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勝ち組とは、人をたくさん喜ばせた人

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。

今年1年、「靴修理店 店長ブログ」をお読み下さり有難うございました。




今回は、西田文郎氏の心に響く言葉より…「勝ち組とは、人をたくさん喜ばせた人」です。



「ぼちぼち」稼ぐ人と、それ以上に稼ぐ人の違いは何なのか。

モチベーションの違いである。

「売ろう」というモチベーションで、それを行えば、単なるテクニックがあるだけだ。

一方、「お客さんを喜ばせたい」というモチベーションで行えば、単なるテクニックではなくなる。


どうしたら喜んでもらえるか。

それを真剣に模索するエネルギーが湧いてくる。

他人を喜ばせたいと真剣に思えるかどうか。

「たくさん儲けて自分を喜ばせたい」と思うのは簡単だが、「この人に喜んでもらいたい」と思うのはけっこう難しい。

他人を喜ばせたい…そう思えるのはひとつの能力であり、過酷な競争を勝ち抜くのに一番必要な能力である。

私はそれを「他喜力」と呼んでいる。


〇 消費者を喜ばせようとする他喜力が、ヒット商品を生み出す

〇 お客様を喜ばせようとする他喜力が、店にお客様を集める

〇 会社の上司を喜ばせようとする他喜力が、自分を優秀な人材にする

〇 会社の部下を喜ばせようとする他喜力が、チームの生産性を上げる

〇 配偶者を喜ばせようとする他喜力が、幸せな夫婦をつくる


「売りたい」というモチベーションは、金銭の獲得を目的とする。

「喜ばせたい」というモチベーションは、相手の心の満足や幸福を目的とする。

だから人の心に対する想像力や洞察力、察知力、また共感力も、まるで違ってくるのである。


「他人を喜ばせたい」というモチベーションが、顧客・消費者の心に対する私たちのセンサーを研ぎ澄ませ、今何が一番必要であるかを、ひらめきとして教えてくれる動物的カンを育てる。

多くの人は誤解しているが、競争とは決して他人を負かすことではない。

他人をいかに喜ばせるかということであり、その結果として、競争に勝つのである。

それが今日のような高度消費社会における競争の本質になっている。


●勝ち組とは、人をたくさん喜ばせた人たちである。

●負け組とは、人を喜ばせなかった人たちである。


『大きく稼ぐ経営者になる脳のアップグレード術』現代書林




どれだけ多くの人を喜ばせたかによって、その人の人気度が決まる。

スポーツ界でも、芸能界でも、政治の世界でも、会社や商品でも、それは同じだ。

人気が高ければ、多くのファンや支持者や協力者が増える。


反対に、人を喜ばせなかった人は、不人気で、評判が悪く、人が寄りつかない。

自分の利益ばかり考えている、自己中心的な人だ。


人を喜ばせる人には、愛の言葉がある。

人を気づかい、相手をほっこりさせる「愛語」だ。

人の心を温かくする一番の贈り物は、愛語という温かな言葉。

逆に、人をがっかりさせ、落ち込ませ、嫌な気持ちにさせるのは、愛のない冷たい言葉。


人をたくさん喜ばせる人でありたい。



変化できる人

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。




今回は、赤羽雄二氏の心に響く言葉より…「変化できる人」です。



今後5~10年の間に、仕事の種類が大きく変わっていきます。

AI、ロボット、自動運転、ブロックチェーン、IOT、ビッグデータなどの発展で、多くの仕事がなくなっていくか、集約され、置き換えられていくからです。

その昔、自動車が馬車を置き換えたために御者も馬も必要がなくなったのと同じです。

また、ガス灯に火をつけたり磨いたりする仕事が不要となり、電話交換手の仕事がデジタルに置き換えられ、受付の仕事もどんどんなくなりつつあるのと同じです。


なので、これまでと同じように対応できる、それほど心配することはない、とお考えだとしたら、大きな落とし穴があります。

これまでは、仕事が機械に置き換えられても、機械のオペレーションやメンテナンスの仕事が新たに生まれるので、新しい仕事につくことがある程度はできました。

ところが、AIやロボットがいよいよ実用化されると、人が下す判断や作業が置き換えられていき、オペレーターやメンテナンスの仕事、仕組みそのものがなくなっていきます。

それらをAIやロボットが自己完結させるようになるからです。

しかもインターネットが完全に普及していますので、置き換えのスピードがこれまでになく早まります。


インターネットのはしりは1960年代から、それがワールドワイドウェッブとブラウザの発明により一気に加速し始めたのが1990年代、Amazon、Facebookなどに代表される世界的規模の企業が生まれたり急成長し始めたりしたのが2000年代と、40年以上かかっています。

