顔をあげてください!

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、かめおか ゆみこさんの★今日のフォーカスチェンジ♪ ---- ”顔をあげてください”です。

かめおかさんは自分自身の体験から、
自分の苦しみにフォー カスするのではなく、 自分にできること、 自分の価値、 自分の可能性に、目を向けることで苦しみから解放される。

そして、いま、こころの苦しみを かかえつづけてしまって いるひとは、どうぞ、勇気を出して、 顔をあげてみてください。あなたのまわりにある、 広い世界を見てくださいと訴えています。

以下、その内容です。


こころに、苦しみを
かかえつづけてしまう
ひとの、その
苦しみの原因の多くは、

「自分のことしか
 見ていない」ことに
あります。


苦しんでいるひとに
たいして、
そんな言いかたはひどい
と思われるかたもいると
思いますが、

けっして、苦しんでいる
ひとを、批判して
言っているのではなく、

客観的な事実として
お伝えしているのです。


なぜなら、そのことに
気づくことこそが、

実は、苦しみを抜ける
ための道となりうる
可能性が高いからです。

そして、それは私自身が
とおってきた道を
振り返ってみても、実感
できることだからです。


苦しいとき、ひとは、
何を見ているか。

当然ですが、自分の
苦しみを見ています。


私もそうでした。

なぜ、私はこんな
苦しい想いを
するのだろうか。

なぜ、自分だけが、
いつまでも苦しみ
つづけなければ
ならないのだろうか。

そんなことばかり、
考えていました。


でも、そうなってしまう
のは、ある意味、当然で、

脳は、つねに、ひとつの
ことしか認識できません。

苦しみにフォーカス
しているあいだは、
苦しみしか感じること
ができないのです。

それが脳の
仕組みだからです。

私が「客観的な事実」
というのは、そういう
意味なのです。


苦しんでいるかたと
お話しをしていると、
しばしば言われる
ことばがあります。

「かめおかさんに
 私の気持ちが
 わかりますか?」

私も、かつて同じこと
を言っていました。

だからわかるのですが、
このことばは、本当は、

「あなたには、私の
 気持ちはわからない
 でしょう」

と言っているのです。


自分自身もやっていた
ことなので、自戒をこめ
て、あえて言いますが、

少なくとも、その瞬間、
自分と向き合おうとして
いるひとにたいして、

それを、否定するかの
ような発言になって
しまっているのです。

そして、そうであること
に、たいていのひとが
気づいていないのです。


なぜなら、自分のほうに
意識が向いているから。

相手の気持ちなど考えよ
うともしていないから。


こう書くと、こんなこと
ばが聴こえてきそうです。

「苦しんでいるときに、
 ひとのことなど考え
 られない!」って。

その気持ちもわかります。

わかるからこそ、
あえて、書きます。


本当に、本当に、
そうなのでしょうか?

苦しんでいるとき、
あなたには、何も
できないのでしょうか?


