えた。

「母さんはね、佑都に東福岡に行ってほしいと思ってんのよ。あんたから「行きたい」と言うてくれんのをずっと待っとったんや。お金のことなんか、どうにでもなるんやし、子どもが心配する必要はないから。」

 東福岡高校のサッカー部には九州、中国、関西からも選手が集まってくる。県や地域の選抜チームに選ばれた選手も少なくない。そんな部員が150名もいる。その中では長友は背も低く、身体も細い。レギュラーになるための道はとても遠く見えた。

 しかし長友は自分の弱点を自分で掴み、自分なりの練習でそれを一歩一歩、克服していく。サッカー部での練習の他に、早朝と夜間は自主トレだ。睡魔との戦いだったが、授業中には絶対に寝ないで頑張った。母親が必死で働いて、授業料を払ってくれているからだ。

「感謝の気持ちがあるから、僕は成長できる」と長友は言う。その言葉通り、高校から大学、プロ、そして欧州へと、その都度、下から入って、そこで成長して這い上がっていく繰り返しだった。

 長友の成長の原動力は「感謝の心」だ。そして、その「感謝の心」があるからこそ、イタリアのインテル・ミラノでもチームメートの「懐に入って」、チームの要としてやっていけているのだろう。

 その「感謝の心」を教えてくれたのが母親と井上博先生だった。

(文責:伊勢雅臣)

蒸し生姜パワーで健康になろう!

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、「蒸し生姜パワーで健康になろう!」です。





『致知』2014年3月号連載「大自然と体心」より 、石原新菜(イシハラクリニック副院長)の蒸し生姜パワーで健康になろう!」です。

私も3月より蒸し生姜を作り料理やお茶に入れていますが、「低コスト」&「作りかたも簡単」&「添加物なし」で手軽に出来る健康法です。



では、その万病のもとを撃退する「蒸しショウガ」とはいかなるものか――。


ショウガ健康法の第一人者である石原クリニック副院長・石原新菜さんに その効用と利用法を伺います。

 
 




現代人の体が冷えています。


かつての標準体温は概ね36・5℃~37・2℃でした。


しかしいまはそこに達する人が殆どなく、 35℃台は当たり前。
中には34℃台の人までいます。


体温が低いと血液はドロドロになり太りやすくなります。


そればかりか、頭痛、便秘、下痢、生理痛、アレルギー性疾患、自己免疫性疾患などの病気に罹りやすくなります。


また、がん細胞は体温が35℃くらいの時に最も活発に活動し、増殖することも分かっています。


これだけ医学が発達しているのに、がんで亡くなる人が後を絶たないのには理由があったのです。


このように、現代人の罹る病気の殆どが、 低体温が原因といってもいいほどです。


現代人の体が冷えているのには多くの理由があります。


冷暖房の効かせ過ぎ、夜更かし、ストレスの多い環境、 食べ過ぎ、飲み過ぎ、化学物質の摂取など、 便利で快適な環境や、いまの生活スタイルが、 体に冷えをもたらしているのです。


残念ながら、万能と思われている西洋医学には、 体温を上げる薬が殆どありません。


なぜなら、西洋医学では体温が低いことは問題視されていないからです。


そこで本稿では、冷えた体を温め、 健康を取り戻す上で効果絶大な「蒸しショウガ」をご紹介したいと思います。


ショウガは古来、「食べる薬」として重用されてきた健康食品です。


その効能は近年、多くの人に知られるようになり、 日々の食生活に取り入れておられる方も
多いのではないでしょうか。


私の一日もショウガ入りのニンジンジュースに始まり、みそ汁や納豆、漬け物、さらには晩酌の焼酎お湯割りまで、
いろんなものにショウガを加えて食しています。


そのおかげで忙しい毎日にも体調を崩すことなく、 元気に活動することができるのです。


今回ご紹介する「蒸しショウガ」は、こうしたショウガの健康効果を さらに強力にしたものです。


蒸しショウガとは、2千年前から伝わる漢方の「乾姜」と呼ばれる素材のことで、 生のショウガを蒸してから乾燥させたものです。


漢方では、生のショウガでは十分効かない時に使う、いわば切り札のような存在です。


体力のない、体の弱った人向きのパワー食品として遙か昔から利用されてきたのです。


生のままでも薬効を示すショウガを、わざわざ蒸したり乾燥させたりするのはなぜでしょうか。


それは、ショウガの持つ体を温める効果が、 加熱することでさらに増加するからです。

ショウガにはジンゲロールとショウガオールという成分が含まれており、これらがショウガの効能を示すといわれています。


ジンゲロールの効能は、頭痛や吐き気を抑え、 血流を促進して体を温めることです。


殺菌作用や胆汁の分泌を促進する作用があり、 免疫力を高める効果や、抗がん効果も確かめられています。
血管を拡張させ、血流を促進する効果もあります。


もう一方のショウガオールは、 体を発熱させて体温を上昇させます。


ジンゲロールの体を温める効果は血行促進によるものですが、ショウガオールは体内の脂肪や糖質の燃焼を促進させて体温を上げます。
このためダイエット効果もこちらのほうが期待できます。


