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ワクワクを増やすこと

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。

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今回は、明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…【ワクワクを増やすこと】です。



人生後半を充実させるテーマとして、「ワクワクを増やす」ことを掲げるのがいいと私は思っています。

どこかに出かける前、人と会う前、何かを始めるとき、気持ちがワクワクするのは、これからの出来事に期待が高まっているときです。

期待感で心が動いている。

知らずしらずのうちに、ちょっとテンションが上がっている。

「ワクワク」は、「イキイキ」の火つけ役です。

ワクワクのタネを増やしていくことが、イキイキとした時間を増やしてくれます。

では、どうしたらワクワクを増やしていけるのか。


一つは、好きなこと、楽しくなることをやることですね。


二つ目は、いいところ探しをすること。

ただ散歩しているときと、何かいい写真を撮りたいと思いながら歩くときとでは、見えてくるものが違ってきます。

漫然と見るのではなく、いいところを見つけようとすることで、細やかに関心が向くようになる。

それによって、気づきが多くなる。

心が動きやすくなるのです。


三つ目としては、子どものように面白がること。

子どもは、知りたがり、やりたがりです。

昆虫に興味を持ったら、自分で虫捕りをしたい。

ダンスを見てカッコいいと思ったら、自分もそれを踊れるようになりたい。

何にでも関わってみたい、体験したいのです。


好奇心がそのまま自分を衝(つ)き動かす情熱になるのが、子どもの特徴です。

そこで、心の状態として、小学3、4年生ぐらいの子どもの感覚を目標にする。

「10歳のときの自分だったら、どうしたかな?面白がって、こんなことをしたんじゃないか、あんなことをしたんじゃないか」と考える。

これもワクワク感をかき立てやすくする方法です。


『人生後半の幸福論』光文社




本書の中に「人生後半のチェックリスト」が書いてある。


■最近、感動していますか?

■どんなときに自分がイキイキできるか、知っていますか?

■「好きなもの」「好きなこと」をどれだけ挙げることができますか?

■生涯現役を目指したいですか?

■「苦にならずにできること」はどれくらいありますか?

■「自分が必要とされている」と思える場所がありますか?

■最近手にいれた「心ときめくもの」は何ですか?

■「この歳にして初めて」挑戦したこと、何かありますか?

■自分の「機嫌をよくする」方法、自覚していますか?

■最近、美術展やコンサート、観劇に行きましたか?

■「検索力」に自信がありますか?

■ひとつのことが長続きしますか?

■発表会など、人前で何かを披露する機会がありますか?

■「目利き」の能力、磨いてますか?

■若手の活躍を、素直にほめることができますか?

■何かを「伝える」「遺す」ことを意識していますか?



行徳哲男師はこう語る。


『四国・宇和島に蓮華寺という寺がある。

その山門には「人間にとって最も大切なもの、それは童心を忘れないこと、童心とは神に最も近く接する姿である」と書いてあった。

子ども心に近づけば近づくほど神様と一緒になれるというのである。

また、アメリカの詩人ワーズワースは「大人になっても虹を見て心が躍る自分が一番うれしい」と。

人間的に魅力があると思われる人はどこか子どもっぽさ、あどけなさを持っている。

また、それは長寿の秘訣でもある』(感奮語録)より


いくつになっても好きなこと、楽しくなることをやり、同時に、ワクワクして、ドキドキする心をいつも持ち、そして、何に対しても、子どものように面白がる人でありたい。



つづけるということ

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本日は、かめおかさんの★今日のフォーカスチェンジ♪より、
「つづけるということ」です。




どんなことも、
カンペキにやろうと思うと、

けっこうプレッシャーになります。


メルマガもブログも、

毎日しっかり、いい内容のものを
書こう!と、気負いすぎると、

なかなかつづきません。


第4102号で、「68点」という
メッセージを書きました。

やってることが、68点以上には
なってるかなと、思えたらGO!

