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お役に立つ人になること

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。


今回は、石川洋氏の心に響く言葉より…お役に立つ人になることです。


《偉くならなくていい

立派にならなくていい

お役に立つ人になることである》



生まれてくるときには

赤子は掌(たなごころ)をにぎりしめている

そのこぶしを開くとき

人間の活動が始まるのである

結んで開く生命の躍動である

問題は何と結ぶかである

楽な生き方と手を結ばないこと

うまい話しに手を出さないこと

利の多い仕事に手を染めぬこと

結び方を間違うと自滅の道を歩む

心して無慾の縁を選ぶことである

よい仕事に汗をかくことである


『生きるんだよ』春陽堂




石川洋氏のお師匠さんである西田天香さんの言葉がある。

■どうせ死ぬ命である。一切のために一番よい事をなるだけして死ぬがよい。

■求める心は淋しい。捧げる心は豊かである。

■世界の行きづまりは、感謝を忘れたうぬぼれの累積である。

■いかなる強い考えも考えは弱い。いかなる弱い実行も実行は強い。

■金の力だけで仕事をしている人は、金がなくなった時、無能者となる。

■多く知って行わぬより、少なく知って実行するがよい。他を責めるより、おのれを省みるがよい。

■眼につくのは枝葉であるが、直さなければならないのは根元である。

■危ないのは責められている時ではなく、誉められている時である。


どんな崇高な理念であろうと素晴らしい考えを持っていようと、それを実行しなかったら、それは無いのと同じ。


人のお役に立つこと。

人に喜んでもらうこと。

楽な生き方と手を結ばないこと。

うまい話しに手を出さないこと。

利の多い仕事に手を染めぬこと。



『覇道(はどう)とは、努力少なくして、「利」多い道

王道とは、努力多くして、「利」少ない道』

人生の王道を歩みたい。

裁く者は裁かれる

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今回は、小林正観さんの心に響く言葉より…裁く者は裁かれるです。


《裁く者は裁かれる  裁かない者は裁かれない  許す者は許される  許さない者は許されない》 (キリストのことば)


私は49歳のときにこんなことばを思いついて、31日カレンダーのとある1日の中に書いています。

「投げかけたものが返ってくる。 投げかけないものは返らない。 愛すれば愛される。 愛されなければ愛されない。 嫌えば嫌われる。 嫌わなければ嫌われない」


投げかけたものが返ってくるというのが、宇宙の大法則であるということに、私は49年かけてやっと気がつきました。

笑顔をずっと周りの人に投げかけていれば、いつの間にか自分の未来が笑顔に囲まれるのです。

そして、不機嫌をずっと投げかけていれば、いつの間にか不機嫌に囲まれるのです。


投げかけたものが返ってくる。

投げかけないものは返らない。


そういう事実に気がついたのでした。

キリストはなんと20何歳の若さでこのことに気がついていたようです。


「裁く者は裁かれる。 裁かない者は裁かれない。 許す者は許される。 許さない者は許されない」

このことがわかれば、自分の損得勘定として、人を裁かないほうがよさそうだということに気がつきます。

人を許したほうが得策であるということにも気がつきます。

そして、思いやりのある言動をとること、笑うこと、感謝することを、試してみたくなるでしょう。


こんな短いことばで、人生の非常に重要な部分を、すでに2000年も前にキリストは言い当てていたのです。


『心に響いた珠玉のことば』KKベストセラーズ




投げかけたものが返ってくる…

人にイジワルをすれば、人からイジワルされる。

人の悪口を言えば、人から悪口を言われる。

いつも非難したり怒ったりしていれば、非難したり怒ったりする人たちに囲まれる。

いつもニコニコしていれば、ニコニコする人たちに囲まれる。

まわりに「ありがとう」といつも言っていれば、「ありがとう」という人たちに囲まれる。

いつもまわりに感謝していれば、感謝多き人たちに囲まれる。


「裁く者は裁かれる」


聖書の中にこんなエピソードがある。

罪を犯して民衆から石打ちの刑にされそうになっていた女性を助ける場面だ。

イエスは民衆に向かって、

「あなたがの中で、ただの一度も罪を犯したことのない者がいたら、順番にこの女に石を投るがいい」

すると、民衆は、年長者から順に、一人去り、二人去り、やがてイエスを残して全員がその場を去った。

一人残ったイエスも、「もう決して罪を犯してはならない」と言い残してたち去ったという。


「投げかけたものが返ってくる」

いつもニコニコと笑顔で、機嫌よく毎日を暮らしたい。




非常識な師匠のもとから名人が出る!

