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どこからでも変えられる

テーマ:ブログ
リペアショップ鹿児島店の坂元です。


今回は、かめおかゆみこさんの

★今日のフォーカスチェンジ♪より、
「どこからでも変えられる」です。


 ひとの苦しみは、
 分離からはじまる、と、
しみじみ思う。

 完全・安心な子宮から
切り離されて、

 「人生」にほうりださ
 れたときから、ひとの
苦しみははじまる。

 思春期の前後、自我意識
がめばえて、自他の分離
がおきたときから、

 人間関係の苦しみが
 はじまる。

 家族や友人間におきる、
 疎外感。孤独感。

それらもすべて、
 分離意識から生まれる。

そして、愛するひとの死。

 自分の一部をもぎとられ
 たような喪失感は、とき
 にいのちさえおびやかす。


 私も長いこと、この
 さまざまなケースの、
 分離感に苦しんできた。

ときに、いまでも、
それに近い感覚を
 おぼえることがある。

ただし、以前とちがうの
 は、それが、「意識」の
 なせるわざであることを、
 知っていることだ。

そう。「分離」が
 あるのではなく、

 「分離している」という
「意識」があるだけなの
 だということ。

もう少し言えば、
 「分離」という
「見かた」があるだけ
 なのだとも。


 意識・見かただけなのだ
 から、「分離」している
 かいないかを、ひとは、
 本当は選べるのだ。

たとえば、死さえも、
たしかに
肉体はほろぶけれども、

よりおおきなところと
 つながっている感覚が
 あれば、本当の分離では
 ないことがわかるだろう。


 理屈ではわかるけれど
 も、納得はできない、と
 いうひともいると思う。

その気持ちもわかる。

すべてプロセスだし、
そして、一人ひとりの
 プロセスはちがっていい。

ただ、さんざん、
 分離感を味わってきた
私が、いま、
たどりついているのは、

やすらぎとおだやかさ。

もちろん、まだまだ完全
なものではなく、ゆらぐ
 こともおおいけれど、

 不安感や怖れは、本当に
感じなくなった。

 生活が安定しているわけ
 でも、未来への保障があ
 るわけでもないけど、

そういうことでは、ここ
 ろをみだされなくなった。

 (単に、耐性がついたと
 もいう?!)(笑)


そしてね。

やすらぎとおだやかさの
 なかにいると、自然に、
からだがゆるんでくる。

その逆も、同じだけど。

そうすると、あせって
 いる気持ちも、波立って
 くる気持ちも、すーっと
 おさまっていく。

わかりやすい入りかた
 は、息を吐くこと。

 私は、立った状態から、
 上半身脱力(野口体操で
 いうところの)ぶら下げ
 の姿勢をとる。

 重力にまかせて、上半身
がぶら下がるままに、
その重さを楽しんでいる。

 地球とつながる感覚を、
 楽しんでいる。


これね。ほんの数分、
ううん、数十秒でも充分。

ほんとに時間がなければ、
 十秒くらいでもいい。

そのくらいの時間なら、
どんなにいそいでいる
 ときでもとれるよね。

それで、気持ちがリセッ
 トできちゃうのだから、
おトクでしょ♪


なかなか気持ちが
切り換えられない?

それは、気持ちを
気持ちで、切り換え
 ようとするから。

 気持ちは
放置していいから、
からだから入ってみて。

 息を吐いて、
ぶらーん。(笑)

軽く口をあけると、
さらに効果的♪


私たちは、
つながっている。

どんな暮らしを
 していても、

どんな気持ちで
生きていても、

 私たちは、
つながっている。

あらゆるものと、
つながっている。


 信じる必要はない。

ただ、そこに意識を
向けるだけでいい。

ただ、からだを
変えるだけでいい。

 要は、どこからでも
変えられるってこと♪

究極のときには、笑うしかない!