というハナシです。


68点が高いか低いかは、
そのひとの評価によるでしょうが、

途切れずに、コンスタントにつづけて
いくには、まあまあの数字ではないか
なと思います。


そうして、

68点の量稽古をつづけていくと、
自分でも感覚がつかめてきますから、

実際には、けっこういいセンいってる
のではないか、と思うのです♪


量をこなすためには、
インプットが大切になります。

漠然と暮らしていても、あたらしい
アイデアは湧いてきません。

なれないうちは、手当たり次第、
いいなと思う情報を収集してもいい
と思います。


でも、やっているうちに、自分の
方向性みたいなものが見えてきます。

そしたら、的をしぼっていくことも
必要ですよね。


あるいは、そのくらいやっていくと、

ひとつの情報から、いくつもヒント
を見つけることも可能になります。

まさに、量稽古ですね。


つづけるということでいうと、

それをおこなうタイミングを
決めておくのは、かなりキモです。

少なくとも、私にとっては、
「メルマガは午前中に発行する」
と決めたことは、

今日までつづけるための、まちがいの
ないポイントになっています。


これは、誰でも
朝がいいということではなく、

私は、朝型で、朝にエネルギーを
集中することができるので、朝!

ということです。

それぞれの体質や環境に合わせて、
決めるといいと思います。


そうして、ここまで
書いてきて、ナンですが、

もしかしたら一番おおきなポイントは、

自分をごきげんに保つ、ということ
かもしれません。


もしも、毎日、
鬱々として暮らしていたら、

やっぱりつづかなかったと思います。


どうしたら、ごきげんに
生きられるかということは、

日々のメルマガを読んでいただけると、
伝わるかなあと思っています♪


あれ? オチになったかな?

何かのお役に立てれば幸いです♪

やりたい仕事がみつからない

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ビートたけし氏の心に響く言葉より…「やりたい仕事がみつからない」は図々しいです。






リクエストに応えて人生相談にちょっとだけ真面目に答えてみようか。





―「やりたい仕事が見つかりません」



いきなり参っちゃうね。



まあ若い奴なんだろうけど、はっきり言うと、「やりたい仕事が見つからない」ではなくて、やりたくてもそれに見合った実力がないだけ。





おいらも芸人や漫才師が「やりたかった仕事」だったわけじゃない。



たまたま偶然そうなっただけであって、本当はプロ野球選手やノーベル賞を取れるような学者になりたいと思ってた。



けれど、身体が小さかったり、大学行って「研究者は無理だな」なんて悟ったり、自分にその実力がないことはすぐにわかったからやめた。





「やりたい仕事が見つからない」というのは、実は図々しい考え方なんだね。



よくモデルやタレントを募集する時、「あなたが似ていると思う芸能人を書いてください」とか履歴書に書かせるけど、あれと似ている。



昔だったら山口百恵だとか松田聖子だとか書くんだろうけど、そいつの写真を見てみると似ても似つかない。



いかに図々しいというか、身の程を知らないというか。





図体もデカいし足も速くて、そこそこセンスもある。



そういう奴が「将来はプロ野球選手になりたい」と憧れるのは悪いことじゃない。



キャッチボールもまともにできないのに、「野球選手になりたい」というのは正真正銘のバカだけど。





中学、高校ぐらいまで野球を続けていれば、自分にそこまでの能力があるかないかなんて、すぐわかる。



そこで大体、芯から挫折を味わうべきなんだ。



負けることを知らず、現実も見ないで、「やりたい仕事が見つからない」と嘆くなんて図々しいにも程がある。





大体周りの大人もいけない。



「夢をあきらめちゃダメだ。希望を捨てずに努力をすれば、きっと夢は叶う」―なんて、安っぽい曲の歌詞みたいなことばかり言っているからダメなんであって、現実を直視させなきゃいけない。



