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脳の妄想

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。

今回は、かめおか ゆみこさんの今日のフォーカスチェンジ♪★より、脳の妄想です。


いきなりの質問ですが、

私たちは、からだのどの部分で、
自己否定をしていると思いますか?

腕ですか? 背骨ですか?
ひざですか? つまさきですか?

ちがいますよね。

そう、脳です。

脳のうちでも、いわゆる左脳。

「自己否定」は、左脳、つまり、
思考によって処理されるのです。


ただし、思考とはいっても、
全然、論理的ではありません。

ものすごく偏向した思考を
使っています。

たとえば、

自分はみんなにきらわれている。
だから、友だちができない。

…というようなパターンです。


まず、「きらわれている」ことの
客観的な定義がありません。

さらに、「みんな」とは、どの
範囲を示すのか、不明確です。

もっと言えば、「友だち」さえ、
どの程度の親しさのひとを、
ふくむのか、明確になってません。


でも、こんな根拠も定義もない
ことで、ひとは延々と悩むのです。

つまり、アタマが、そういう
根拠のない、むだな思考をするたびに、

自己否定は助長されていくのです。

自己否定に走るひとは、
自分の脳の妄想に、
翻弄されているだけなのです。


とはいっても、ここで、
「脳よ、しっかりしろ!」とか
叱咤激励しても、

これまでの習慣は、
そうそう簡単に変更できません。

そこで、こんなときには、
からだからアプローチ。

こころとからだは、完全に一体です。

こころ(アタマ)を動かしたいとき
は、からだを動かせばいいのです。



妄想をはずすためのポイントは、
からだをゆるめることです。

がちがちになっている思考は、こり
かたまって、こびりついています。

まず、ゆるめて、
それをはがしてやります。


できるだけ、
楽なかっこうをしてください。

あおむけに寝っころがって、
深く呼吸してみてください。

それから、静かにからだを揺らします。

海にただよっているイメージを、
思い浮かべてみてください。

「ゆらゆら、ちゃぷん、ちゃぽん」
と、声に出してみると、さらに有効♪


リラックスしやすい音楽をかけると、
もっと効果があがります。

アロマとか、好きなかおりがあると、
さらにいいですね。

クッションとかぬいぐるみとか、
ぎゅっとハグすることで、より
リラックスできるひともいます。

おためしあれ。


自己否定をしているひとのからだは、
一様に、かたくなっているのです。

どちらも選べる自分

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。


今回は、★今日のフォーカスチェンジ♪より、「どちらも選べる自分」です。




ひとは、生きているうちに、
知らず知らず、

自分の「境界」というものを
決めてしまうようです。

子どものころから見聴きし、
慣れている情報の範囲で、

自分の生きかたを決めてしまうし、

ときに、ひとの生きかたまで、
制限してしまいがちです。


それは、おそらく、太古の昔、

知らないものは、いのちの危険が、
ともなったからでしょうか。

そのDNAが、いまも私たちのなか
に、残っているのでしょうか。


それでも、太古の昔から、

ときに、過去の誰もやらなかったこと
に、挑戦するひとびとがいました。

山に分け入り、海をわたり、
未知の世界に踏み入りました。

もちろん、そのために、
いのちを落とすものたちも
おおぜいいたでしょうが、

私たちのご先祖さまたちは、
果敢に、未知への挑戦をつづけ、

その結果としてのいまを、
私たちは受け取っているのです。


このちがいは、
どこから来るのでしょうか。

気質のちがいでしょうか?
環境のちがいでしょうか?