テーマ:ブログ

リペアショップ鹿児島店の坂元です。

今回は、★今日のフォーカスチェンジ♪★より、「究極のときには、笑うしかない!」です。


究極の状況に
おかれたときに、

「笑うしかない」という
表現があります。


また、たとえば、
戦時中の兵士たちを
写した写真のなかには、

笑っているものが
たくさんあります。

戦後の苦しい時代の
なかでも、笑っている
写真があります。

そのほか、災害などで、
過酷な状況におかれて
いるときにも、

不思議と、笑顔の写真
は、たくさん
残されているのです。


あるいは、また、
苦しみのなかで、ずっと
つらい表情を見せていた
ひとが、

何かの拍子で、
思い切り笑ったあと、

「笑うのを忘れて
 いました。気持ちが
 楽になりました」

などと言うことが
あります。

笑いには、そんな
ちからがあるのです。


うれしいから、
楽しいから笑うという
こともありますが、

ひとは、笑うことで、
元気が出たり、
エネルギーが湧いて
くることを、

本能的に知っている
のだと想います。


だからこそ、究極のとき
こそ、笑うのです。

にっちもさっちもいかな
いような状況のなかで、
あえて笑うのです。


ひとは、笑うと、
自然と、からだがゆるむ
ようにできています。

笑うためには、
たくさんの空気が必要に
なるので、自然に、
息が深くなるのです。

息が深くなると、当然、
血中酸素の量もふえます。

脳にゆきわたる
酸素の量もふえます。

酸素が欠乏すると、
ひとは、ぼうっとして
何も考えられなく
なりますが、

これはその逆ですから、
脳が活性化するんですね。

ふっと、この窮地を
突破できるアイデアが、
浮かんだりするかも
しれません。、


それに、さっきまで
がちがちになって、
身動きできずにいたのが、

笑うことでゆるみます。

ゆるむと、
からだが自由になります。

突破できるアイデア
+からだの自由。

生き延びる可能性が
高まります!


そして、からだとこころ
は連動していますから、

からだが自由になると、
こころも自由になるんです。

追い詰められていたとき
には、感じられなかった、

ひとのやさしさや
思いやりなどに、
気づくかもしれません。

なごみますね。

いやされますね。


あと、蛇足ですが、

笑うと、
がん細胞が死滅する、
なんて話も聴きますね。

科学的に証明されて
いるかどうかは
わかりませんが、

なんとなくナットク
できる気がします。


というわけで。

あなたが、いま、
行き詰まった気持ちに
なっていたり、

行き場のない想いを
かかえていたり
するのなら、

ためしに、思い切って
笑ってみてください。


もしも、あなたが、

「こんな気分のときに
 笑えないよ」

というのなら、

もしかしたら、
あなたには、まだ
よゆうがあるのかも
しれません。

なんたって、ひとは、

「究極のときには、笑う
 しかない」ように

できているのです
からね♪


ま。どんなときでも、

笑って損をすることは
ありませんから。

何かあったら、
まずは笑いましょ。

それも、わっはっは、
がっはっはと、

思い切り吐いて吸って、
からだのなかの
空気を入れ換えましょ♪

1円もかからずに、
世界が変わります!(笑)