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今回は、松下幸之助氏の心に響く言葉より…非常識な師匠のもとから名人が出る!です。


たとえばね、若い人が学校を出てどこかの会社に入る。

そうすると、いろいろな先輩がいて何かと指導してくれると思います。

しかし、すべての先輩が親切にしかも上手に指導してくれるかというとそうでもない。


自分の仕事は熱心にするけれど、後輩の指導は苦手だという人もいますからね。

また、先輩と仰いで申し分のない人、つまり、人格の点からいっても、仕事の面、経験の面からいっても申し分のない人がいる反面、先輩として、ある面ではいささか問題があるという人もいるかもしれない。

その場合、不平不満が起こり、心が動揺するということもあるでしょうな。


しかし、ほんとうはそういう職場に入ったことを感謝すべき一面があると思いますね。

というのは、芸ごとでも何でも、非常にいきとどいた師匠のもとからはあまり名人は出ないように思うからなんです。

むしろ、いわば非常識な師匠のもとで修行し、みずからコツを会得した人が名人になる場合が多い。


もちろん、常識的にはいい指導者につくということによって、やはりそれだけ上達するということはいえると思います。

けれども、画期的なというものは生まれにくい。

すべて師匠の通りにするということになりがちだからなんでしょうね。


反面、師匠が非常に無理解であると、当然ほめられていいところをボロクソに言われる。

やめてしまおうかという思いをこらえて、辛抱に辛抱を重ねて修行した結果、その師匠を超えるような名人になった、そんな例をぼくはしばしば聞くんですよ。

だから、理解ある先輩につくことができれば、それはまことに結構なことですし、感謝すればいい。

しかし、そうでない先輩についても、“おれは名人になれる”と考え、懸命に仕事に取り組めばいいと思います。

その方が楽しく仕事ができますし、自分にとってプラスになるでしょうからね。


またね、たとえば、狭いとか、暗いとか、人間関係がおもわしくないとか、自分の職場にいろいろと不平不満があるとします。

けれど、不平不満だけに終わって“この職場はダメだ”と思ってしまったら、さらに気分が落ちこむだけですね。

何をする気も起こらなくなる。


そんなときは見方を変えてみる必要がありますね。

不平不満があるということは、自分からみてよくない点があるということです。

ですから、そのよくない点を是正していくためにはどうしたらいいか、そして多くの人に喜んでもらうにはどうすればいいか、ということを考えてみる。

そうすれば、仕事に興味もわいてくるし、よし改善してやろうという勇気もわいてくるのではないでしょうか。

そういう物の考え方がないと、力強い仕事はできませんし、世の中の進歩発展もないだろうと思うのです。


つまりね、不平不満で毎日を過ごすのも困りますが、ものごとの改善発展のためには、不平不満を感じないというのも困るわけですね。

理想を持って真剣にやっていれば、やはり何かそこに不満が出てくるのが普通だと思います。

たとえば、仕事でも、どうして買ってくれないのだろうか、どうして自分の考えを理解してくれないのだろうか、というように。

その不満を不満のまま終わらせず、つぎには目標や希望に変えていくことができる、そういう物の考え方が非常に大切だと思うのです。


『すべてがうまくいく』PHP研究所





嫌なことや困難なことも、過ぎてしまったら、「あれがあったから今の自分がある」「あのことがあったから、結局はよかったのだ」と思うことは多くある。

人間は、やっかいなことに、何の嫌なこともなく、困難もなく、人生が波風なく過ぎていったら、フシのない竹のようになってしまう。


「竹にはフシがある。

そのフシがあるからこそ、竹は雪にも負けない強さを持つのだ」(本田宗一郎)


無理解な上司も、思い通りにならない日常も、すべては自分を磨いてくれる砥石(といし)。

見方を変え、素直な気持ちで自分を少しでも高めたい。


ああ、そうなりましたか!