もちろん、それらもあるとは思います。


けれども、それだけでなく、
この、未知へのあこがれの気持ちも、

やはり、DNAのなかに、
眠っているのだと思うのです。

変化をおそれる気持ちと、
変化をもとめる気持ち。

その両方を、私たちは、身のうちに、
そなえていると思うのです。


なぜなら、変化しないものは、

環境の変化に対応できず、
いつかほろびてしまいます。

変化しつづけるものは、ときに、
秩序をみだすものになりえます。

どちらにも、意味はあるのです。
どちらにもリスクはあるのです。

ただ、もしかしたら、いまは、
後者へのおそれのほうが、

強くはたらいている
時代なのかもしれません。


もしも、坂元さんの生きかたのなかで、
変化をおそれる気持ちがあったなら、

それはそれで、ありなのだと、
みとめてあげてください。


けれども、その気持ちが、どこかで、
自分を窮屈にしているのなら、

そうではない気持ちも、
本当は、自分の内にあるのだと、

それを選択する自由も、
自分にはあるのだと、

自分自身に、教えてあげてください。


いつか、必要なときに、
それを使うことができるように。

どちらも選べる自分でいられるように。

「三方良し」経営の原動力

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。


今回は、国際派日本人養成講座 ■■より、 創造、成長、利他~「三方良し」経営の原動力です。


 創造、成長、利他を喜ぶ人間のパワーを引き出すことが、三方良し経営の原動力。


■1.大阪府松井知事がパリで説いた「三方良し」

 6月14日、パリで開かれた博覧会国際事務局(BIE)総会で、2025年の万国博覧会誘致を目指す大阪府の松井知事が「河内弁英語」でPRをした。その中で、大阪・関西では古くより『売り手』『買い手』『世間』の3者が満足する形『三方良し』で物事を進める和の精神が重んじられてきた」と説明した。[1]

「三方良し」は、日本の経営のフレームワークとして、拙著『世界が称賛する 日本の経営』[a]の中で紹介した。アメリカから入ってきた株主資本主義的経営では「株主良し」しか視野にないが、日本的経営では、従業員も含めた「売り手良し」を考え、さらに顧客のための「買い手良し」、社会のための「世間良し」も同時に追求する。

 今まで多くの日本企業がこの「三方良し」を追求してきたからこそ、江戸日本は260年にも及ぶ平和と繁栄の時代を築き、明治・大正の日本はわずか半世紀で欧米に追いつき、戦後は世界史の奇跡と呼ばれる経済復興と高度成長を実現した。

 ところが、昨今の日本企業は米国から入ってきた「株主良し」経営が「グローバル化」だと勘違いして、三方良し経営の強みを忘れ去って、活力低下を招いている。逆に欧米の卓越した企業は三方良し経営の強みを学んで、競争力を強化している。これが『世界が称賛する 日本の経営』での主張点であった。

「三方良し」の追求は企業経営に活力をもたらす。それは三方良し経営が、人間の持つ3つの特質、すなわち、創造、成長、利他を喜ぶという特質に立脚し、そこから来るパワーをフルに活用するからである。本稿では、この点をもう少し考えてみよう。


■2.創造の喜び

 まず、人間は自分なりに何かを創り出す事に喜びを感ずる。たとえば『世界が称賛する 日本の経営』では、日本電産の創業者・永守重信(ながもり・しげのぶ)の語る次のようなエピソードを紹介した。[a, p22]

__________
 永守が出張先で取引先の担当者に人気のラーメン店へ連れていってもらったときのこと。人気店というが店構えはごく普通だった。だが、永守が店の入口に立つと、店内から若い店員が飛んできてドアを開け、「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。そして注文を聞くと厨房に大きな声で伝えて、親しみを込めた笑顔で「お客さんは関西からですか」と話しかけてくる。
その間も店の入口に気を配り、新しい客が来ると永守のときと同じように、客を迎えている。しばらくして、出てきたラーメンを食べてみると、特別美味しいわけではない。