そうやって確立したインターネットのインフラ上でAI、ロボット、ブロックチェーンは一気に普及しますので、今後の展開スピードはかつてないほど早いと考えておいたほうが安全です。


仕事が変わり、急激にAI、ロボット、ブロックチェーンなどに置き換えられていく中で「変化しない人」は、最初に仕事がなくなります。

これまで給料を支払われていた仕事が次々に自動化されるわけですから、競争力を維持しようとする会社はリストラを急減に始めます。

「変化しない人」は会社としてはお荷物であり、使えたとしてもかなり使いづらい人になります。


AIやロボット、ブロックチェーンは24時間休みなしに働き続けます。

そのために人事管理もモチベーション維持も必要ありません。

オフィススペースも必要ありません。


これまでは、機械にできる仕事には限りがあったために「企業の財産は人だ」などと言っていましたが、情報・データを集め、分析し、判断し、処理をし、契約書を作り、合意をし、販売し、カスタマーサポートをし、プロモーションまで24時間365日無休でしてくれるようになると、話は一転します。

そういったAI、ロボット、ブロックチェーンをいち早く作り上げたところが競争に勝っていきます。

そういった会社の中で「変化しない人」は、急激に仕事がなくなっていくしかないのではないでしょうか。

そうならないと考えるのには、少し無理があります。


「変化しない人」は、自分のこれまでのやり方、できることに固執し、新しい職種への挑戦を拒み、社内の経営改革、生産性向上にも協力的ではないわけですから、会社としては非常に扱いにくい人になります。

その点は十分理解しておく必要があります。

これまで何とかなったのだから、これからも何とかなるはず、という状況にはもうありません。

これまでは「変化しない人」が会社の価値観、社風、スキルを若干でも担保していたという要素があったかも知れません。

変わらないことに価値もあった、という面もなくなかったからです。

ただ、今後、市場や競争状況が激変する中で、もうそのようには百歩譲っても言いづらい、という状況だろうと思います。


一方、「変化できる人」は、変化を楽しみ、新しい職種への配置転換にも進んで取り組み、誰よりも素早く新しい業務に慣れることができます。

新しい業務には誰でもとまどうものですが、「変化できる人」は頭が柔軟で、自分にも自信があって前向きなので、ためらうことなくさっさと動き、先輩にも話を聞いて、ポイントをつかむことができます。

AI、ロボット、ブロックチェーンなどが導入されて社内がてんやわんやになっても、常に冷静沈着で、気持ちの切り替えができ、不足スキルの強化にも取り組むことができるわけです。