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。

今回は、小林正観さんの心に響く言葉より…「ああ、そうなりましたか」
と淡々と受け入れるです。


思い通りにならない、それが「苦」。

「思い」がなければ、思い通りにならないという現象は起きない。

「苦」は生じない。


「思い」を持たない。

それは、目の前で次々と起きる一般的に不幸だといわれている現象に対しても、「ああ、そうなりましたか」と単なる日常の1ページとして、淡々として受け入れていくということです。


病気や事故、愛する人との別れといった、思いがけず自分の身に起こる出来事を、人生の一部として受け入れていく。

「何でこんなことが起こったのだろう」という「思い」を持たない。

目の前で起こるすべての現象を、「ああ、そうなりましたか」と受け入れていく、それだけです。

家が火事になっても、事故に遭ってケガをしたとしても、「ああ、そうなりましたか」と受け入れる。


「この世に修行にきたわけではなく、ただこの世で起こるいろんな現象を、人間の肉体を借りて味わいにきただけ」

そんな観音様のような世界観を、己の人生観に取り込めばいい。

「私たちは観音様の化身(けしん)なのだ」

そう思えば人生はぐっとラクになります。


『努力ゼロの幸福論』大和書房




小林正観さんは、同書の中で「努力」についてこう語っている。

「よく誤解されるのですが、私は『絶対に努力をしてはいけない』とか『頑張ってはいけない』と言っているのではありません。

必死に努力して頑張ることで、達成できることや解決できる問題も確かにあると考えています。

しかし、自分の努力や頑張りだけではどうしても解決できない問題もある。

人生では次から次へと手強い問題が押し寄せる時期もあるでしょう。

そのときは、『自分ひとりでは解決できない』と思い定め、『謙虚』にならざるを得ない。

それが、『努力しない』『頑張らない』『必死にならない』の本来の意味です。

最終的に私たちができるのは『おまかせ』をすることだけ、ということになります。

おまかせをするとは、目に見えない4者『神、仏、聖霊、守護霊』と、目に見える4者『友人、知人、家族、自分の身体』に対していつも笑顔で『ありがとう』と言いながら、宇宙とまわりのすべてに感謝の心をささげて生きていくことです」


世の中には、自分の努力や頑張りだけではどうにもならないことが多くある。

お釈迦様がおっしゃった「生老病死」という4つの苦だ。

生まれること、老いること、病気にかかること、死ぬことの4つは、人間として免(まぬが)れない苦悩だ。


それに、「4つの苦しみ」を加えて、「四苦八苦」という。

4つの苦しみとは、「愛する者との別れ」、「嫌な奴や憎んでいる者と会わなければならないこと」、「欲しいモノが手に入らないこと」、「自分の肉体と精神のコントロールがうまくできないこと」。


免れない「苦」に遭ったときに必要なのが、「ああ、そうなりましたか」と、淡々と受け入れること。

この世には、「人間の肉体を借りて味わいにきた」と思えるなら生きるのはラクになる。




グローバリズムというプロパガンダ

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。

今回は、国際派日本人養成講座より、 「グローバリズムというプロパガンダ」です。




■1.「米国民は過激な異端児に核兵器のボタンを預け」

 デトロイトへの出張で定宿にしているホテルがある。どこにでもあるアメリカ全国チェーンのビジネスホテルだが、たまたまここは日本人ビジネスマンを呼び込もうと、朝食に御飯やインスタント味噌汁、ふりかけ、漬物などを出してくれる。そしてアメリカで印刷されている日経新聞も置いてある。

 ちょうど大統領選の結果が出た日だったので、日経がどんな論評をしているのか、読んでみた。しかし最初に目に飛び込んできた記事には驚かされた。「社会分断、危うい大衆迎合(トランプ・ショック)」と題したその記事はこう書き始める。