また、血液をサラサラにし、 血管を拡張して血行をよくします。


免疫力を高め、コレステロールを下げ、 消化吸収能力を高めます。
抗酸化作用や抗菌、解毒作用もあります。


ショウガを加熱したり乾燥させたりすると、ジンゲロールがショウガオールに変わります。


生のショウガは大半がジンゲロールで ショウガオールは少ししか入っていませんが、 蒸しショウガにするとショウガオールの割合が10倍以上増えるといいます。


これが蒸しショウガのパワーの秘密なのです。


ショウガを加熱する際、あまりに高温で処理してしまうと、 有効成分が壊れてしまい、薬効を高めることができません。


そこで「蒸す」という穏やかな加熱方法が取り入れられたのです。


体内の燃料である脂肪や糖質を効率よく燃やして熱に変えてくれるショウガオールの効能は、 蒸しショウガが最もたくさん持っているといえます。





<蒸しショウガの作り方>

・ショウガをよく洗って、皮つきのまま、縞模様に沿って1mm~2mm程度の
 薄切りにする(繊維が毛羽立たない方で切る)

・蒸し器にクッキングシートを敷き、ショウガを重ならないよう並べて
 30分程度蒸す(甘い匂いがしてくる)

・蒸し終わったら、天日干しなら一日、室内干しなら一週間程度乾燥させる

これで出来上がりです。
蒸し器の火を消すタイミングは匂いで判断します。
甘い匂いに変わればよいです。
見た目は、黒味を帯びてお芋みたいになっています。

もし蒸し器がない場合は、オーブンを使用してください。
オーブンを80℃~100℃前後に設定して1時間加熱します。
ショウガが十分に乾燥したら完成です。
なかなか乾燥しない場合は、天日干し、室内干しをしてください。


蒸しショウガの摂取量は一日2g~3g程度までです。
これ以上摂り過ぎると、胸焼けなどの症状が出る方もいるようです。
ショウガは刺激が強いので、摂り過ぎには気をつけましょう。

保存する場合は、ビンやビニール袋などに入れて密閉してください。
冷蔵庫に入れると味が落ちるそうなのでお勧めしません。

そのままは勿論、細かく刻んだり粉末にしてもよいですね。
お鍋やお味噌汁など、色々な料理に役立ちます。
密閉保存で3ヶ月ほど持つそうですよ。


蒸しショウガと相性が良いのが紅茶だそうです。
作り方もとても簡単なので是非試してみてください。

<蒸しショウガ紅茶>

・紅茶1杯につき、小さじ1杯程度の蒸しショウガを(粉末)入れるだけです。

ただし、注意点が1つだけあります。
蒸しショウガ紅茶を冷やさないことです。

蒸すことにより増えたショウガオールの効果が、
冷やすことにより失われてしまいます。

必ず、蒸しショウガは温かい飲み物などに入れて飲みましょう。

紅茶にもカラダを温める作用があるので相性が良いのですね。
これなら無理なく続けていけるのではないでしょうか。


ショウガの効果については、東洋医学はもとより西洋医学でも、
血流を良くし、エネルギー消費を増やして代謝を上げることが
確かめられています。

個人的なお勧めは蒸しショウガ白湯です。
体質改善にもってこいのシンプルな飲み物です。

・ティーポットに蒸しショウガを3~5枚入れます。
 そこに沸騰したお湯150~200mlを注ぎます。(1人分の場合)

・そのまま5~10分蒸らします。
 (味を濃くしたい方は、ショウガをフォークで軽く突いてください)

・カップに注ぎ、体温より冷めないうちに飲みます。
 

白湯の飲み方は、朝起きて空腹時にまず一杯飲んでください。
朝の体は1日で最も乾いています。
吸収されやすく効果が出やすいんですね。
目覚めの一杯にする習慣をつけましょう。

保温機能つきのポットに入れておけば携帯して持ち歩けますので、
昼か夜、お茶代わりにもう一杯飲みましょう。

不調を一掃して、体質を根本的に改善したいなら、1日2杯以上飲むことを
お勧めします。
空腹時や入浴後が効果的です。

飲みにくい場合はちみつや黒砂糖など、なるべく自然の甘味料で
少し甘みを加えても美味しく飲めますよ。


月経など婦人科系のトラブルやダイエット、体質改善、冷え性克服などの
効果が期待できるショウガ。

そのショウガを蒸して最強にし、病気になりにくい体を作りましょう。



ちなみに、私の蒸し生姜の作り方は、一番簡単で、

①ショウガをよく洗って、皮つきのまま、縞模様に沿って1mm~2mm程度の薄切りにする
②シリコンスチーマーに入れ、電子レンジで5~6分温める(甘い臭いがしてきたらOK)
③天日干しなら一日、室内干しなら一週間程度乾燥させる
④ミキサーで粉末にする
⑤タッパーに乾燥材と一緒に入れて使っています






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