人が完全に不要になるわけではありませんから、「変化できる人」は、最初に活躍の場を見つけることができます。


『変化できる人』ぴあ




現代こそ、変化することが求められている時代はない。

ITやAIの劇的な進化により、ありとあらゆるものが変化し、革新しているからだ。

それは、仕事や企業活動だけでなく、日常生活や、学校など、あらゆる分野に波及している。


行徳哲男師は、変化についてこう語る。(感奮語録)より

『変化には3つの特徴がある。

加速性、断続性、波及性の3つである。


変化は断続する。

切断されているから至るところに崖がある。

だから、いつでも身軽に翔べることが大事である。

このような時代に重い荷物を持っていては翔べはしない。

ゆえに、いろいろな持ち物を捨てたり忘れたりすることが必要である。

これからは「忘」と「捨」の時代である。


変化は波及する。

波及の時代にあって経営者は経営学の勉強をしすぎてはいけない。

むしろ経営学以外の勉強をし、裾野を広げることがによって波及する変化をつかまえ、味方にすることができる。

文学や芸術や歴史、そして趣味の世界である。


変化を味方にできる人間こそ、21世紀に生き残る人間である』


過去をいつまでも引きずっている人は、新しく生まれ変わることができない。

だから、子どものような「今泣いたカラスがもう笑う」という、過去を忘れることが必要だ。

そして、過去の成功体験も、栄光も捨てる覚悟がなければならない。

いくつになっても好奇心を持ち、「新しいこと」に挑戦し続ける。


どんなに歳を重ねようと…

変化できる人を目指したい。

占い師の法則

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。




今回は、小林正観さんの心に響く言葉より…「占い師の法則」です。


20代後半の独身の女性が、私のところに相談にきました。

相談の内容は、次のようなものでした。

よく当たると評判の、ある占い師のところに行ったら、

「あなたは2年後にとても素敵な男性と出会って、3年後には結婚します」

と言われたのだそうです。


彼女はとても喜びました。

そして、さらに確信を得ようと、また別の、よく当たると大人気の占い師のところに行ってみてもらったそうです。

すると、その占い師には、

「あなたは2年以内にとても大きな病気をし、3年後には命にかかわることになるかもしれません」

と言われたというのです。


彼女はとても落ち込んでしまって、「どちらを信じたらいいのかわかりません。そのことばかり頭の中をぐるぐるとめぐってしまうのです。私は幸せになれるのでしょうか、それとも死ぬのでしょうか」と相談にきたのでした。

私の答えは簡単です。

その占い師の、まわりにいる人たちを見ればいい。

まわりにいる人たちが、笑顔で、幸せそうで、楽しそうに過ごしているかどうかを、見ればいいのです。


聖なる占い師は、見た目は普通の格好をしています。

そして、まわりには、笑顔で、幸せそうな人たちがいっぱいいます。

とてもいい仲間に囲まれている。

そして、いつも「楽しくなる予言」をしています。


一方で、当たらない占い師は、どういう人か。

過度に荘厳で、重々しく、威厳に満ちた姿、形、格好をしている人が多いのです。

そしてまわりには、笑顔で幸せそうな人はいない。

どこか不幸そうで、悲しく、まったく笑顔のない人たちに囲まれているのです。


「楽しいことを予言」する占い師さんのまわりには、たくさんの幸せそうな人たちがいる。

なぜかというと、その聖なる占い師さんは、いつも人が「楽しくなるように、幸せになるように」という願いを投げかけているからです。

だから、その占い師さんもとても笑顔に満ち、幸せな人生を送っているし、まわりにいる人たちもとても幸せそうな人生を送っているのです。


一方、「悪いことを予言」する占い師さんのまわりには、たくさんの不幸そうな人たちがいます。

悪い予言をした瞬間、予言をしたその人は、無意識に相手の身にそれが実現するように期待してしまうのです。

そうなってもらわなければ、自分の占いが当たりません。

当たるようにと願って、悪い予言を口にする。

当然、投げかけたものは返ってくるので、その占い師自身も幸せにならないし、まわりにいる人たちも面倒な人生を歩むことになるのです。


その法則がわかったら、どちらの占い師を信じたらいいのか、答えは明白です。

幸せになりたいのなら、幸せな予言をしてくれる占い師さんを信じればいいのです。


『ごえんの法則』大和書房




「楽しいことを予言」する占い師さんのまわりには、たくさんの幸せそうな人たちがいて、 「悪いことを予言」する占い師さんのまわりには、たくさんの不幸そうな人たちがいる、という法則は何も、占い師に限った話ではない。

楽しいことや面白いことばかり言っている人のまわりには、幸せそうな人たちがいて、暗くて悲観的なことばかり言っている人のまわりには、不幸そうな人たちがいる。


「友を見ればその人がわかる。 人脈というのは、いわば偏差値であって レベルの高い人の周りにはそれだけの人が集まる。 そしてその欠点をカバーしてくれる仲間を持つ」

と言ったのは松下幸之助(パナソニック創業者)氏。


小林正観さんは、それを、

「人の悪口を言わない人には、悪口を言わない友人が集まってきますし、人の悪口ばかりを言っている人には、悪口ばかりを言う友人が集まります。

毎日が嬉しくて楽しい、と思っている人は、そう思って過ごしている幸せな友人に囲まれるということ。私たちは、自分にちょうどいい人に囲まれています」

という。


自分の配偶者も、友だちも、会社も、すべてが、自分にちょうどいい人に囲まれている。


いつも、笑顔で、幸せそうな仲間に囲まれる人でありたい。



日本人の責務

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。



今回は、伊勢雅臣氏の国際派日本人養成講座 より■■ 「日本人の責務」です。

 皇室の利他心が伝染して、代々の国民の努力で築かれたこの幸福な国に生まれた我々には、その恩に報いる責務がある。


■1.「良き日本人」度のテスト

「国際人」ではなく「国際派日本人」を目指そう、というのが、弊誌の20年来の主張だが、過去40年間で11年を欧米で過ごし、業務、学会、観光などで5大陸、32カ国を訪問した現在、その確信はますます強まるばかりだ。