__________
「革命」と呼んでもいいだろう。米国民は過激な異端児に核兵器のボタンを預け、経済と政治の変革を託した。[1]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「おいおい、ちょっと待ってくれよ」と私は思った。これではまるで「朝日新聞」ではないか。「過激な異端児に核兵器のボタンを預け」とは、いまにもトランプが核戦争でも始めるかのような書きぶりだ。

 トランプをこう評するなら、習近平は「選挙の洗礼を一度も受けずに十数億の民に君臨する独裁者が、日本の各都市に核ミサイルの照準を合わせている」と言うべきだろう。そちらの方は目をつぶって、日経記事はこう続ける。

__________
「トランプ氏は庶民の弱みに付け込んで、偏狭なナショナリズムの封印を解いてしまった」と米政治学者のフランシス・フクヤマ氏は言う。自由貿易の拡大や移民の流入に背を向け、国を閉ざそうとする「アメリカニズム(米国第一主義)」の危うさは否めない。[1]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


■2.草の根民主主義のたくましさ

「自由貿易の拡大や移民の流入に背を向け」と言うが、トランプはTPPの行きすぎた貿易自由化に反対し、また不法移民の流入にストップをかけようと主張しているのだ。自由貿易や移民を全面的に否定しているかのような批判は不当である。

 そもそも自分の信念に反する投票を、アメリカの有権者が下したからと言って、「社会分断、危うい大衆迎合」「偏狭なナショナリズム」「国を閉ざそうとする『アメリカニズム(米国第一主義)』」などと悪罵を投げつけるのは、日本を代表する経済紙とは思えない品の無さだ。

 アメリカのマスコミもほとんどがクリントン支持だったが、テレビ報道でも、コメンテイターは予想外の展開に口数が少なく、時折、民主党陣営で涙を流す女性を写す程度で、日経のような有権者を馬鹿にしたコメントはついぞ聞かれなかった。

 筆者の住むケンタッキー州は全米の開票開始早々に、トランプが62.5%と、クリントンに30%近い大差をつけてニュースとなった。この地のごくまっとうな中流階級の白人男性が、普通の口調で「トランプは政治経験がないと言うけど、あのレーガン大統領だって俳優出身だった」と語った光景も覚えている。

 マスコミや既成政党にはもう騙されない、という主体的選択をした点に、筆者はアメリカの草の根民主主義のたくましさを感じたのである。


■3.『アメリカニズム(米国第一主義)』を選ぶのは国民主権

 この記事の執筆者は、「自由貿易の拡大や移民の流入」を無条件に良しと考えているようだが、まさしく多くのアメリカ人は、今までの行きすぎたグローバリズムが決して自分たちを幸福にしないと考えたからこそ、トランプに投票したのである。

 アメリカの国民が自分たちの幸福を第一に考える『アメリカニズム(米国第一主義)』を選ぶのは、彼らの国民主権の行使であって、それを非難する権利は他国民にはない。

 国際政治とは、各国民が自らの国民主権で決めた国家意思が、ぶつかり合ったり、妥協したりして、形成されていくものである。日本国民はその国民主権で「日本第一主義」を追求すれば良い。そして「アメリカ第一主義」と「日本第一主義」が補完し合うよう貿易を促進したり、また同盟関係を発展させれば良い。

「自由貿易の拡大や移民の流入」などのグローバリズムは国民の幸福追求に役立つ範囲で採用すれば良い手段であって、国民の幸福を犠牲にしてまで追求すべき至上目的ではない。


■4.「グローバル化は国家の重要性を再び浮上させる」

 グローバリズムで国家の役割は小さくなっていく、という思潮は誤りだとして、行き過ぎたグローバリズム見直しの動向を予測していた本がある。国際政治学者・中西輝政・京都大学名誉教授による『日本人として知っておきたい外交の授業』[2]である。

