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水を飲むときに「ありがとう」

テーマ:ブログ
リペアショップ鹿児島店の坂元です。


今回は、小林正観さんの心に響く言葉より…水を飲むときに「ありがとう」です。


私は49歳のとき、年相応に頭髪の半分が白くなっていました。

それで、水分を取るときに「若返らせてくれてありがとう」と声をかけて、飲むようにしました。

すると1ヵ月後に、なんと髪の毛が真っ黒になりました。


次のような事例もあります。

アトピー性皮膚炎だった人ですが、水分を飲むときに「正常な細胞にしてくださってありがとう」と言って飲んでいたら、ありがとうと言いはじめてから2週間で腫(は)れが引き、4週間後には完全にかさぶたが取れたそうです。


若い人のことを「みずみずしい」と表現します。

日本人は「若さとは、水分量によるものである」と科学的にわかっていなかった時代から、若さを「水」にたとえるという、すばらしい文化を持っていました。

「水もしたたるいい女」という言葉もありますね。

みずみずしい女性、という意味です。


NASAの最新の仮説理論では、地球上に存在する水は「大気圏外から飛んできた氷」かもしれないそうです。

NASAが、何万コマという人工衛星からの写真を分析した結果、地球の上空1万5000km~2万kmのところに、なんと氷が浮かんでいたのだそうです。

どうやら、氷がある一定量、大気圏外から毎日飛んできて、地球の引力にとらえられ、上空に浮かんでいるということらしい。


水というのは、宇宙から飛んできた「地球上の生物が好きで好きでしょうがない」という生命体のように思えます。

地球上の生物の体の中に入って、生物の役にたちたいという、はっきりとした意志を持っているようです。


その水に対し、自分の体内に入ってくる前に、ある方向性(たとえば、若さ・美しさ・健康など)を与えてあげると、水はそのとおりに働く。

ですから、水を飲むときだけでなく、お風呂に入るときや、顔を洗うときも、「若返らせてくれてありがとう」と言うといいかもしれません。


炊き立てのお米は90%が水、果物や野菜は98%が水ですから、食べ物に対して、「体に悪い」「まずい」と否定的な感想を言いながら食べていると、ほんとうにそのように方向づけられてしまいます。

水が、腐り始める。


ある週刊誌のグラビアで、次のような実験が紹介されていました。

スメタナ作曲の『モルダウ』を聴かせた水は、非常にきれいな結晶になった。

ショパンの『別れの曲』を聴かせたら、バラバラの結晶になった。

ヘビーメタルを聴かせたら、ぐちゃぐちゃな結晶になった。

「よくできたね」と言ったら、桜の花びらのようになった。

「ムカつく」「殺す」と言ったら、ぐちゃぐちゃになった。

「ありがとう」「愛しています」と声をかけたら、いちばんきれいな形になった。


人間の体の大部分は水分です。

人間も、「ありがとう」という言葉を聞くと、体内の水分がきれいな結晶になり、細胞が元気になるらしいのです。


『神様を味方にする法則』マキノ出版





大人の人間の体は約60%が水で出来ている。

胎児は体重の約90%、赤ちゃんは約75%、子どもは約70%、大人は約60%、そして老人は50%だと言わる。

加齢によって水分の割合は減っていく。


子どもはしなやかで、柔軟だ。

大人になるにつれ、硬くなり、ギスギスして柔軟性がなくなる。

それは、身体の中の水分量の変化と比例している。

そして、この変化は、体も心も同じ。


子供のようなみずみずしさを取り戻すため…

水を飲むときに「ありがとう」といい、身体にも感謝したい。



笑うから楽しくなる

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今回は、中村天風師の心に響く言葉より…「笑うから楽しくなる」です。




《悲しいことや辛いことがあったら、いつにもまして、笑ってごらん。悲しいこと、辛いことのほうから逃げていくから》



いいですか、常に積極的な心をもって応じ、歓喜の念をもって接するようにすれば、こころはいたぶられないんです。

といっても、なかなかできない人も多いでしょうから、いちばん簡単な方法を、いまからお教えします。


いいですか、なにか悲しいこと、辛いこと、そのほか消極的な出来事があったら、努めて「笑う」ようにしてごらん。

どうだい、これならあなた方でもできるだろう?