「国際人」とは、文字通り「国と国との際(きわ)にいる人」とすれば、そういう人は難民でしかない。人は誰しも母国を持っており、母国への愛情がその人の根っことなっている。それぞれの根っこのある人々が、お国ぶりを発揮しつつ交わっているのが国際社会であって、根無し草の人間が国境を越えて飛び回っているわけではない。

 弊誌のもう一つの主張は、良き日本人はかならず国際社会でも通用するので、そのまま「国際派日本人」となってしまう、という事だ。たとえば、拙著『世界が称賛する 国際派日本人』[a]の中で、乃木希典将軍に登場いただいたが、国内で「軍神」とも呼ばれた人物に、アメリカの青年従軍記者がいかに深い敬愛の念を抱いたか、がその一例である。

 ここで問題は、「良き日本人」とはどのような人間なのか、という事である。最近、自分の「良き日本人」度を測定するテストを考案した。それは簡便なもので、次の4首の歌のうち、どれか一つでも心に響くものがあれば、あなたは「良き日本人」の心を持っている、と判断する。

 (雲仙・普賢岳の噴火で、農民が長年かけて作ってきた田畑に暑く火山灰が積もった光景に)
人々の年月(としつき)かけて作り来しなりはひ(筆者補注:生業)の地に灰厚く積む

 (阪神・淡路大震災の際に)
なゐ(筆者補注:地震)をのがれ戸外に過す人々に雨降るさまを見るは悲しき 

 (ハンセン病療養施設・多磨善生園にて)
めしひ(盲)つつ住む人多きこの園に風運びこよ木の香(か)花の香 

 (米国ロサンゼルスの日系人引退者ホームにて)
移り住む国の民とし老いたまふ君らが歌ふさくらさくらと 


■2.日本人の思いやり、利他心の強さ

 前節で引用した歌の最初の2首は今上陛下の御製、あとの2首は皇后陛下の御歌である。それぞれ、国民の苦しみや悲しみに対して深い共感を寄せられた御歌である。

 その共感から、思いやりや利他の心が生じることを、弊誌1067号「最新科学が解明する利他の心」[b]や1071号「最新科学が解明する利他心の共同体」[c]で述べた。

 そこで大事な事は、「利他心は伝染する」ということである。皇室の利他心が国民に伝染し、一人ひとりの国民が互いのために尽くす、そういう相互の利他心のパワーによって、わが国は世界史の中でも特筆すべき発展を遂げてきた。

 東日本大震災でも示されたように、日本人の思いやり、利他心の強さは世界でも冠たるものがあるが、前節の4首の短歌のいずれか一つに感じるところがあれば、あなたの心中に日本人らしい共感能力が潜んでいることを示している。すなわち、「良き日本人」とは、他者への豊かな共感能力を持ち、それによって利他心を持つ人間のことである。

 もっとも、共感能力や利他心は日本人のみに限らないから、外国人でも、その人の母国語でこれらの歌の訳を示されれば、感じるところがあるだろう。したがって、「良き日本人」とは「良き人間」という事にもなる。「良き人間」どうしは、国境や文化を超えて、共感し、助けあう事ができる。


■3.「元元(おおみたから)を鎮(しず)むべし」

 拙著『日本人として知っておきたい 皇室の祈り』[d]では、日本の皇室が神武天皇以来、国民の幸福への祈りを継承されてきた事を述べた。万世一系とは皇室の血筋が代々継承されてきたことを示すが、それは同時に国民の幸福を願う祈りの代々の継承でもあった。

 神武天皇は大和地方に辿りつかれて、橿原(かしわら)の地に都を造るとの詔(みことのり)を発せられた。その中で「元元(おおみたから)を鎮(しず)むべし」と言われている。

「元元」とは人民であり、それを「おおみたから(大御宝)」と読んでいる。大御宝である国民を「鎮(しず)」める事、すなわち人々が安心して暮らせるようにしよう、という事である。国民の安寧を計ることが、皇室が目指された最重要の任務だったのである。

 もともとは天照大神が、この国土、すなわち葦原中(あしはらのなかつ)国は「いたくさやぎて有りなり(とても騒がしい)」という報告を受けて、天孫を降臨させ、その子孫である神武天皇が東征によって、国を鎮めたのである。