__________
 私は四十歳になるかならないかの頃、冷戦の終結にぶつかり、刺激を受けて世界中を歩き回って、多くの国々を視察しました。世界の五大陸を毎年ほぼすべて、南米の隅まで訪れました。そこで世界で大変化が始まる様子をまざまざと目にし、日本の現状に危機感を覚えました。

それは、グローバル化は必然的に国家の重要性を再び大きく浮上させることになる、ということでした。あの時期に日本人は、国家というものについて深く捉えておくべきだったと思います。

しかし当時、(そして今日も)日本人の多くは、グローバル化する世界では国家の役割は大きく減退するはず、というまったく誤った見方をしていました。そんな見方を真面目にしていたのは、世界広しといえども日本人だけでした。[2, p32]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 米ソ二大陣営が対立していた冷戦期は、それぞれの陣営内の連帯が必要なので、国家意思のぶつかり合いも少なかったが、ソ連陣営が消滅した途端、各国が国家意思を主張し始め、国際政治における国家の役割が重要になってきた。

__________
 アメリカの国家意思においては、「自国の国益」こそが最大の判断基準であると分かります。これは、どこの国でも同じです。「市場経済や民主主義を世界に普及させる」という理念も、アメリカはできる限り追求するでしょうが、これは現実の国益と比べ、しょせん二の次であることは明瞭です。

 したがってわれわれは、日本国内で事なかれ主義のマスコミや専門家が伝えないようなアメリカの国家意思のあり方、実相まで踏み込んだ見方を持つ必要があります。あくまでも国益を第一とする国家としてのアメリカの意思、これこそが民主化、市場経済、核不拡散、人権よりも深いレベルでアメリカ外交を決定づけるものです。[2, p33]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「民主化、市場経済、核不拡散、人権」といったグローバリズムは、アメリカの国益に都合が良い宣伝文句として唱えているだけである。

 例えば、北朝鮮で何百万人が餓死しようが、アメリカは口先では「人権」を唱えつつも、彼らを救う実際の行動には決して出ない。北朝鮮がシナと韓国の間の緩衝地帯となっている現状は、アメリカにとっても好都合だからだ。

 建前は「民主化、人権」などと耳障りの良い言葉を並べながら、その裏では冷徹に国益を追求するアメリカの外交姿勢は、アメリカン・デモクラシーをもじって、「アメリカン・ヒポクラシー(偽善)」と揶揄されている。アメリカの一般民衆は正義感と公共心の強い人が多いので、彼らをうまく操るために一部のエリート層が「アメリカン・ヒポクラシー」を生み出したのだろう。

 そんな偽善を排して、トランプは国益追求という本音を露骨に訴えたので、偽善にはうんざりしていたアメリカの庶民の支持を受けたのだろう。こちらの方が民主主義の正道に近い。


■5.グローバリズムというプロパガンダ

 日経記事に登場するフランシス・フクヤマについても、中西教授はこう語っている。

__________
 アメリカの政治学者フランシス・フクヤマは著書『歴史の終わり』(1992年)のなかで、以下のような認識を示しました。冷戦終結後の二十一世紀は国連ないしアメリカ中心の世界秩序が生まれ、市場経済と民主主義によって世界は統一される。これが「歴史の終わり」である――と。

いまから考えると、フクヤマの説はアメリカの世界戦略のプロパガンダそのものであり、アメリカと日本にしか影響を与えませんでした。しかし、わが国では国際政治学者や歴史学者をはじめ多くの人が、「これこそ二十一世紀の真実だ」と受け止めた。[2, p31]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 アメリカはソ連を打倒した後、「世界で唯一の超大国」の地位を権威づけるために「市場経済と民主主義」を看板としたグローバリズムをプロパガンダとして使った。その立役者がフランシス・フクヤマだった。

 しかし、その後、アフガニスタン、イラクで躓(つまず)き、一極主義路線が無理なことが分かってきた。そこで「市場経済と民主主義」などというプロパガンダはかなぐり捨てて、現実的な国益追求に帰りつつある。それがトランプを選んだ国家意思であろう。