  「恩返しの金メダル」

テーマ:ブログ
リペアショップ鹿児島店の坂元です。
 
今回は、恩返しの金メダル」です。


小柄でありながら、得意技の豪快な一本背負いで
数多くの大男たちを打ち負かしたことから
「平成の三四郎」の異名を取る古賀稔彦さん。


 1992年のバルセロナオリンピック
柔道男子71kg級では
直前に左膝を負傷するという逆境を乗り越え、
 見事に金メダルを獲得しました。


 怪我を抱えながらも
世界の頂点に立てた理由とは何か。


その秘密に迫ります――。


男子柔道71キロ級の日本代表として送り出された、
 1988年のソウルオリンピックのこと。


 20歳にして初の五輪切符を手にした私は、
 優勝候補と目されていたのですが、
 蓋を開けてみれば3回戦でまさかの敗退。


あまりの悔しさにただ呆然として
試合会場を後にしました。


 日本に帰国すると、私を取り巻く環境が
驚くほど一変していました。


 成田空港から出発するまではマスコミで散々取り上げられ、
 「頑張れ頑張れ」と声援を受けていた私が、
 一転して誹謗中傷の的となったのです。


 「古賀は世界で通用しない」
 「あいつの柔道はもう終わった」


など、なぜそんなことを言われなければいけないのかと
 ただただ憤慨するばかりでした。


そして気づけば、私の周りからは
潮が引くように誰もいなくなったのです。


 自分はオリンピックの大舞台で負けて
悔しい思いをしているのに、
なぜそのことを誰も理解しようとしてくれないのか。


もう人間なんて誰も信用できない――。


この時、私は人間不信になっても
 おかしくないくらいに激しく気持ちが落ち込み、
とにかく人目につくのが怖くて、
 自分の部屋に閉じこもりました。


そんなある日のこと、
 何気なくつけていたテレビの画面に、
オリンピックの総集編が流れ始めました。


 番組では華々しく活躍する選手たちの映像とともに、
 惨敗だった日本柔道の特集も組まれており、
 3回戦で敗退した私の試合も映し出されます。


ところが次の瞬間、
 画面に釘づけになりました。


なぜなら私が試合に負けた直後、
カメラが観客席で応援していた両親を映したからです。


おもむろに立ち上がった両親は試合会場を背にすると、
 日本から応援に駆けつけてくれていた人たちに向かって、
 期待に応えられなかった私の代わりに
深々と頭を下げていました。


もちろん、私にとって初めて見る光景です。


 中学で親元を離れてひたすら柔道に打ち込み、
ほとんど顔を合わせることがなかっただけに、
 久しぶりに見た両親が謝っている姿に
私は大きなショックを受けました。


 心の変化はそれにとどまりません。
いまの自分が無性に恥ずかしく思えてきたのです。


それまでは、


 「おれが練習して、おれが強くなって、
  おれがオリンピックに行って、
  おれが負けて、おれが一番悔しいんだ」


と思っていました。


ところが両親の姿を見ているうちに、
 闘っていたのは自分一人ではなかったことに
気づかせてもらったのです。


すると驚いたことに次々と私をサポート、
 応援してくれた人たちの顔が浮かんできました。


 例えばオリンピックに向けて
練習相手になってくれた仲間がいました。


 彼らは自分たちが試合に出られないのに、
 私のために何度も受け身を取ってくれました。


しかし、当時の自分はそれが当たり前のこととしか
受け止められませんでした。


また、たくさんの方からの声援や
心のこもったお手紙を何通も頂戴しましたが、
 応援されることが当たり前と思える自分がいました。


ところがこうして少しずつ周りが見えてきたことで、
 自分の後ろにはこんなにもたくさんの人たちが一緒に闘ってくれている、
だから安心して闘っていいのだと思えるようになったのです。


そしてこれを機に、それまでの自分が嘘のように
前向きになることができました。


もう両親に頭を下げさせてはいけない。


そして自分をサポート、応援してくれた人たちにも
絶対喜んでもらいたい。


そのためにはオリンピックで負けたのだから、
 次のオリンピックで金メダルを取って恩返ししよう――。


この時に抱いたこの思いこそが、
 4年後のバルセロナオリンピックにおいて、
 怪我で苦しみながらも金メダルを獲得することができた
大きな原動力になったのです。

日本文明は世界八大文明の一つ

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。

今回は、「日本文明は世界八大文明の一つ 」です。


藤原正彦『決定版、この国のけじめ』(文春文庫)にある 下記の言葉を味わってほしい!


「とりわけ日本には、他国に見られない特殊な伝統や美風といった国柄(こくへい)が豊富にある。
 我が国は、それらが微妙かつ絶妙のバランスをもって機能しつつ発展してきた不思議な国である。
 どこの国とも違う国柄で大国となった国である。

 だから、ハンティントンが『文明の衝突』の中で、キリスト教文明やイスラム文明などとともに、世界の八大文明の一つとして日本文明を挙げざるをえなかったのである」



また、徳永日本学研究所 代表 徳永圀典のブログに


日本文明は世界八大文明の一つ

日本文明は固有の文明 とある。

「一部の学者は日本の文化と中国文化を極東文明という見出しでひとくくりにしている。

だが、ほとんどの学者はそうせずに、日本を固有の文明として認識し、中国文明から派生して、西暦100年ないし400年の時期に現れたと見ている」のである。

「日本は世界八大文明と一つである」というのである。


世界八大文明の一つという次第であり日本人として慶賀の至りである。


「日本文明は世界八大文明の一つ」は世界の常識

西洋文明や中華文明、イスラム文明だけが世界の大文明ではなく、日本は古代から大文明だったのである。

この事を日本人は知らないが、世界では、一般的な通説であり常識なのである。

ついでに言えば、他の文明は、一つの文明の中に複数の国が入っているが、

日本は一つの国で独立した文明という世界に類を見ない唯一の国なのである。


神道

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
神道を知らずして、日本及び日本人は見えてこないのではないかと思い、 ”神道から日本及び日本人を探る理由!” です。