 田中英道・東北大学名誉教授の説によれば、高天原とは縄文時代に東北・関東にあった日高見国のことであり、紀元前10世紀頃から気候が寒冷化し、それまで東北・関東に集中していた人口が西日本に移動し始めた。また大陸では周王朝が崩壊し、春秋戦国時代を通じて、大陸から半島を伝って西日本への難民や移民が増えた。

 そうした人口移動による混乱を抑えるべく敢行されたのが天孫降臨であった。神武天皇の東征とは、西日本で多くの部族や難民がせめぎ合って「いたくさやぎて有りなり」という状態だったのを、それぞれが処を得て、安心して「一つ屋根の家族」のように仲良く暮らしていく「和」の世界を実現することだった。


■4.皇太子殿下の決意

 その神武天皇から126代、来年、即位される皇太子殿下は、この皇室の伝統を強く意識されているようだ。平成29(2017)年2月には、次のようなお言葉を述べられている。

__________
 (今上)陛下はおことばの中で「天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました」と述べられました。(中略)
このような考えは、都を離れることがかなわなかった過去の天皇も同様に強くお持ちでいらっしやったようです。(中略)

 災害や疫病の流行に対して、般若心経を写経して奉納された例は、平安時代に疫病の大流行があった折の嵯峨天皇を始め、鎌倉時代の後嵯峨天皇、伏見天皇、南北朝時代の北朝の後光厳天皇、室町時代の後花園天皇、後土御門天皇、後柏原天皇、そして、今お話しした後奈良天皇などが挙げられます。

 私自身、こうした先人のなさりようを心にとどめ、国民を思い、国民のために祈るとともに、両陛下がまさになさっておられるように、国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむ、ということを続けていきたいと思います。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 皇室の祈りの伝統を継承すべく、皇太子殿下も強く決意されているのである。


■5.皇室をお守りしてきた国民

 考えてみれば、125代も皇位が継承されてきたのは、単なる自然現象ではない。万世一系が自然に「続いてきた」のではなく、代々の国民の努力によって「続けられてきた」のである。

 思えば万世一系の最大の危機の一つが先の敗戦だった。君主国が大きな戦争に負ければ、その君主制は滅びるというのが、歴史の通例である。たとえば、第一次大戦で負けたドイツでは、皇帝ヴィルヘルム2世がオランダに亡命して、帝政が崩壊した。

 同時にオーストリア=ハンガリー帝国を600年以上統治してきたハプスブルク家の支配が終わり、帝国そのものが四分五裂となった。第二次大戦中に連合軍側とドイツ軍側に分かれて内戦に陥っていたイタリアは、戦後、国民投票によって王政廃止が決まり、ウンベルト2世は国外追放となった。

 これらの君主は政治的権力を振るっていたため、敗戦の責任を負って、その立場を追われたのだった。

 しかし、日本の天皇はその利他心から国民統合の中核ではあっても、実際に政治的権力を振るったことはほとんど無かった。国民も歴代の天皇の利他の祈りを恩に感じていたからこそ、戦況が著しく悪化しても、無条件降伏を要求し、天皇統治に対して何ら保証を与えない米ルーズベルト政権に対して、徹底抗戦したのだった。

 終戦後、ソ連が天皇制廃止を目論んだが、そんな事をすれば日本全土に叛乱が起きて、占領政策が頓挫する事を恐れたマッカーサーがそれを阻んだ。終戦後、昭和天皇は沖縄を除く全都道府県を8年半かけて国民の激励に回られたが、石一つ投げられることもなく、ただただ熱狂的な歓迎を受けた。[e, p213]

 まさに国民が皇室をお守りしたのである。なぜそのような努力がなされてきたのか。それはひとえに皇室の国民のための祈りを国民自身が尊いものと考え、その国の姿を先祖から受けつぎ、子孫に伝えようと、努力してきたからであろう。とすれば、皇室の祈りの万世一系が、国民をして血統の万世一系を護持させてきたと言える。

 そして皇室の万世一系の祈りに応えて、代々の国民が努力して、みなが一つ屋根の家族のように幸せに暮らせる国家を築いてきたのである。このような幸福な国家に生まれたわれわれ日本人には、当然、その恩に報いる責務がある。その責務には、縦軸と横軸の2種類があると考える。