 つまり、ラーメンの味が他店より五倍美味しかったり、五倍の速さで出てきたりはしない。しかし、店員たちの接客のよしあしで、客の気分を百倍よくすることは難しいことではないのだと。店が繁盛しているのは、店員の意識の高さ、つまり経営者の意識の高さによるものだと。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 株主良し経営では、店員はお客が来たら、空いた席に案内し、注文を聞いて、、、等々、仕事を標準化して、バイト店員でも即戦力として使えるようにする。そうすれば誰でも雇えるから賃金は安くて済み、また売れ行きが落ちて人が余ったらすぐクビにできる。そうして人件費を切り詰めて、株主だけが儲けるようにする。

 従業員は「手足」であって「頭」なぞ使わなくて良い、というのは奴隷制に通ずる考え方である。欧米社会においてはギリシャ・ローマの昔から、アメリカの黒人奴隷に至るまで奴隷制が広まっていたので、企業経営もその発想から、従業員は言われたことをやっていれば良い、というシステムになってしまったのだろう。


■3.創造の喜びが後押しする三方良し

 奴隷制がそれほど広まらなかった我が国では、経営においても自然に従業員一人ひとりの創意工夫を発揮させる方向に向かった。そして、各人に自分の仕事にどのように取り組めば良いかを考えさせる。

 このラーメン店の店員は、お客が来たらさっとドアを開け、親しみを込めた笑顔でお客に接する、ということを実行している。それは自ら考え出した事ではなく、先輩の真似をしたのかもしれない。たとえ真似にしても、先輩のやり方を観察して自分でもやってみて、その効果を自分で判断する、というのは創造的な行為である。

 こういう客扱いによって、自分も元気が出るし、顧客も気持ちよく、店の売り上げも上がる。客が増えれば、地元の商店街も活気が出る。こうして、この店員は自分の働きを通じて、売り手良し、買い手良し、世間良しに貢献しているのである。

 人間はこのように創造力を発揮して、何かを自分なりに考え出すことに喜びを感ずる。この店員は自分の創意工夫が良い結果をもたらした事を達成感と誇りを感じているだろう。逆に、お前は余計なことを考えずに言われた通りの仕事をしていればいい、と創意工夫を妨げられていたら、彼は不満を感じるはずだ。

 創造の喜びを味わった従業員はさらなる創造に向かう。それがより良い三方良しを実現していく。創造の喜びが三方良し経営の原動力の一つなのである。


■4.成長の喜び

 第二の人間の特質は自己の成長を喜ぶことである。

 日本電産は経営の傾いた企業を50社以上、買収したり、合併したりして立て直してきた。その際に、一人の人間も切ることなく、ただ数人の役員を指導に送り込むだけである。そして彼らが最初に教えるのは「6S」すなわち、整理・整頓・清潔・清掃・作法・躾の6つの「S」だ。

 床に落ちたものを拾い、真っ黒に汚れた作業服を洗濯し、汚れた設備を磨く。すると会社の業績がみるみる上がっていく。それを経験した従業員は言う。

__________
 社員が「磨けば短時間に光ってくる」「その効果が目に見えてわかってくる」って言うんです。ある種の達成感というのか。みんなでやれば成果が出る。そういうことを体感させてくれた部分がある。

 不思議なもので、便器を自分で掃除すれば、その後きれいに使おうと思いますし、人にもきれいに使ってもらいたいと思います。何か壊れているものを見ると、「あ、会社のものが壊れている」という気持ちになります。
今までは壊れたら総務に言えばいいとか、自分にはあまり関係ないという世界だったんですけど、意識が変わりました。ものを大切に使おうとかそういう気持ちは自然に芽生えつつあります。何か自分のもののように感じる、親身に感じてくるんです。[a, p24]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 自ら整理整頓に取り組むことで、それが生産性や品質を良くする事を知る。その成果を通じて自分の成長を実感し、嬉しく思う。

 成長の喜びは人間の本性に根差したものだ。赤ちゃんが初めてよちよち歩きできた時は、嬉しそうな顔をする。子供が初めて自転車に乗れた時や、大人もゴルフでベストスコアを出した時にも何とも言えない喜びを感ずる。人間は様々な分野で成長したいという欲求を抱き、自らの成長を実感した時に嬉しく感ずるのである。