多く言うまでもなく、笑えば心もちは、何となくのびのびと朗(ほが)らかになります。

すなわち鬱(うつ)な気が開けるんです。

あなた方も、笑えばこう、なんとなく楽しくなってきやしません?


ためしに、おかしくもなんともないときに、「アハハ」って笑ってみてごらん。

なんだかおかしくなってくるから。


悲しいときや辛いときにも、おかしな話に引きこまれると、なんだか笑っているうちに悲しいのや辛いのを忘れはしなくても、やわらいだっていう経験おありでしょう。

笑うにつれ腹がたってくるとか、悲しくなってくるとか、辛くなってくるってことは、絶対にないんです。

この簡単な事実を、案外にも多くの人は見のがしていやしませんか。

この笑いの効用を応用すれば、すこぶるいい結果を人生に招くことができるんですよ。

このことに気づいている人が少ないようですなあ。


考えてみればすぐおわかりになられることなのですが、そもそもこの笑いというものは、生きとし生けるすべての生物の中で、われわれ人間だけに与えられている特殊の作用なんですぜ。

ほかの生物の世界には、人間のように笑うという表情をもって、心の喜びをさかんに表現する特別の作用はだんぜんありません。

こうした事実を厳粛に考えますと、笑いというのは人間のみ与えられた特権だってことがわかるでしょう。


昔から言うでしょう、「笑う角には福きたる」ってね。

さあ今日から、努めて笑うことにしましょうや。

とくに悲しいことやつらいことがあったら、いつにもまして悲しいこと、辛いことのほうが逃げていくから…。


『君に成功を贈る』日本経営合理化協会




「楽しいから笑うのではない。 笑うから楽しいのだ」

ウィリアム・ジェームズ (アメリカの心理学者・哲学者)の有名な言葉だ。


『脳は、先に口にした言葉に対して、不条理・不合理を認めず、合理的な事実に当てはめて解釈しようとする働きがあります。

先に「ありがとう」と言ってしまうと、その瞬間から、脳は「ありがとう」を探しはじめるようにできているそうです』

小林正観さんの言葉だ。


これは、「笑い」も同じ。

笑えば、笑う材料を脳は探し始める。

すると、もっと笑いたくなるような状況がやってくる。


多く笑えば、人生はもっと楽しくなる。




IT革命の本質とは

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。


今回は、夏野剛氏の心に響く言葉より‥‥「IT革命の本質とは」です。


日本の長所でもあり短所でもありますが、従来の社会に存在しなかったものが登場すると、まずネガティブに反応します。

そして過去のルールに照らし合わせて、どこに該当するかを探して規制しようとします。

そもそも、法律や社会制度は、その時点で存在しない要素を想定せずにつくられているものですが、現在の秩序を守るために、半ば強引に該当項目を見付けようとするのです。


これに対して英米法では、新しいものが出てきても、法律で禁止されていなければ問題ないと考えます。

ですから、新しい技術やサービスが生まれると、「とりあえずやっちゃえ」と社会に送り出す人が現れる。

それが社会に浸透し、どこかで混乱が起きて初めて、法律が制定されたり、社会制度が変更されたりします。


日本とアメリカ、どちらの考え方が良いか悪いかに関しては各議論がありますが、少なくともテクノロジー進化やその活用という点に関しては各議論がありますが、少なくともテクノロジーの進化やその活用という点に関して言えば、英米法的な考え方のほうがはるかにスムーズに進みます。

日本人も、個人としては「便利なものは使っちゃえばいいじゃん」と簡単に受け入れますし、新しいものを使いこなすことも得意です。

学校でLINEが禁止されていても、プライベートな世界ではどんどん広がっていくというようなことはよくあるのではないでしょうか。


問題は、新しいものを拒絶する日本的なマインドセットが、国の法律のレベルから行政指導、そして会社の経営、ビジネスのアプローチにまで浸み込んでしまっているということです。