■6.縦軸の責務

 まず縦軸の責務とは、先祖代々、我々の先人のなしてきた恩に報いることである。そのためには先祖の努力の跡を史実を持って辿り、その恩に感謝し、その努力を継承して少しでもより良い国にして、子孫に渡していかなければならない。

 一日1ドル以下で生活せざるを得ない貧しい人々が何億人もいる中で、涼しいエアコンの下で好きな本を読み、おいしいものを食べ、政府を批判してもビクビクする必要はなく、安心して街を歩ける、こんな平和で豊かな暮らしが出来るのは、我々の先人のお陰である。

 旅に出れば美しい自然を楽しみ、豊かな土地の食べ物を賞味できる。本を読めば、万葉集や源氏物語など自国の古典、さらには世界のすぐれた書物を母国語で読むことができる。葛飾北斎の絵画や、運慶の彫刻など、我らが先祖は世界的な傑作も残してくれている。

 美しい自然、豊かな文化、温かい社会、高い生活水準を味わえるのは、これらを大事に育ててきた我が先人たちの努力のおかげである。そのありがたさをよく知って、その恩に報いるよう、我々はそれぞれの場で心掛けなければならない。


■7.横軸の責務

 横軸の責務とは、この恵まれた国に生まれた幸福を少しでも世界の人々に分かち合うことである。我々が日本で生まれたのは、純粋な幸運である。生まれたところが少しずれていれば、北朝鮮で餓死していたかもしれないし、中国で汚職官僚たちに搾取されていたかもしれない。

 ある人間はたまたま日本に生まれて恵まれた環境で育ち、別の人間は恵まれない国に生まれて、苦難の人生を歩まなければならないとは、なんと不公平な事だろう。そう考えれば、われわれは自分の幸福を多少なりとも他国の人々に分かち与える「分福」の姿勢を持たなければならない。

 すでにわが国は世界の多くの国々への経済援助、自衛隊や青年海外協力隊による汗を流す貢献活動、現地での企業進出による雇用の創出や良質な商品サービスの提供などを通じて、国家としての「分福」は相当程度行っている。世界各国の調査では、日本は世界に良い影響を与えている国のナンバーワンに評価されている。

 その一例として『日本人として知っておきたい 皇室の祈り』では、明治天皇の后・昭憲皇太后が、それまでの赤十字が戦時の傷病兵のみを対象にした救護活動をしていたのを、災害救援や感染症対策など「平時救護事業」に大きく広げることを提案された事を紹介した。

 昭憲皇太后は同時に10万円、現在価値にして3億5千万円を寄付され、世界各国の委員は深い感銘を受けて、この基金を「昭憲皇太后基金」と名付けた。この基金には、その後も皇室、日本政府、明治神宮が寄付を続け、100余年後の今日まで各国赤十字活動への助成を続けている。

 日のもとのうちにあまりていつくしみ外國(とつくに)までもおよぶ御代かな
 (日本から溢れ出た慈しみが外国にまで及ぶ御代となったことだ)

 昭憲皇太后の御歌である。国内で培ってきた利他心を海外にまで発揮することで、その利他心は外国にまで伝染する。現実に東日本大震災では、今まで援助を受けた多くの発展途上国からも、お返しの寄付金が寄せられたのである。


■8.自分の一隅を照らす

 この縦軸と横軸の責務をいかに果たすのか。自分には到底そんな力はない、と思う人がほとんどであろう。しかしそのような我々のための言葉を最澄が残している。「一燈照隅、万燈照国」である。一本のロウソクはほんの一隅しか照らせないが、そのようなロウソクが1万本も集まれば国家をも照らすことができる、という意味だ。

 我々一人ひとりは、自分の家庭や職場、地域などほんの片隅しか照らせない。しかしその片隅を照らせるのは、自分の外にはいない。

 利他心は伝染する、とは、一本のろうそくの灯が、隣のろうそくに燃え移るということである。そのように灯が広がって、国民全体がそれぞれの片隅を照らすようになれば、国全体が明るくなる。その国の灯が世界の国に伝わって、世界が明るくなってゆく。そのような生き方を示すのが、日本人の責務である。
(文責 伊勢雅臣)