■5.成長の喜びを内包する終身雇用制

 日本企業では、昔から、従業員の成長を前提とした経営をしてきた。たとえば昔の商店では子供を丁稚(でっち)として雇い、掃除や飯炊きから始めて、仕事の基本を教え込んでいく。丁稚は仕事の一つひとつを覚え、できるようになるたびに成長の喜びを感ずる。やがて一人前になると暖簾(のれん)分けをしてもらって、自分の店を持てた時には格別の嬉しさを味わう。

 近代の日本企業においても、終身雇用制によって、学校を卒業したばかりの青年を雇い、じっくり職場で仕事を教え込んでいく。さらに営業から始めた人には生産管理や調達など、別の分野の経験を積ませたりもする。経験を積み、能力が伸びるのにしたがって、係長、課長、部長と昇進させていく。

 終身雇用制とは単に企業への忠誠心を育てる、という側面だけでなく、長期安定雇用の中で従業員をじっくり成長させるという本質がある。

 この点、株主良し経営では、企業の中で従業員を成長させようという発想はない。あるポジションが空いたら、それに適した経験者を即戦力として外部から雇う、というのが原則だ。ポジションに見合った能力を持たない従業員はクビにする。従業員の方も、より良いポジションを求めて、他社に応募する。

 三方良し経営では従業員に成長の喜びという「売り手良し」を提供する。従業員の能力が高まれば、より高い顧客満足を達成でき、「買い手良し」につながる。さらに成長した従業員は、より良き国民となるので、それが「世間良し」ともなる。従業員の成長の喜びが、三方良し経営の第二の原動力である。


■6.利他の喜び

 三方良し経営の第三の原動力が「利他の喜び」である。人間には自己保全のための利己心があるが、それが満たされると今度は世のため人のために役に立ちたい、という欲求を持つ。

 約50人の従業員の中で、知的障碍者が7割を占める日本理化学工業で、知的障碍者の採用を始めたのは、近くの養護施設から、卒業する二人に働く体験をさせてくれないか、と依頼された事がきっかけだった。二人の少女を受け入れたのだが、その仕事に打ち込む真剣さ、幸せそうな顔に周囲の人々は心を打たれた。

 社長の大山泰弘(やすひろ)さんは、「会社で働くより施設でのんびりしている方が楽なのに、なぜ彼らはこんなに一生懸命働きたがるのだろうか」と不思議に思った。

__________
 これに答えてくれたのが、ある禅寺のお坊さんだった。曰く、幸福とは「人の役に立ち、人に必要とされること」。この幸せとは、施設では決して得られず、働くことによってのみ得られるものだと。[a, p59]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 株主良し経営では、従業員は給料目当ての利己心で仕事をしている、と考える。三方良し経営では、従業員は自分のためばかりでなく、仲間のため、お客のため、世間のために働くことを喜ぶ利他心を持つ、と考える。「人の役に立ち、人に必要とされること」が幸福だという利他心が人間の特質だという人間観があるのである。


■7.利他心のパワー

 株主良しだけを狙う経営と、三方良しを追求する経営と、どちらが従業員の生産性を高めるのだろうか?

 よく言われるのは、株主良し経営では成績の悪い従業員はすぐに首になるので、必死で働く。だから、終身雇用制でぬるま湯に浸かった従業員よりも生産性が高い、という説である。

 しかし、これは終身雇用制が形骸化して、三方良しなど忘れ去った日本企業について言えることだろう。経営者が従業員全員に対して、常に三方良しの実現に向けて後押ししている企業では、緊張感のある職場が実現できるはずだ。