このままでは、いつまで経っても、私たちがIT革命の恩恵を受け、再び成長していくことはできない。

まずはこの認識からスタートしなければいけません。


では、私たちが取り入れるべきIT革命の本質とは何なのか。


まず1つ目が「効率革命」です。

従来現実社会で行われていたことが、ネットを介することによって劇的に効率化されました。

例えば、「アマゾン」を始めとするECサイトの登場です。

これにより、書店での購入が一般的であった書籍は、ネット上で簡単に買うことができるようになりました。

食料品、衣料品、家具、電化製品など生活に必要なものがすべて揃い、インターネット環境がさえあれば、いつでもどこでも買い物ができる。

証券会社も同じで、今では個人取引の99%がネット上でトレードされています。

わざわざ証券会社の窓口まで出掛けたり、電話をしたりする必要はなくなりました。

あとは、社内組織の電子化により、効率化され、組織もフラット化されていきます。


2つ目の革命は「検索革命」です。

私たちは、何か知りたいことがあれば、パソコンやスマートフォンで世界中の情報を簡単に検索できます。

あらゆる情報が瞬時に、しかもその多くは無料で入手できます。

この検索革命は、“専門家”の定義を変えました。

20世紀まで、専門家とは、どの組織に属し、どのような業務に従事しているかによって決まっていました。

組織の中でなければ、その分野の情報を得ることはできなかったからです。

しかし現代では、自宅で検索するだけで、どの分野の専門家にもなれるようになりました。

自動車産業で働く人より車に詳しいアマチュアや、JR職員より電車に詳しい鉄道オタクはたくさんいます。

彼らがそこから新たなビジネスを起こし、本当のプロとして活躍することも珍しくない世の中になりました。

しかし、この検索革命の重大さを、多くの経営者が認識していません。

何か購入するものがあれば、わざわざ業者を集めて相見積もりを取るよりも、「楽天市場」で価格を調べたほうがよほど効率的です。

ところが「勤務中にショッピングサイトを開いてはいけない」などと言われてしまう。

挙句のはてに、アクセス制限のフィルタリングや、USBの持ち込み禁止など、無意味な社内ルールを設けている企業が少なくありません。


3つ目は「ソーシャル革命」です。

SNSの浸透などにより、個人の情報発信力は飛躍的に向上しました。

誰もが自分の考えや発見を世界中に発信できるようになった。

検索革命によって情報収集能力が高まった個人が、さらに情報をシェアするためのツールとしてSNSを使うことで、相乗的に触れられる情報の量が増え、お互いに意見交換や議論ができるようになったわけです。

そうして、いわゆる「アルファブロガー」に代表されるように、一般の人の中にも大きな発言力を持つ存在が現れるようになりました。

企業の競争力は、何によってもたらされるか。

仕事をしていると、「ここはこういう風に直したほうがいいな」といった発見や、小さなアイデアといった、個々の社員の“気付き”がたくさん生まれます。

それを共有して横軸にしていくことが、その企業の競争力です。

トヨタに代表される“カイゼン活動”はまさにそうです。

作業効率の向上や安全性の確保などに関して、経営陣から指示されるのではなく、現場の作業者が中心となって知恵を出し合い、ボトムアップで問題解決を図っていく。

これを全社的に共有し、品質向上や効率化を進めていくスピードによって、日本の製造業は一気に競争力を得たわけです。

ここで重要なのは、その気付きが個人によってもたらされたということです。

個人の気付きが共有され、蓄積されることで企業の競争力は高まっていきます。

個人と組織の関係性が、常に競争力の源なのです。


『自分イノベーション』SOGO HOREI





一昔前まで、中国の情報インフラの低さに、誰もが到底これは先進諸国には追い付かないだろうと思われていた。

しかし、現在は「飛び級的進化」と言われ一躍時代の寵児に躍り出た。


「イノベーションの普及が飛び級型で進むのが中国市場だ。

電話は固定を飛ばして携帯があっという間に広がった。

利用者の大半がスマホを使い、通話はアプリ経由がほとんど。

映画やドラマなど映像コンテンツの視聴はビデオテープやDVDの時代を経ず、ネット配信に進んだ。

飛び級型の革新には利点がある。

既存のインフラや既得権益者ら守旧勢力の妨害が起きにくいのだ」日経新聞(2017.10.16)