そんな欺瞞にみちた言葉に騙される奴がたくさんいるから参っちゃう。



金もないのに、宝くじ買うバカも同じ。



「いずれ当たると思って買わないと、当たるものも当たらない」なんてバカ野郎。



そんな非科学的なことを言ってるんだったら、確率論を勉強しろ。



その辺りを歩いて隕石に当たって死ぬ確率よりも低いんだから。





「いいじゃないの。お金じゃなくて夢を買いにいってるんだから、おおきなお世話」



そんな声も聞こえてきそうだけど、結局、厄介なのは「夢がいいものだ」という間違った考え方がはびこっていることだろう。



こういう考え方を広める安っぽいJ-popの歌詞は、早くこの世から消えて欲しいよ。



弱者を救済するふりをして、ちょっとその気にさせてから、いざとなった時に落とす―バカを調子に乗らせて金儲けしようというんだから、一番たちが悪い。





おためごかしで「夢をあきらめないで」「希望を捨てちゃダメだ」「君はもっと強くなれるよ」なんて、甘っちょろいことを歌っている奴を信用しない方がいい。



それを真に受けて社会に出て、すぐに「こんなはずじゃなかった」「やりたい仕事がない」って、本当にバカ野郎だね。





『バカ論 (新潮新書)』









多くの人は、自分のやりたい仕事を探す。



しかし本当は、「やりたい仕事」より、「必要とされる仕事」に就いた方がいい。



「是非、来て下さい」、と頼まれるような仕事だ。





それはおそらく、自分の望んだ仕事とは違うのがほとんど。



しかし、自分が思ってもみなかった仕事だからこそ、そこにチャンスや運が潜んでいる。



なぜなら、「運は自分の予期しない違う方向から飛んでくる」、からだ。





たとえばそれは「幸せは、不幸の顔をしてやってくる」と言い換えられるかもしれない。



予期せぬ偶然の出来事を大事にして、その流れに乗っていくと、いつしか幸運にたどりつく。



そこで大事なのが、予期せぬ出来事にたいして「文句」「グチ」「泣き言」「不平不満」などを言わないこと。



もっと言うなら、機嫌よく、ニコニコしてその仕事に取り組むこと。





やりたい仕事より、必要とされる仕事に。








この世に偶然はない

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山川紘矢氏の心に響く言葉より…「この世に偶然はない」です。






人は生まれ変わるのでしょうか?

それはわかりません。

本当のところは、死んでみなければわかりません。


“デジャブ”という言葉を聞いたことがありますか?

どこかに旅したときなどに、ふっと、「以前にも、この地に生きていたことがあったぞ」とか、何かをしているときに、「この体験をするのは初めてのことではない」「この思い、この感覚を、なぜか覚えている気がする」と感じたことはありませんか?


「この世に偶然はありません」

精神世界のことを勉強し始めると、必ずこの言葉に出会います。

僕はこの言葉が大好きです。

「君とこうして出会ったのは、偶然ではないんだよね」というように使えますから。

偶然でないのなら、必然、それは運命ということになります。

すると運命は決まっているのだろうかと、考えてしまいませんか?


日本人はそのことを「ご縁があって、お会いした」とか「袖振り合うも他生の縁」という言葉で表してきました。

「ご縁を大切に」という言葉は、本当に意味深い、いい言葉だな、と思います。

昔の人は、知っていたのです。

人は決して偶然に出会うのではないことを…。

私たちは皆、必ず何か目的があって出会っているのです。


では、生まれる前から運命は決まっているのでしょうか?

はい、ぼくはそう思っています。

そう思うと、抵抗しないで、すべてを受け入れられるようになります。

「抵抗しない」というのは、スピリチュアルな本によく出てくるsurrenderのこと。

「ゆだねる」とも訳されます。


抵抗をやめると、「起こったことは、起こることになっていたのだから、すべてそのまま、ありがたく受け入れよう」ということになり、生きやすくなります。

「抵抗」しなければ、軋轢(あつれき)も起こりませんし、エネルギーを無駄に使う必要がありません。


「運命があるのなら、自由意志はどうなるのだろうか?」ということも考えてしまいました。

「すべては決まっている」というのなら、自由意志がないことになりませんか?

ということは、人生は、自分ではどうにもならないのでしょうか…?


今、ぼくは運命100%、自由意志100%だと考えています。

一瞬一瞬を自分の自由意志で選択しているのだけれど、それさえ、もう決まっているということです。


ただ、運命論をあきらめの正当化に使ってはなりません。

「運命は、自分で決めて生まれてきた」のですから。

人は誰もが生まれる前に人生を計画し、目的を持って生まれてくる。

恋人、連れ合い、友人、上司、先生、ライバル、あなたがこの世で出会う人々は偶然で出会ったわけではありません。


そう考えるだけで、すべてが違ってきます。

「1分1秒、狂いがない」

出会う人と出会うべくして出会い、起こることは起こるべくしてその時に起こるのです。

山あり谷あり、波乱万丈の人生を生きてきて、今、「この世に偶然はない」と、心からそう思います。

すべては意味があって起きてくるのです。


『輪廻転生を信じると人生が変わる』ダイヤモンド社




山川紘矢氏は、東大を卒業し、大蔵省に入り、海外へ何度も赴任しているエリート中のエリートだった。

山川氏はある時、ひどい喘息になやまされ、結局は大蔵省を辞めなければならなくなったが、その後、スピリチュアルなことに目覚め、大学で同級生だった奥様とともに、数々の精神世界の本を翻訳してきた。