 また、首になることを恐れて必死で働く、というのは、発展途上国ならまだしも、先進国社会においては、真の動機づけにはならない場合が多い。

 人間、ある程度、豊かになれば、利益による動機づけは次第に効力を失っていく。年収1千万円の人に「1億円払うから10倍働け」と言っても、「いやもう収入は十分だから、もっと自由な時間が欲しい」などと応じない人も多いだろう。また一生懸命頑張っても、儲けるのは株主ばかりとなれば、従業員の方も面白くないので、手を抜きがちになる。

 それに比べて、三方良しのために働くことは、良い意味できりがない。たとえば、豊田自動織機を開発した豊田佐吉は、紡績事業でも巨大な利益をあげるようになったが、

__________
 さて、其の利益をどうされたかと言うと、公債も買わなければ土地も買わぬ。他処(よそ)の会社の大株主や重役にもなられぬ。只次から次へと自分の紡織業の拡張につぎ込まれる。そうして日本の綿糸布の総高の何割は自分の力で出来る様になった。これが今一歩も二歩も進んで、此処までゆけば大分御奉公になるがなあと言って、一人で喜んで居られる。[a, p132]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 このような利他心からの事業欲には際限がない。経営者も従業員も三方良しを目指して事業に取り組んでいけば、もうこれで十分という天井はないのである。しかも、経営者が自分たちのため、世間のために頑張っている姿を見れば、従業員も自ずから頑張るだろう。


■8.「国良し、世界良し、子孫良し」の三方良し国家

 以上、創造、成長、利他の喜びが、三方良し経営の原動力であることを見てきた。そして、これらの人間本来の特質に根ざすことで、三方良し経営は、株主良し経営よりも優れたパフォーマンスを発揮する可能性を十二分に秘めている事が見てとれた。

 従業員に創造、成長、利他の喜びを経験させるということは、人作りそのものである。松下幸之助は「松下電器は人をつくっています。電気製品もつくっていますが、その前にまず人をつくっているのです」とお客に言うように従業員を指導していた。[a, p177]

 三方良し経営で作るべき人とは、創造、成長、利他の喜びを知り、それを自分の仕事、自分の人生で追求する人間である。

 多くの企業がこういう人作りに励めば、それぞれが三方良し経営で繁栄するだけでなく、活力と志ある国民が増えて、国全体も「国良し、世界良し、子孫良し」の三方良し国家となるだろう。

 松井知事は「『三方良し』で物事を進める和の精神」と言われたが、三方良しとはまさに売り手、買い手、世間が和する世界を追求することである。「大いなる和」、すなわち「大和」の国、日本を実現する原理がここにある。
(文責 伊勢雅臣)

最後の神様

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。


今回は、斎藤一人さんの心に響く言葉より…「最後の神様」です。


「死神」というのがいます。

この死神というのは、なぜ「神」という字が付いているのだろう、という話です。

皆さんが思っているような、薄汚れた着物を着たり手にかまをもっていたり、あれは本当の死神ではありません。

あれは妖怪とか、もののけとか悪魔とか、そういうのと一緒にしています。

本当の死神とはいうのは神様なんです。

ひとつの天使と言ってもいいんです。


なぜかというと、人間は過去を引きずって生きています。

小さいとき失敗した、親に怒られた、いろんなことを引きずって生きています。

その引きずっている過去から切り離してくれるのが、実は最後の神様なんです。


これはどういうことですかというと、例えばあなたが、「一ヶ月の命だ」「今日一日の命ですよ」と言われたとします。

もし今日一日の命だとしたら、「行きたいところに行こう」それから愛する人に「お世話になりました」と言おうとか、そういうことになります。

死ということを考えると。


親もずっと生きていると思うんじゃなくて、いつ死んじゃうかわからないと思うと、「ご飯のひとつも食べさせたいな」「おすしでも食べさせたいな」「あんな貧しい中から自分のことを良く育ててくれたな」とか、いろんなことを思います。