たとえあなたが苦しみの
なかにあったとしても、

あなたの手は、誰かの
背中をさすってあげる
ことができます。

道ばたのごみをひろう
こともできます。

家族やまわりのひとの、
ために、ちょっとした
お手伝いをしてあげる
こともできます。


あなたの助けをもらった
ひとは、きっと、あなた
に感謝するでしょう。

「ありがとう」と、ほほ
えみをかえすでしょう。

いえ、たとえそんな見返
りがなかったとしても、

あなたのこころは、
「苦しんでいる自分にも
 できることがあった」
ということで、
満たされるでしょう。

あなたのこころのなかに
は、ちいさなあかりが
ともるでしょう。


そんなふうに、
あなたは、誰かの助けに
なれるだけでなく、

あなた自身をケアする
ちからだってもてるのです。


そのとき、あなたの
こころの目は
ひらかれるでしょう。

自分の苦しみにフォー
カスするのではなく、

自分にできること、
自分の価値、
自分の可能性に、

目を向けることが
できるでしょう。


そうしたら、
「自分ばかり苦しい」
と思っていたのは、

ただの思いこみに
すぎなかったことに
気づくでしょう。

「もう限界だ」なんて
思っていたことも、

ただの錯覚だったこと
に、気づくでしょう。


すべて、私自身が
とおってきた道です。

とおってきた道だから
こそ、わかります。

自分ばかりを見ていた
ために、私は、全体を
見わたすことができなく
なっていました。

苦しいのは当たり前
だったのです。

自分で自分の限界を、
つくりだしていたの
ですから。


いま、こころの苦しみを
かかえつづけてしまって
いるひとは、

どうぞ、勇気を出して、
顔をあげてみてください。

あなたのまわりにある、
広い世界を見てください。

そして、
あなたに「できる」こと
をさがしてください。

あなたの可能性を、
見つめてみてください。


何度くじけても
かまいませんから、

くじけるたびに、
もう一度、思い出して
みてください。

思い出して、また、
顔をあげてください。

「同志」として、
あなたを応援します!

21世紀は日本人が世界をリードする使命がある

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、「21世紀は日本人が世界をリードする使命がある」です。


ネット上に「平和民族日本」 日本歴史の見直し(日本歴史における戦争のはじまり、その他 )というサイトが有りましたので、掲載してみました。

下記の説明を読むといかに日本民族がいかに平和主義なのかがわかると思いますし、平和の歴史が日本民族の温厚な性格の原型を作ったと考えられます。

その平和なDNAを受け継ぐ日本人が、21世紀は世界をリードする使命があると考えています。
その根拠となる「平和民族日本」論を展開しました。



① 人類にとっての戦争

現生人類は十数万年前にアフリカで発生し、数万年かけて世界に散らばったというのが、現在の通説になっています。(アフリカ単一起源説)

日本列島では、三万年前の石器の遺跡が五千箇所以上で見つかっています。(岩宿時代)

その後日本では1万6千年前ごろから縄文土器時代が始まりますが、この頃の遺跡からは戦争の形跡が見つからないので、縄文時代には戦争は無かったとされています。


一方ユーラシア大陸では一万年前頃に穀物栽培が始まりました。(牧畜も・・・)
穀物栽培の開始が、余剰生産物の貯蔵、その貯蔵物を巡っての「戦争」をもたらしたとされています。
戦争に勝つために武器が発達し、青銅、鉄器が使われます。

何時襲われるか解からないという恐怖に対処して、人々は都市に集まって生活するようになります。

その都市は外敵に備えて、防壁をめぐらした、防壁都市として発達します。(イエリコ)

つまり人類は約1万年前に穀物生産をはじめ、戦争が始まり、金属器が使われ、都市に住むようになって、これら全体が文明の発祥と考えられています。


<戦争という現象の伝播>

しかし穀物生産が始まったところでは必ず戦争が起こったとは考えられません。
つまり穀物生産は戦争の必要条件ではありますが、十分条件ではない、と考えられます。


これを次のような例で考えてみます。

ある地方が飢饉に襲われた時に、近隣の貯蔵食料略奪を考え付く「暴力集団」が発生することが考えられます。

そういう「暴力集団」の周囲の集団は、この一つの悪者集団からの略奪を防ぐために、自衛策をとらざるを得なくなります。
しかし「防衛」ということは、いつも攻撃と紙一重の関係にあります。(攻撃は最大の防御)
防衛のために始めた武装が、その集団を逆に攻撃的にしてしまうということが考えられます。

このようにして、陸続きの地域は順々に、そしてついには全ての集団が連鎖反応によって戦争社会になります。
自衛の方策を講じなかった集団は恐らく滅亡したと考えられ、生存競争に生き残った集団は全て戦争社会となります。


しかし例外的には、周囲から孤立した集団(島国や陸の孤島)は、取り残されて、戦争を知らないで過ごす事はあり得ました。

穀物生産を始めた集団は必ず戦争を始めるというようなことではなくて、むしろ戦争という観念の伝播によって戦争社会になるというのが上の説明です。

日本海で隔てられた日本列島の縄文時代の人々は、戦争という観念を知らなかったので戦争がありませんでした。
この時代に穀物生産ということが「あったか、なかったか」に関係なく、戦争という観念を知らなかったから戦争が無かった、と考えられます。