 冒頭の日経記事は、いまだにフランシス・フクヤマのプロパガンダに洗脳された状態のままで、逆にそこから抜け出そうとするアメリカ国民の国家意思を「自由貿易の拡大や移民の流入に背を向け」などと嘆いているのである。


■6.「ヨーロッパ統合」の陰のドイツの国家意思

 本年6月に、イギリスは国民投票で「EU(欧州連合)離脱」を決めたが、これについても中西氏は国家意思の次元から、こんな予測をしていた。

__________
 たとえばイギリスは、いまも真の意味でEUの一国になろうとはみじんも考えていない。ギリシャ危機があろうとなかろうと、ユーロの導入に踏み切らなかったのは当然の話で、イギリスの知識人も一般国民も、自分たちはヨーロッパの一部ではなく、いまだにカナダ、オーストラリアなどを含む「大英帝国」なのだ、という意識を捨てていません。[2, p39]
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 EUも日経の好きなグローバリズムの一環だが、それもドイツの国益追求から産まれてきた。

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 ドイツにしても、いつまでも国策をフランスとの枢軸関係で決めようとは考えていません。心のなかでは「フランスなど、もうそろそろ蹴落としてもよい」とさえ思っているかもしれません。最近とみにその風情を強めています。・・・

 ドイツは明らかに「東」を向いています。つまリロシアと手を組み、東ヨーロッパにドイツ発展のフロンティアを再建することにある。[2, p40]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ドイツは税収や国際収支の黒字が膨らみ、いまやEU内で一人勝ちの状態である。東欧との国境をなくし、その低賃金を利用しつつ、優れた技術を持ったドイツ企業が製品を売り込む。東欧諸国はドイツのいわば経済的植民地にされている。

「ヨーロッパ統合」という美しい看板の陰には、こうしたドイツの冷徹な国家意思がある。その実態を見れば、ギリシャ、イタリア、スペインなど地中海諸国は、同じユーロ圏で縛られたドイツ製品の周辺市場というほどの意味しかない。


■7.「自由貿易の拡大や移民の流入に背を向け」るイタリア

 おりしも12月4日には、イタリアのレンツィ首相が憲法改正を問う国民投票で敗北して辞意を表明したが、これは実質的にEU離脱を主張する野党の勝利とみられている。イギリスのファイナンシャル・タイムズ(FT)紙は言う。

__________
 イタリアは2008年の金融危機以降、工業生産高を少なくとも25%失った。若年失業率は40%に迫る水準にある。・・・実際、一部のエコノミストは、ユーロはイタリアの競争力に破滅的な影響を与え、国から通貨切り下げの手段を奪い、債務負担を重くするデフレ環境を生み出したと考えている。[3]
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 親EU路線のレンツィ首相でさえ「イタリアの海岸に上陸する何十万人もの難民に対処するための支援をEUが与えてくれないことへの無理からぬ幻滅感を表明している」という。

「自由貿易の拡大や移民の流入に背を向け」なければ、もう国家が耐えられないほど、イタリアは追いつめられているのである。


■8.プロパガンダに騙されるのは卒業すべき時

 アメリカはフランシス・フクヤマなどの主張した「市場経済と民主主義」というグローバリズムをプロパガンダとして、国益を追求してきた。それに載せられた日経新聞が、そのプロパガンダを日本国民に吹き込んできた、というのが実態だろう。

 今や、アメリカ国民がそのプロパガンダを否定した事で、慌てふためいている、というのが、日経記事のヒステリックな論調の原因ではないか。そう考えると、これはソ連が崩壊し、シナが怪しげな市場経済に踏み出した時の、左翼マスコミの狼狽と良く似ている。

「アメリカン・ヒポクラシー」から脱却したトランプ政権とは、実務的に国益をぶつけあって、どういう付き合い方が双方のためになるかを議論すれば良い。共産主義にしろ、グローバリズムにしろ、他国の国益を隠した美しいプロパガンダに踊らされるのは、もういいかげん卒業して、わが国の国家意思は何かを真剣に考えるべき時期である。
(文責:伊勢雅臣)
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