それと、私は仕事をしていて、いつも死というものを考えます。

ひとたび死というものに会うと、どんな会社をつくり、どんな財産をつくり、どんなに土地を持っても一瞬にしてなくなります。

そうすると、人間って何をするべきなんだろう。

ただ、ただ、死を恐れるんじゃなくて、死というものがあるんだと考えただけで、そんなにごうつくばりみたいなことしなくたっていいんだ、今、幸せじゃないかと、それから、人が喜ぶ講演会でもやったほうがいいんじゃないか、と思います。


人は死というものを恐れて、毛嫌いして生きてたけど、それは悪魔がそう思わせるんです。

死神が取りついて自殺しちゃったとかというのもあるけど、それは寿命が来る前に勝手に死んだ人にとりつく「もののけ」か「悪魔」です。


人は、死んでまた生まれ変わり、何度も生まれ変わりするものだから、その迎えに来てくれる死というものを、怖いものだ怖いものだと思わせようとするのは悪魔の仕業なの。

それより、もしかしたら自分もいつ死ぬかわからない。

そして相手も、目の前にいる人も、いつ死ぬかわからない。


でも、いらいらしてガガガッと「おまえなんか大嫌いだ」と、ほんとうは愛している人に言っちゃうこともあるの。

でも、そのまま相手が死んじゃったら、あいつに何てことを言ったんだろうって、逆に言うと、自分が死んじゃったら、自分はすごく子どもやなんかを愛したのに、「ほんとはおまえなんか大嫌いだ」って言っちゃった。

その日に自分が死んじゃったら、自分は何て思うだろう。

そういうことを考えただけで、人はまともに愛の道に戻れるの。


『地球が天国になる話』KKロングセラーズ





『捨てて』

どんな大事なものでも

荷物はみんな捨ててください

自分のからだも捨てるんですよ

……三途(さんず)の川の番人のことば……


どんなに財産があろうが、いい車を持っていようが、また、どんなに美人であろうが、鍛えられた肉体であろうが、死んだらあの世に持ってはいけない。

この世に残していけるものは、人の心に残した言葉や、愛や、想いやあるいは、憎しみや悲しみだけ。


もし、明日この世を去るとしたら…

人を傷つけたり、悲しませることだけはしたくない。

毎日、感謝の気持ちで、愛ある言葉を発したい。

「損」を恐れるから失敗する

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。


今回は、和田秀樹氏の心に響く言葉より…「損」を恐れるから失敗するです。


ウーバーやリフトは便利なサービスですが、日本では規制があってサービスができません。

いわゆる「白タク」扱いになっているからです。

おそらく、タクシー業界の反対などがあって、規制緩和ができないのでしょう。

「得をしたい」という一般大衆の声より、「損をしたくない」という業界団体の声が強いので、現状維持の方向で進んでいきます。


新しいことを始めようとすると、「安全性は大丈夫か?」といった声もあがります。

「利用者に不利益が出るかもしれない。損失を避けたい」という心理から出ていると思われます。

しかし、ウーバーやリフトは、日本より治安の悪いアメリカで成り立っているサービスです。

ウーバーは現金をやりとりするわけではなく、クレジットカード決済で、スマホの中でお金が支払われます。

ですから、現金をやりとりするタクシーより、むしろ安全かもしれません。


民泊の規制を緩和しないのも、既存の事業者が「反対だ」と声を上げ、消費者の中から「心配だ」という人が出てくるからでしょう。

多くの人の「損をしたくない」という気持ちが強すぎて、新しいことは何でも受け入れてもらえない社会になっています。

新しいチャレンジをする事業者は「あぶなっかしい」と見られて、つぶされてしまいます。

それが、20年以上GDPが横ばいという経済停滞の一因になっているのだと思います。

「損をしたくない」人の声が大きいため、新規産業が生まれにくくなっているのです。


また、みなさんは、食事に行くときに、新しい店に入ろうとしますか?