弥生時代になって渡来人が「戦争という考え」を持ってくるまで、日本では戦争はありませんでした。



② 日本列島における戦争

< 戦争を知らなかった縄文時代 >

日本人が戦争ということを知ったのは、約2千年前の弥生時代のことです。
(弥生時代の始まりの時期はどんどん更新されていますので、ここでは仮に、切りの良い2千年前とします。)

穀物生産、戦争、都市、鉄器、騎馬などの全てを弥生時代まで知りませんでした。
(栗の木などの植物栽培と穀物栽培を、ここでは一応区別して考えています。)

それでは日本はなぜ縄文時代に穀物生産に入らなかったのでしょうか?
世界からの遅れ8千年間(1万年前マイナス2千年前)の理由は何だったのでしょうか?
それは穀物栽培を始める必要が無かったからだ、といえるでしょう。

つまり木の実、鮭などの漁労収穫物が豊富で、穀物栽培の必要が無かったのです。

段々解かってきていますが、「栽培」ということを知らなかったわけではありません。
栗の木を人工的に栽培したようだとか、植物の栽培の跡も見つかっています。
しかしこれを農業というようなレベルまで、発達させなかっただけです。

また戦争ということが無かったので、武器も発達せず、都市も必要なく、国家も出来ず、税金も無く、収税業務も無いので、文字も必要なかった、という具合です。

必要が無かったものが発達しなかったからと言って、文明が無かったといえるでしょうか?
こういう事情で日本列島では、渡来人が戦争という観念を持ってくるまで、戦争はありませんでした。

戦争という観念を知らなければ、貯蔵物があったというだけでは戦争は起こらない、ということです。
(余談;これは唯物史観に対する決定的な反証だと考えますが、詳論は別途とします。)

結局岩宿時代から今まで3万年の日本の歴史の中で、弥生以後の2千年間だけが、戦争を知った期間だといえます。
ユーラシア大陸から遅れること8千年の後に戦争を知った、という平和の歴史が、日本民族の平和な性格の原型を作ったと考えます。


< 渡来人がもたらした戦争=弥生時代 >

戦争という現象は、穀物生産という生産構造が必然的にもたらすものではなくて、観念の伝播によって起こる、ということが日本歴史を見ると解かります。

渡来人が約3千年前に列島に戦争の観念をもってやってきて、同時に稲作、金属器、武器、などを伝えました。
このときから日本に戦争が始まったことが、考古学ではっきりと見えてきます。

環濠集落、武器、墳墓の様子、などなどから戦争があったことがわかっています。
この時代が日本の歴史では、戦国時代に次いで戦争の多かった時だ、とわかっています。

しかしながら弥生時代に戦争を知ったからといっても、それが世界標準のレベルに追いついたとはいえません。
弥生以前の長い平和な歴史を反映して、それ以後の日本歴史はすべてユーラシア大陸と比べると戦争の熾烈さに違いがあることがわかります。




日本は歴史全体を通じて、比較的平和であったことを補足で説明します。


私見ですが、日本国はアジアの端に位置し日本海により隔たたされていたという地理的要因と人口が少なく温暖で四季があるおかげで食糧にたいして困らなかった要因等により、平和な時期が長く続き、その平和な状態のDNAが日本人の性格を形作っていると思われます。

つまり、日本国は ”平和が日常” 、日本国以外の世界の国は ”戦争状態が日常” であったことが、その民族の特性を形作っているのではないでしょうか。

世界で唯一、平和なDNAを持つ民族が日本民族なのです。

だから、日本人の若者がもっともっと世界に出て行き、いかに日本という国は「こんなに平和で安全な国で有り難い!」と感じたり、
はたまた、「世界で一番お人よしな国民」でぼやぼやしていたら他民族に支配されるのではないかと肌で感じる事が日本のためにも世界のためにも重要になってくるのではないかと思います。

なぜなら、21世紀は日本が世界をリードしなければ、世界は滅亡するのではないかと危惧しているからです。

その役割を果たせるのは世界中で唯一日本人、それが日本人の運命ではないかと考えています。
なので是非、若い方にチャンスがあれば留学をお勧め下さい!