ケチな人は運を落とす

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リペアショップ鹿児島の坂元です。




今回は、野村克也氏の心に響く言葉より…「ケチな人は運を落とす」です。



人柄がいいというのは、得難いことだ。

私は人柄を褒められたことはほとんどないし、自分でも人柄がいいとは思っていないが、人柄がいい人を見ると、応援したくなる。

人柄がいい選手は、野球の実力はともかく、みんなをいい気持ちにさせてくれる。

それがチームの雰囲気をよくする潤滑油になることもある。

チームの雰囲気がいいというのは、試合の流れをよくする働きがある。

それが勝利に結びつくこともあるのだ。


人柄がいい監督というのも、チームにいい作用を及ぼすことがある。

早い話が、監督の人柄のおかげでチームが勝つことがある。

「この監督を勝たせてあげたい」

選手たちに自然にそう思わせる監督の人柄が、チーム力となって優勝するということがある。

さほど指導力があるようにも見えないし、卓越した野球理論や戦術を備えているというわけでもない。

ただいつも穏やかな顔でベンチに立っている。

たったそれだけなのに、その人の存在感が選手に大きな力を与えているのだ。


そして、その反対にケチな人というのは、人望がなくなる。

プロ野球の世界は、高い給料を得ている人が多いところだというのに、昔もいまも、意外なほどケチな人が多い。

私の現役時代にもそういう同僚がいたし、各球団にもケチで有名な人たちがいた。

みんな立派な成績をあげて地位も名誉も金もあるはずなのに、なぜかケチなのだ。


たとえば、私の南海時代の先輩の中にも「ミスターケチ」とでも呼ぶべき人がいた。

名前も実績もある選手なのに、絶対に他人にものをあげたり、ごちそうしたりしない。

反面、人からものをもらったり、ごちそうしてもらったりすることは大好きだった。


その後も、他球団の選手を見て、「あんなにいい選手なのにチームで人望がないのはなぜだろう」と思っていたら、やはりケチな人だというのを知って、貧乏な家に生まれ育った私でさえ「ケチはよくない」と肝に銘じた。

プロ野球選手は、遠征先などで、みんなで連れ立って焼き肉を食べに行ったり、さまざまな料理屋さんに出かけたりすることが多い。

体が資本の職業だから、みんなよく食べる。

そういうときは、高給取りの先輩たちが若い選手たちを連れていく場合が多いが、たいてい先輩たちが何人か持ち回りで自腹を切るものだ。

「でも、あの人が払っているのは一度も見たことがないんですよ。他の先輩が払ってくれることはあっても、あの人が払ったことはありません」

後輩たちは、そういうところをよく見ているものだ。

「きょうは俺が払うから」とだれが言うのかちゃんと見ている。


「あの人はケチだ」

そういうことがわかると、その人の人望はなくなっていく。

選手のときはそれでも押し通せたかもしれないが、そんな人がチームの生え抜きで監督やコーチになったら、だれがついていこうとするだろう。

いつもいつも気前よく大盤振る舞いをする必要はないが、みんなで楽しく飲み食いしょうというときには、たまには財布の紐を開くこともまた上に立つ者の気づかい気配りなのである。


せっかくそこまでがんばって選手として成功し、せっかく監督にまでなったのに、ケチが災いして人望が薄れるなんてもったいない。

ケチのおかげで損をするなんて、目的と手段がまちがっているとしか思えない。

ケチのおかげで、せっかくのチャンスを棒に振っているようなものだ。

ケチとは、一時は得をしたような気になるかもしれないが、結局は自らのチャンスや運を手放すことになりかねないのである。


『運 「ツキ」と「流れ」を呼び込む技術』竹書房





ケチとは、何もお金ばかりのことではない。

何かの情報を知っている人が、異常にもったいぶってなかなかそれを教えないようなことがある。

もちろん会社の機密事項などは教えなくて当たり前だが、そうではなくて自分で得た情報や、ちょっとしたノウハウやコツなどだ。


貴重な情報やノウハウなどを気前よく人に教えていたら、もったいないし、損してしまう、と出し惜しみする。

しかし、多くはその程度の情報など、とっくに誰かが発表していて、たいしたことがないものであること多い。

自分だけがスゴイ情報だ、と思っているだけ。


本当は、情報などは出せば出すほど、他の人から別の新しいものが入ってくる。

なぜなら、何かの施しを得た時に、それにお返しをしなければいけないという、返報性の原理が働くからだ。

これはお金も同じ。

いつか必ず、お金でなくとも、別の何かで返してくれたり、応援者になってくれたりする。


ちょっとしたことを出し惜しみする人はケチくさい。

「ケチな人は運を落とす」

気前のいい人は人望が集まり、運がどんどんよくなる。



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