外国人からよく耳にするのが 「日本人は無宗教だ」 という言葉です。
世界的に見れば、「つねに自分が信じる神(ヤーヴェ・アラーなど)の教えに従って行動する」ことを理想として、バイブル(聖書)やコーランのような「神の戒律」を守ることを旨としています。

しかしながら、ほとんどの日本人にはこのような信仰や戒律をもちえてもいないし、意識もしていません。

だからといって日本人が無宗教で、でたらめな生き方をしているわけではありません。

日本人の生活、ものの感じ方は古代以前の神道が根づいています。
神道とはいっけん宗教でないように見えますが、じつは「よりよい人間社会をつくりだすために不可欠な宗教」であり、かつ「人間中心の宗教」なのです。

多くの日本人は神道的精神によって、常にまわりの人々の気持ちを考えながら生きていて、日本人はより多くの人に好かれる者がよい人間だと考るのです。
このようなふるまいが、日本特有の「義理・人情」などで結ばれたよい人間関係をつくってきました。

そして我々の祖先は、誰もが豊かで幸せに暮らせるように、よりよい人間関係をつくることを最優先にしてきました。

神道では、すべての生き物が楽しくすごすありさまが「生霊(むすひ)」と呼ばれる最高の境地であるとされます。
このため、人々に安定と繁盛をもたらす能力を持つ者が指導者として推され、時代をつくってきたのが日本の歴史なのです。
また、多くの日本人は、幼いころから家庭教育のなかで、知らず知らずのうちにこの神道的精神を身につけてきました。

だから日本において、この神道こそが「日本の社会や文化を知る最大の手がかり」では?と考えて神道を題材に選びました。
下記に1月~12月までの神道的な行事と人生儀礼を並べてみて驚いたのが、神道的な行事と知らずにor意識せずに行っている自分の意識の低さに驚きました。

私たちの生活に密接にかかわる具体例を紹介していきます。


<1   月>

初詣で
氏神様や日ごろ崇敬する神社に一年間の幸福を祈ります。

七草
七日の朝、七草粥を食べます。

鏡開き
正月の鏡餅を下げて、水菜清汁として食べる祝儀です。昔は20日に行われましたが、現在は11日です。

14日年越し
門松、しめ飾りを取り収めます。

小正月
元旦を大正月、15日を小正月といいます。小豆粥を食べ、前日納めたしめ飾りを焼きます。このことをどんと焼きと言います。



<2   月>

節分
四季の変わり目を節分と言いますが、立春の前日は二十四節による旧年から新年への変わり目であることから、もっとも重要とされました。この日、邪気をはらうために、豆をまいて追難を行います。

初午
食物の神である稲荷神をまつります。

針供養
8日に針を休め、折れた針のための供養を行います。



<3   月>

ひな祭り
中国の三月上巳の祓と、日本のひな遊びとが結びついたものです。ひなを飾り、桃の花、菱餅、白酒、あられなどをお供えして女児の幸福を祝します。

彼岸
春分・秋分を中日とする前後3日の計7日間を彼岸といいます。法事や墓参など、先祖の供養が行われます。

社日
春分・秋分にもっとも近い戊(つちのえ)の日のことで、神社にお参りして春には五穀の豊穣を、秋には収穫の感謝を祈ります。



<4   月>

春祭
豊作の開始に当たって農神を迎え、五穀の豊穣を祈るとともに疫神や悪霊を祓います。



<5   月>

端午
武者人形を飾って鯉のぼりを立て、菖蒲酒、粽、あるいは柏餅をお供えして、男児の幸福を祈ります。菖蒲湯に浴して病災除けとします。



<6   月>

夏越しの祓い
6月と12月の晦日に行われる祓いを大祓いといい、そのうち6月に行われるものを夏越し(なごし)の祓いといいます。半年間の穢れを祓い、人形に穢れを託して川に流したり、茅の輪をくぐったりします。