我々世代が中心となり、日本の歴史及び世界の歴史を鑑み、21世紀は日本人が世界をリードする使命があることを認識し、若い人たちをバックアップなければならいと思っています。

















日本の道徳教育 その②

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、”日本の道徳教育 その②”です。



前回のブログで、江戸時代の武士と庶民の道徳教育について説明しましたが、今回は明治以降の道徳教育です。

幕末、心ある人は、日本がこのままでいたら外国の植民地になってしまうという強い危機感をもって、明治維新が断行されました。その原動力となった考え方が尊王思想です。
それは、天皇を中心とする政治です。

つまり、天皇を担ぎだした薩長は、徳川幕府を抑えるために天皇というものを神とし、自分たちの権力も絶対化しようとしたのです。また、西欧諸国の圧力を跳ね返すためにも、日本国の中心が必要でした。

そのような対内内外の理由によって、天皇は神にならされたのです。
つまり、神様は天皇だけでいいじゃないか。すべての神様は天皇様に従えばいいじゃないか。そういう天皇を神とする新しい宗教が明治時代に形成されたのです。

その政策によって、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)と神仏分離が行われたのです。








廃仏毀釈によって、古い神様や仏様を否定され、お寺や仏像がたくさん壊されました。
また、日本では神様と仏様は千年以上仲良くやってきたのですが、それを明治のはじめに、神様と仏様は無理やり引き裂かれました。
そして、明治以降、天皇は仏教徒であることをやめさせられました。

明治のこの廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)と神仏分離により、大多数の庶民の宗教である仏教が公の教育機関から排除されてしまったのです。
仏教の話は、わずかに歴史の教科書に出てくるだけになってしまいました。
神道や儒教にしても同様です。

道徳は、明治10年~戦前まで修身教育(自分の行いを正し、身を修めととのえる教育)という形でなされましたが、昭和20年の敗戦と同時に廃止されました。

戦後すぐ、新憲法ができて新しい教育基本法ができました。
その基本法の理念は、人間の自由と人権が保障され、立派な人格をみがくということですが、それを裏付ける道徳教育はありませんでした。

明治時代にできた大日本国憲法には、それを裏付ける教育勅語がセットになっていましたが、残念ながら、日本国憲法を裏付ける道徳教育は、いまだにできていません。

また、文部省はなんとか道徳を教えようとし主張しましたが、日教組は反対して、なんとか道徳教育の時間はもうけられているけれど、実際にはなんの道徳教育もなされていないというのが現状のようです。


このような道徳教育の不幸は、一日や二日では災いを招きません。
なぜなら、戦前の教育を受けた我々の父や母の心の中には、まだ儒教や仏教の道徳がどこかに残っていて、それらを我々世代になんらかの形で伝えてくれているからです。

「勉強をしろ」とガミガミ言うだけではなくて、『人間はどういうふうに生きたらいいか、人に迷惑をかけてはならない、何をしてはならないのか』等をおぼろげにではありますが、教えれくれました。

しかし、やがて道徳教育の欠如はボディーブローのようにきいてきます。

これは、少年の非行という形で現れるばかりでなく、政治家や実業家やお役人といったエリートが考えられないような恥ずかしい事をやるような、道徳心が欠如した人たち確実に増えています。

日本国民は一概に善良で、決して道徳心が欠けているとは思いませんが、道徳教育がなされなかったら、そういうこころはだんだん無くなっていくのではないかと思います。


安倍政権下で下村文部大臣に教育改革が任されました。
下村大臣は、教育改革(道徳教育を取り入れる)ために政治家を志した人物です。





 ”教育改革をどうするのか?” に興味をもってもらっい下村大臣を応援してください。
宜しくお願いいたします。

















日本の道徳教育 その①

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、”日本の道徳教育 その①”です。



今般、明治以降の日本の道徳教育の流れを整理してみました。





江戸時代には、塾や寺小屋で、儒教あるいは仏教に基づいた道徳が教えられ、それに加えて、実用的な「読み書き算盤」の知識が教えられていました。

武士の教育の基になった宗教は「儒教」で、儒教の教えが武士の教養となり道徳となりました。


儒教という宗教をひとことで言えば、「仁」、つまり人間には「おもいやり」がいちばん大事なんだという考え方です。
思いやりの心があれば、親に対して孝行で、主君に対して忠義な人間になれる。忠孝というのは、そういう「おもやり」から生まれるというのが儒教の根本の教えです。