中国では、市場の屋台でもスマホで決済ができる。

日本がまごまごしている間に、あっという間にキャッシュレス化が進んでしまった。

それが、さらに進み、個人の信用(格付け)もスマホ決済が普及したおかげでできるそうだ。

その結果、自分の信用のスコアを上げるため、「品行方正な人」が増えてきたという。

中国人に今まで一番か欠けていたのが「信用」、と言われていたのが、このスマホ革命によって変わるかもしれない。


日本は、まさに旧勢力(既存の利益を守る集団)が多く、あらゆる業界がガラパゴス化する危険性がある。

飛び級ができないのだ。


「IT革命の本質」は個々の力を生かすこと。

一人ひとりが自分の力を発揮し、この大変革の時代を乗り切りたい。

あなたのいのちの想い

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。

今回は、かめおか ゆみこさんの★今日のフォーカスチェンジ♪より
「あなたのいのちの想い」です。




こころのしくみの第7原則。

いま・ここ・じぶん


生きているのは、いましかありません。

生きているのは、ここしかありません。

生きているのは、この、じぶんです。

私たちは、いま・ここ・じぶん、
しか生きられないし、

言い換えれば、
そのために生まれてきたのです。


どんなにブレても、
どんなに揺れても、
どんなに迷っても、

そこにもどってくれば、いいのです。

そこがすべてなのですから。


こころのしくみのお話を、
してきましたが、

では、こころは、
どこにあるのでしょう?

脳のなかにあるのでしょうか?

心理学の世界でも、最終的な
こたえは出ていないようですが、

たとえ脳のなかにあるのだとしても、
脳だけでは、ひとは存在できません。


私は、こころは、脳もふくむ、
からだそのものにあると想っています。

もっといえば、
このいのちの存在そのものに。

それが、
「いま・ここ・じぶん」なのです。


過去や未来にふりまわされるのは、
脳であって、からだは、いつでも、
「いま」にあります。

ひとの環境をうらやむのも、
脳ですが、

からだは、いつでも、
「ここ」にあります。

そして、「じぶん」は、
自分以外には存在しません。


なのに、なぜ、脳は、
そのことを忘れるのでしょうか?

忘れるどころか、
否定さえしてしまうのは、なぜ?

それは、すべて
脳のかんちがいなのですが、

最近の私は、そのかんちがいさえも、
こころのしくみのひとつではないかと、
考えるようになりました。


なぜ、かんちがいをして、苦しむのか。

「気づく」ためです。

「気づいて」、本来の場所にもどる
体験をするためです。

「いま・ここ・じぶん」という、
いのちのありかに。


もともと、宇宙に偏在する
エネルギーだった私たち。

それが、「ひと」という存在に
かたちを変えて、

「いま・ここ・じぶん」を
生きているのです。

それを行動であらわすのが、
「からだ」であり、

それを感じるのが、「こころ」です。


私たちは、「こころ」を、
さまざまなかたちで、使ってきました。

ときに、苦しみのために、
ときに、かなしみのために、
ときに、怒りのために、

あるいは、愛のために…。


すべてが、必要な体験でした。

体験こそが、私たちの生きる意味です。


その体験を経て、いま、
こころは、あなたに問いかけます。

あなたは、どう生きたいの?

あなたは、どうありたいの?