なぜ、自分が今、ここにいるのか、と考えてみるのはとても大事なことだ。

人とのご縁、学校や会社や仕事とのご縁、あるいは今置かれている環境や役割。

それらが、すべて偶然ではなく必然だった、と思えたとき、人は安堵し、心が定まる。


哲学者の森信三先生はこう語った。

「人生、出会うべき人には必ず出会う。しかも、一瞬遅からず、早からず。しかし、内に求める心なくば、眼前にその人ありといえども縁は生じず」


人生では、出会うべき人には必ず出会う、しかし、大事なことは、正しい志を持ち、それを心の底から求めようとする気持ちだ。

道端に咲いているきれいな花も、心がうわついていて、うわの空だったら見過ごしてしまう。


この世に偶然はない、と輪廻を信じてみたい。

今世この世に来た意味がある

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今回は、北川八郎氏の心に響く言葉より…「今世この世に来た意味がある」です。





《釈尊はいわれる



生きとし生ける者どもは死ぬであろう。



生命は終(つい)には死に至る。



人は、作った業に従って赴(おもむ)き、それぞれ善と悪の報いを受ける。



老いた人々も、若い人々も、その中間の人々も順次に去って行く。



熟した果実が、枝から落ちてゆくように。



昼夜は過ぎ行き、人間の寿命は尽きる。



男も女も幾百万人と多くいるが、財を蓄えたあげく、死の力に屈する。



いくら財を蓄えても、最後には生命の方が尽きてなくなってしまう。



高い地位・身分も終には離れてしまう。



歩んでいても、止まっていても、人の命は昼夜に過ぎ去り、とどまりはしない。



たとえ百歳を生きたとしても、終には死に帰着する。》







人の今世に生まれた使命の一つは、前世の悪しき業を修正し、その痛みと喜びを学びに来たことだといえる。



だから、釈尊はあの世においては、人は今世作った業に応じてそれぞれの住む光のレベルが決まるといわれる。



今の世の善と悪の報いに応じて、あの世の学びのクラスが違ってくる。



人は皆、楽しむ人も、苦しむ人も、嘆く人も、喜ぶ人も、果実が木から落ちるように寿命は尽き、魂の大海に呑まれる。





多くの人は地位と財を目指すけれど、百年もつことはほとんどなく、またいくら財を蓄えても、生命の方が先に滅してゆく。



私たちの命の電池はもうあまりないことを知って、あわてず急いだ方がいい。





どんな高い地位も身分も命をそれを捨てて、あの世に赴く。



眠っていても、歩んでいても、笑っていても、TVを見ていても、止まることなく、昼夜に命の電池は消耗してゆく。



百歳生きても、それは一瞬にして、必ず人は死に帰着する。



いつまでも生きられると思うなかれ。



時の過ぎゆくは、過ぎてみると早いと知る。





今世の善き行為と、悪しき行為の光の明るさによって、あの世では苦を受け、さらに来世では悪をなした人の立場が替わり、与えた苦を自分が受けて、その苦の深さとつらさと痛さを味わって、次の世で修正するチャンスを与えられる。



私たちはみな、今世この世に来た意味がある。



財と地位を手にし、快と、野望を果たしに、人間として生を与えられたのではない。



あらゆる、命の尊さ、美しさ、楽しさ、喜びの深さを学びにきているのだ。





『ブッダのことば「百言百話」』致知出版社











「因果応報(いんがおうほう)」という言葉がある。



善い行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがある、ということ。



しかし、この世に生きている間に、ひどく悪いことをした悪人に、悪い報いがないということは間々(まま)あることだ。



なんであんなひどい人間に罰がくだらないのか、と思う。



しかし、釈尊は、それは来世において報いがある、という。









朝比奈宗源(あさひなそうげん)老師の知り合いの僧は、博打(ばくち)ばかりするひどい人間だったという。



その僧が博打をやって負けて帰ってくると、宗源老師は「あいつもやがて死ぬやっちゃ」と独り言をいっていたという。



それは、老師が、「しかたのないやつだ…」と諦観(ていかん)して言った言葉だ。



この世では罰(ばち)は当たらないかもしれないが、あの世でその報いを受けるのに、と。





「私たちはみな、今世この世に来た意味がある」



あらゆる、命の尊さ、美しさ、楽しさ、喜びの深さを日々学びたい。


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鹿児島市西千石町のフレッセ厚生市場内にある靴修理・鞄修理・合鍵作製の店「リペアショップ鹿児島店」です。

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