いったんお気に入りの店を見つけると、その店ばかりに行くようになる人もいます。

その店で注文する食べ物も、いつも同じという人もいます。

これは一番損をしない方法です。

行きつけの店で、いつもと同じものを食べれば、ものすごく得をすることはありませんが、損失はほぼゼロに抑えられます。


違う店に入り、食べたことのないものを注文して、「しまった。おいしくない」と後悔するリスクを避けることができます。

その裏返しで、「こんなにおいしいもの、初めて食べた!」と感動するチャンスは失っているかもしれません。

「得」を中心に考える人は、リスクを覚悟して新たなチャレンジをしますが、「損をしたくない」という気持ちの強い人は、リスクを避けて無難なほうを選びます。


人間関係にも当てはまります。

いつもの仲良しメンバーで集まっていれば、安心感があって、損をすることはまずありません。

楽しいときを過ごすことができます。


ただ、毎回同じメンバーだけで固定されて、それ以外のつき合いがなくなってしまうと、新たな人に出会って刺激を受けるチャンスはなくなってしまいます。

損をすることはありませんが、得をすることもなくなってしまいます。

損失回避性は、「現状維持バイアス」とも言われるように、現状志向です。

あまりにも現状維持志向が強すぎると、ワクワクすることがなくなる可能性がありますから、「損」と「得」のバランスをとることも大切です。


人間には「損失を回避したい」という心理特性があります。

しかも、人間は「得」よりも「損」に強く反応してしまい、損失回避性は非常に大きな原動力となります。

損失回避性がうまく生かされればいいのですが、目先の損を回避することばかりに目がいって、長期的な損失を生んでしまうことがあります。


不正会計や数値の改ざんなどの事件は、「いま、損をしたくない」と思いすぎて、間違った行動をとってしまったのでしょう。

すでに損失が出ている損失局面では、何とかして損を回復したいと思うがゆえに、リスキーな選択をし、よけいに損が膨らんでしまうことも起こりがちです。

ギャンブルで負けている人が、一発逆転を狙おうとして非常にリスクの高い勝負に出てしまったり、すでに投資した額を損失にしたくないために追加投資する、コンコルド効果のような例もあります。


「損をしたくない」という気持ちが強すぎると、何事も保守的になって、チャレンジをしなくなるケースもあります。

環境が変わっているのに、現状維持志向で何も新しいチャレンジをしないと、かえって大きな損失を抱える可能性もあります。

損失を避けたいというのは、人間の生来の心理特性ですから、変えようがありません。

しかし、心理特性は変えられなくても、そのことを知っていれば、その心理特性に陥っていないかどうかという自己モニタリングは可能ですし、判断や行動にマイナスの影響が出ないようにすることはできます。


正しい損失回避とは、目先の損失の回避ではなく、長期的な損失を回避するための判断と行動です。

優れたリーダーたちは、人間の心理特性を知り、それを判断や意思決定に生かしています。


『「損」を恐れるから失敗する』PHP新書





損したことや失敗したことばかりに焦点(しょうてん)を当てる人は、新たなチャレンジをすることを躊躇(ちゅうちょ)する。

また損(失敗)したらどうしよう、と怖くなってしまうからだ。


楽天的な人は、得することや成功することに焦点を当てる。

楽天的な人の思考は、「肯定的」「前向き」「楽観的」「プラス発想」。

「これが成功したら楽しいだろうなぁ」、とワクワクするから、新たなチャレンジできる。

だから、何度失敗しても、めげずにチャレンジできる。


「私は失敗したことがない。 ただ、1万通りの、 うまく行かない方法を 見つけただけだ」

というトーマス・エジソン の言葉がある。


失敗も損も、勉強の一つ。

失敗や損を恐れず果敢(かかん)にチャレンジできる人でありたい。
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鹿児島市西千石町のフレッセ厚生市場内にある靴修理・鞄修理・合鍵作製の店「リペアショップ鹿児島店」です。

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