武士に対して、庶民は寺小屋に行き仏教の教育を受けました。それぞれの宗派の和尚さんが寺小屋を開いて子供たちに仏教を教えたんです。



仏教の教えの基本は、「自利自他(じりじた)」です。自分を利益し、他人も利する。
例えば、一生懸命勉強をする。そうしたら、いい学校に入れるし、社会的にも活躍できます。そうすれば、お母さんも喜ぶし、社会にも貢献できます。怠ければ、自分も活躍の道も狭くなるし、お母さんも嘆きます。

仏教的には、一生懸命に勉強することは、自利自他となるんです。

このように教育していた江戸時代の教育水準も高く、18世紀半ばの識字率(文字を読むことができる)は、イギリスやフランスより日本が高かったです。
しかも教育水準が高かっただけではなく、武士は儒教の道徳、庶民は仏教の道徳を教えられましたから、道徳水準も高かったのです。

この教育水準の高さと道徳水準の高さによって、日本が近代化に成功したといっても過言はないのです。

明治以降も、江戸時代の道徳が遺産として残っていて、エリートはどこかで儒教の道徳を持ち、庶民派どこかで仏教の道徳を持ち続けてきたのです。

しかしながら、道徳教育を受けなければ、そのような道徳心は芽生えず、当然に薄れてきます。
それが現在の日本国の根本の問題ではないかと思います。





一見、日本人のような人が増えていて ”日本人が日本人でなくなった” ”本物の日本人が少なくなった” ことが現代の日本の問題の根本ではないかと考えています。

自分では日本人と思っていても、ご先祖様から ”なんか違うんだよな”と言われているよなきがしてなりません。


私の究極の目標は、”日本人らしく生きる” です。

ですが、日本人らしく生きるとは?、どういう生き方となのかの問題がクリアーにされておらず、目標に向かって邁進している自信がないと言うのが現状です。


もっと精進せねばと思う今日この頃です。









盗むということ

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
今回は、「盗むということ」です。

重松昭春氏が、万引きをしてしまった高校生のN君に ”盗むというこうとは何なのか?”を諭している話ですが、
非常に深い内容なので一部を抜粋して掲載しました。

以下、 重松氏の著書「お母さん!プラス思考で子育てしましょう」からの内容です。





ところで、反省文を書くに当たって、これから私たちの話を全部テープに録音しておくことにしよう。そのあとで、このテープを下敷きにして、君の判断で、君自身が反省文をまとめてみるという方法をとってみようじやないか。
N君は、私の提案に素直にうなずきました。

早速、私たちの対話が始まりました。

 「法律を犯したとかそういう理由ではなくて、N君、私たちの生き方の間題として、盗みは悪いと思うかい?」
 「ほい、悪いと思います」
「それではなぜ盗みは悪いのだろう」
 「人に迷感をかけるからです」
 「ほう、人に迷感をかけるからいけないのか。では、もし、盗んでも人に迷感をかけなければ、盗みはいいことだといってもかまわないのかな」

 N君はけげんな顔で私の目を見ました。

 「わかりやすい例を一つ出そう。今、ここにーねずみ小僧次郎吉のような盗賊がいるとする。

次郎吉は、ただの泥禅ではなく、義賊として描かれている。つまり、あこぎなことをしてお金を儲けた大金持ちから盗んだお金を困っている貧しい人たちに恵んでやって溜飲を下げる、そんな泥棒だ。