<7   月>

七夕
竹に五色の色紙などを飾って、牽牛と織姫に女子の幸運、恋愛等を祈ります。月遅れで行う地域もあります。



<8   月>

精霊祭
13日からの4日間、盆に祖霊を迎えます。精霊棚を設けて迎え火をたきます。


灯籠流し
15日、または16日に祖霊を送る行事です。



<9   月>

重陽節
五節句の一つで、九が陽数で、九が重なるため重陽といいます。


十五夜
陰暦8月15日の夜、薄を立て、団子や里芋などを供えてお月見をします。




<10  月>

十三夜
陰暦9月13日の夜、後の月見とも言います。枝豆、栗などをお供えします。



<11  月>

えびす講
えびす神をまつり、商売繁盛を祈ります。陰暦10月20日ですが、月遅れで行うところも多いです。この日に廉価大売出しをするのを誓文払いと言います。


十日夜
陰暦10月10日の夜のお祭りです。この日、田の神が天上すると伝えられます。案山子上げとも言います。



<12  月>

年忘れ
年の暮れに親戚や友人と集まって年中の労を忘れ、息災を祝しあいます。


正月事始
古来13日に正月の用意にとりかかるので、この名がつきました。


煤掃き
新たな年を迎えるため、神棚や家中のほこりをはらい、清めます。


松迎え
門松などを山へ取りに行く行事です。古くは13日でしたが、現在は28日頃に行うことが多くなっています。


年越しの祓
12月に行われる大祓いです。


年越(大晦日)
みそかそばを食べ、除夜には神社に参詣します。静かに慎んで夜を明かすのを年籠りと言います。




<人生儀礼の主旨>

赤ちゃんのとき

着 帯 日
妊娠5ヶ月目の戌の日に行います。岩田帯とも言い、七尺五寸三分のさらし木綿などに紅で寿の字を書きます。

七夜の祝い
生後7日目に行います。初めて名前をつけます。

お宮参り
地域によって差がありますが、おおむね男児は生後32日目、女児は33日目に氏神様にお参りして健全な成長を祈願します。生児を初めて神様の見参に入れる行事で、このとき神様に認めていただくことが地域社会の氏子入りの条件となり、社会的な承認へとつながっていきます。

お食い初め
100日目に食い初めをして祝います。男女によって日数の違う地域があります。

初 誕 生
満1年目の誕生日を祝います。



こどものとき

初 節 句
生後初めての節句です。男は端午の節句、女はひなまつりをお祝いします。ただし生後21日前なら、翌年に祝うのが普通です。

七 五 三
地域によってことなりますが、おおむね男女とも3歳に髪置、男5歳に袴着、女7歳に帯解の祝いとして、11月15日に氏神様に参詣します。【髪置】は誕生後はじめて髪を伸ばし始める儀式で、生髪(せいはつ)、または髪立(かみたて)とも言います。【袴着】とは、平安時代には、3歳の時に男女とも初めて袴をつけ、碁盤に立たせる儀式があったためです。男児の祝いとされるようになったのは、女児が7歳になって初めて帯をする【帯解】の祝いに対してだと言われています。

入学・卒業祝い
小・中学校、高校や大学の進学等の祈願や卒業の祝いです。

成 人 式
満20歳の1月の第2月曜日に行います。一人前の人間として成人したことを祝い、よりよき社会人となる自覚をはぐくみます。


成 人 後

就職祝い
学校を卒業し、職業についたときに祝い、はげまします。

結 婚 式
人生の花であり、家庭生活の土台となる大事な儀式です。わが国の結婚式の多くが神前で行われてきたのは、幼児から年齢の段階ごとに祖先の神々に報告してきた延長です。新郎新婦の晴れ着は神事の服であり、花嫁の【角かくし】は神のご前に出るためのかぶりものです。神主さんの祝詞の後の【盃事】(さかずきごと)で神霊のこもった御神酒をくみかわし、【誓詞】を神様に申し上げて結婚の承認を得ます。それに対して【披露宴】は、人間の方に社会的承認を認めてもらうための儀式です。

厄年の祓い
厄年にあたるとき、神社で厄年祓いを行います。

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鹿児島市西千石町のフレッセ厚生市場内にある靴修理・鞄修理・合鍵作製の店「リペアショップ鹿児島店」です。

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