いま・ここ・じぶんに立ちもどって、
どうぞ、聴いてください。

あなたのいのちの想いを…。

トントンという音

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。


今回は、医師、鎌田實氏の心に響く言葉より…「トントンという音」です。


生きるって大変なこと。

これまで、たくさんの生と死に関わって生きてきました。

73歳のおじいちゃんの話をしましょう。


徐々に痩せてきました。

背中が張ると言って、外来にやってきました。

血液の検査や超音波検査、CTの検査をしました。

後腹膜に腫瘍が見つかりました。

すい臓がん。

リンパ腺にも転移がありました。


ご本人と優しい奥さんと、何度も治療法について話し合いをしました。

東京の息子さんも話し合いに参加しました。

おじいちゃん自身は、

「もういいな。手術はしたくない。抗がん剤が少しでも期待できるなら、苦しくない範囲で1回試してもいい」

これがおじいちゃんの自己決定でした。

自分の行く道を自分で決めたのです。

奥さんも息子さんも賛成しました。

僕自身がこの人の立場だったら、僕もこの選択をしたかなと思いながら、

「全力で支えさせていただきます」

と何度もの話し合いをまとめました。


ご本人の希望で緩和ケア病棟に入院しました。

「やるだけのことはやった。もういいな。とにかく苦しいのは嫌だな」

緩和ケアが始まりました。

痛みが取れると、彼は再びニコニコし始めました。

それでもご飯は食べられません。

「匂いを嗅いだだけで食べられなくなる」


「でもね先生、もう1回ご飯が食べたいな」

横についている奥さんが黙ってうなずきました。

「先生、1回外出させてください。気分を変えてあげたい」

根拠はないけどいいことだと思いました。

賛成、賛成と背中を押しました。

おじいちゃんもニコッと笑顔を見せました。


翌日、息子さんは東京の会社を休み、飛んできてくれました。

お昼から半日、家に帰りました。

夕方7時頃、おじいちゃんが病室に戻ってきました。

病室へ伺うと、おじいちゃんはニコニコしていました。


「先生、トントンがよかった」

「トントンって何ですか?」

「家に戻って、いつも自分が座るところに座って、夕陽が落ちるのを見ていました。

先生、夕陽がきれいでね。

目を奪われていたんです。

この庭も見納めかなと思っていました。

その時です。

お勝手からトントンという音が聞こえだしたんです。

女房のまな板の音です。

こんな音、何十年も聞き続けていたはずなのに、一度も意識したことがありませんでした。

女房もきっと意識していないんです」


奥さんが言葉を受け取った。

「何も意識していません。でも、この人が家に帰ってきてくれて、私はうれしくて、無意識の中で心が躍っていたんです」

おじいちゃんが続けた。

「まな板のトントンという音を聞きながら、生きてきてよかったと思ったんです。

シューッとご飯ができあがる音も聞こえてきました。

匂いも伝わってきたんです。

食べ物が運ばれてきても、その匂いだけで吐き気が出てたべたくなかったのに、音も匂いも心地がいいのです。

先生、食べれたよ。

お茶碗に3分の1ぐらいだけど、うまかった。

もう思い残すことはありません」


奥さんと息子さんが下を向いて泣き出しました。

このおじいちゃんは間違いなく生きている。

死は近づいているかもしれない。

けど、そんなことはどうでもいいんだ。

いま生きているという実感が大事。


『1%の力』河出書房新社




富山県の砺波市という町に、ガンで亡くなった井村和清さんという方がいた。

彼は医師だった。

右膝に巣くった悪性腫瘍の転移を防ぐため、右脚を切断したが、その甲斐もなく、腫瘍は両肺に転移してしまった。

そして、昭和54年1月に亡くなったが、その時の遺書がある。


「ただ、ようやくパパと言えるようになった娘と、 まだお腹にいるふたり目の子供のことを思うとき、 胸が砕けそうになります。

這ってでももう一度と思うのです。 しかし、これは私の力では、どうすることもできない。

肺への転移を知った時に覚悟はしていたものの、 私の背中は一瞬凍りました。

その転移巣はひとつやふたつではないのです。

レントゲン室を出るとき、私は決心していました。

歩けるところまで歩こう。

その日の夕暮れ、アパートの駐車場に車を置きながら、 私は不思議な光景を見ていました。

世の中がとても明るいのです。

スーパーへ来る買い物客が輝いてみえる。

走りまわる子供たちが輝いてみえる。

犬が、垂れはじめた稲穂が、雑草が、電柱が輝いてみえるのです。

アパートへ戻ってみた妻もまた、手をあわせたいほど尊くみえました」『いま、感性は力』(致知出版社)より


人は、死を意識し、覚悟を決めた時、世の中が輝いて見えるという。

いいも悪いも、全ての存在を肯定し、認めるからだ。

そして、いままで何でもなかった当たり前だったことが、この上なく愛(いと)おしく、幸せに感じる。


二度とない人生、この一瞬一瞬を大切に大切に生きてゆきたい。

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鹿児島市西千石町のフレッセ厚生市場内にある靴修理・鞄修理・合鍵作製の店「リペアショップ鹿児島店」です。

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