 彼にとって盗みは、社会的正義に根ざしている。
たとえば、今の時代で百億円もっている人から百万円くすねたとしてもそれほど大きな披害じやない。それよりも一家五人明日にも心中しようかという人がいれば、そんな人にその百万円を恵んでやる。

この一家が立ち直って希望をもって生きていくことができたとすれば、あこぎな大金持ちのお金は、結果として福祉に貢献したということになる。
しかも、お金は一方の人のふところからもう一方のふところへ移動しただけだから、社会全体としてみれば何の損失もない。 さて、こんな盗みは悪いといえるのだろうか」


 N君は複雑な表情で。私の質問に笞えることができません。


 たいていの人が、盗んではいけないと言っているし、宗教の戒律でも「盗むなかれ」といわれているのです。
しかし、よく考えてみると、なぜ盗みはいけないのかということを、私たちは案外教えられたことがないように思います。

 そもそも、盗みというものはどういうことなのか。本当にわかっているでしょうか。
  そういうことを知らない限り、もしかしたら誰もが知らないうちに盗みを犯しているかもしれません。自分も盗んでいるのに他人の盗みを非難攻撃することはおかしいのではないでしょうか。


同じような話をもう一つして、私はまたN君に尋ねてみました。

 「盗みというのはどういうことなの?」
  こんなふうにあらたまって尋ねられると、彼はまた答えにつまってしまいました。

  「私の答えを参考にして、君も白分で考えてぽしい。
  ここにAという人がいて、Bのものを盗んだとする。このときに前提となっているのは、『Bのもの』というからには、Bの私的所有植が認められているということだ。

 そこで仮にBが、自分のもっているものをAにプレゼントするとしようか。この場合、 AはBのものを盗んだことにはならない。すると、盗みが発生する条件は二つあることになる。

  まず、私たちがそれぞれの人の私的所有権を認めて、これは私のもの、それはあなたのもの、と区別することが一つ。
次に、その人の所有するものを、その人の了解なしに無断で自分のものとする。

この二つの条件があるとき、いわゆる盗みが発生することになる。


では、第一の条件の私的所有権を認めなければ、盗みは発生しないのだろうか」
 「社会主義社会では、国家の所有するもの、いいかえれば人民全体が所有するものを個人が無断で所有すれば、盗みに間われるのではありませんか」



 「いいところに気がついたね。ちょっと別の角度から見てみようか。
 君とはいったい、誰なのだろう。どれが君なの?」
 けげんそうな顔でN君は、確かめるようにひとことひとことに力を込めます。


 「どれって、僕はここにいます。ここに存在するこの僕全体が僕です」
 「なるほど。それでは、私の目の前にいるその身体をまず君と認めることにしよう。すると、君の体内にある内臓とか血とか骨とかは全部、君の一部分になるわけだ」

 「はい、そうだと思います」

 「君の体内にある水分も君を形づくる一部になるわけだ」

「ええまあ、そうですね」

 「だけど、君が運動すると、君の体内にある水分は汗として君の身体の外に出てくる。するとこれは君の一部が君の外に出たことになる。その汗が蒸発していくときも、それを君の一部といえるのだろうか」

 明らかに混乱した様子のN君を尻目に、私はなおも続けます。

 「私たちはのどがかわいたときに、コップー杯の水を飲むとする。そのとき、自分を飲むと思ったりするかい? たいてい、自分以外のものを、自分の中にとりこむと思うよね。

すると、また矛盾が出てくる。
 
水はいったい自分の一部なのか、それとも自分の一部ではないのか。どっちだろう。

 私たちが、一人ひとりの肉体を自分だと思っていれば、体内に入ってくる水は、自分の所有物だと思ってしまう。けれど、水にしてみれば、私たちの体内に入ったり出たりしている。水はみんなのものなんだからね。              
 空気だってそうだ。この身体を自分のものだと思っている限り、自分の体内に入る空気は自分の一部になる。
だけど、空気のほうからすれば、人間の体内から出たり入ったりして、世界中をかけめぐる。空気だって地球のすべての人のものだ。


身体を形成しているすべてのものは、世界中を循環している。つまり、私たちの肉体そのものが非常に開放された流動的なものだということだ。

 何かを自分のものにすることが盗みだとすれば、自分が自分の肉体を所有していると思い込むこと自体、そもそも盗みなのではないだろうか。
私たちがそもそも自分だと思っているものが果たして本当に自分なのか。まずそれが問題になる。


 私たちは『生命を大切にする』とか『戦争反対』とかいって平和を願い、自然破壊を憂えている。
そのくせ一方では、動物や植物など、他の生命を殺して食べなければ生きていけない。その中で『生命を大切にする』というのはどういうことなのだろう。


  大昔、狩猟採集の時代に私が生きていたとして、兎をつかまえて食べるとしようか。
他の生命を殺すなんてむごいことだ。そのうちにこの私が死んで土葬される。私の死体はやがて土の中で分解し、土壌の一部になる。
そこに草が生えて、そこへやってきた兎が草を食べれば、結果的に兎は私を食べることになる。

つまり、私は兎を食ベ兎は私を食べるという関係が成立する。
この場合、兎は私に食べられて私になり、私は兎に食べられて兎になるわけだよね。私と兎は形々変えてお互いに食べ合っているわけだから、これは私が私を食べているのとちっとも変わらない。

  お葬式で鳥葬というのがあるけど、そういった国では鳥が人間を食べるし、一方ではまた人間も鳥を食べている。水葬をすれば魚が人間を食べる。人間もまた魚を食ベている。

  水も空気も食物も、私たちを形づくってくれると同時に、私たちもまた水や空気や他の生命になるのではないだろうか。             
  だから、個別的な肉体を自分だと思っても、世界全部がこの肉体を生み出し育ててくれている。そしてまた、別の見方をすれば、この肉体は世界のすべてにもなりうると考えられる。
つまり、私は世界のすべてであり、世界のすべてが私だという関係だ。

  ここで自分を個別的な自分に限定してしまうと、『私的所有』の観念が生まれることになる。

しかし、この個別的な自分は全世界を表現するために、ジグソーパズルの一片のように存在しているのであって、たとえば自分の労働をこの『私的所有』の観念の中にとりこんでしまえば、『資本家による労働力の搾取』に異議を唱える社会主義者になるしかない。

けれど、彼らにしても、個人がその労働力を私的に所有しているという前提のうえにになっている限り、自分たらのやっていることがそもそも盗みなのだとは気がつかない。

だから、この思想は自己矛盾を起こしてしまうんだ。生命観というか人間観としての「自分」のとらえ方が浅いわけだ。

 実際は、私がこの世のすべてであり、すべてが私なのだというふうに『本来の自分』を自覚すれば、『私のもの』は『みんなのもの』であり、『みんなのもの』は『私のもの』ではないか。
ならばここにはもう『私のもの』という所有の観念はなくなってしまう。

だって、植物にも動物にもこんな『所有』の観念はないのだから。彼らは黙々としてこの世界の形成に役立っている。

私たち人間だけが『所有』だとか『労働』だとかの観念をふりかざして、個別的な自分のものをできるだけたくさん見つけたがる。
その意昧では、私たちはみんな盗んでいるといえるのじゃないか。


 封建主義社会であろうが、資本主義社会であろうが、社会主義社会であろうが、地球上の経済社会は、この『盗み』を前提として成立してきたといっていいほどだ。これを今日一番象徴しているのが自然破壊だよね。
 私たちは自然の子であり、自然イコール私であるはずなのに、自然から奪うだけ奪って返してやることもせず、生態系を乱す活動を続けてきたことが自然破壊を生み出しているのだから。

『自分』とは何か。
この自分が何をしているのかを知ろうとしない限り、盗みの本質もわからないし、自分が盗んでいることすら気づかない。
そして俗みが自然を破壊し、私たち自身も破壊しているということだ。
 
だかちこそ『盗みはいけない』というのが、僕の考えなんです。


 ここまで話すと、N君の顔はもうさきほどの困惑を浮かべてはおらず、次第に輝き始めてきました。

 

 どうですか?深い話ではないですか!








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