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個人のサバイバル能力」があらゆる人に求められている

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。



今回は、唐土新市郎氏の心に響く言葉より…「個人のサバイバル能力」があらゆる人に求められているです。


今の時代、すべての「働く人」にとってもっとも重要なのは、

「会社に頼らず生きていく」

ということです。


あなたは、会社がなくなっても「『自分』という看板で生きていくことができますか?それだけの「稼ぐ力」が身についていますか?

もちろん、これは「フリーランスになれ!」「今すぐ起業しよう!」なんて話をしているのではありません。

サラリーマンだろうが、契約社員だろうが、パートだろうが、何だろうが、「会社や組織に頼らなくても生きていける自分」というものを持つ。

実は、これからの社長もそうです。

この状態をつくっておくことが大事なのです。


これからは、間違いなくそういう時代になります。

理由を挙げればキリがありません。

まず、会社はいつ倒産するかわかりません。

その瞬間、あなたは人材マーケットに放り出されます。

若い人でもベテランでも関係なく放り出されます。

そのときあなたは、「自分の価値」というものをしっかり、きっちり示すことができますか?


運よく会社が倒産しなかったとしても、どこかの企業に買収されて、一夜にして会社の制度がガラリと変わり、上司も変わり、業務内容も変わり、評価軸まですべて変わってしまう。

そんな劇的な変化のなかで、これまたあなたは「自分の価値」というものをきちんと示すことができますか?

また、会社に大きな変化がなかったとしても、部署が変わって人間関係がメチャクチャになり、日々ストレスいっぱいで「もう、こんなところで働けない」と思うことだって十分あります。

ストレスフルな環境で肉体や精神がむしばまれてまで、あなたは働き続けますか?

会社にしがみつきますか?


はっきり言って、そんな環境ならすぐにでも逃げ出したほうがいい。

だって、自分の人生、そんなの楽しくないでしょう。

そんなとき、あなたは会社を飛び出すことができますか?

会社を飛び出して「自分の価値」をしっかり示していけますか?

これは、人ごとではありません。

あなたの物語なのです。


これからの時代、働く環境や条件、待遇は目まぐるしく変わり、AIが発達すれば、人と機械の役割分担は抜本的に変わっていきます。

今まであなたがやってきた仕事を、AIがあなたの100倍のスピードでこなす時代がもうすでに来ているのです。

外国人労働者がこれまで以上に入ってくれば、従来とは全く違った競争、異なる評価基準が生じてきます。


終身雇用が崩壊し、転職が当たり前の世の中はもう現実になっていますし、最近は「働き方改革」の波のなか、よりフリーランスに近い「独立系」の働き方や雇用形態を認める会社も増えてきています。

要するに、「会社と個人の関係」が決定的に変わってきているのです。

まさに今、組織の時代から「個人の時代」へと移り変わっています。

そんな時代に、自由に、自分らしく、毎日ワクワクして働くためのキーワードは何だと思いますか?


それが、「会社に頼らず生きる」です。

もっと言うなら、「肩書き『オレ』で生きていく」です。

組織に属しているとかいないとか、そんなことは関係ありません。

つねに独立心を持ち、いざというときはいつでもどこでも「自分の看板」で世間と渡り合っていける…そんな人であれば、会社の人間か、フリーランスか、起業家か、なんてことは大きな違いではありません。


これは脅しではありません。

今という時代、そんな「個人のサバイバル能力」があらゆる人に求められているのです。


『肩書き「オレ」で生きていけ!』ディスカヴァー





唐土氏は本書の中で「読書」についてこう語る。

『最近、働き方改革によって残業がどんどん減っています。

肩書き「オレ」で生きていこうとする人にとって、これはすごく喜ばしい状況です。

なぜなら、みんなが22時まで働いている時代に比べて、みんなが18時で帰るということは、個人の時間が4時間増えるということ。

つまり、その4時間で人に差をつけることができるからです。

さて、その4時間で何をするか?

もっともおすすめなのが読書。

「どうやって自分を成長させようかな」と思ったら、とにかく本を読む。

これが一番です。

実際、私は若い頃、夜中の12時まで毎日本を読んでいました。

だから、だいたい月に40冊、年間480冊は読んでいました。

どんなに興味のないジャンルでも、すすめられた本は必ず読む。

そのもう1つの理由は、

●読んだ本は3年後に花開く

●1行でも自分の気づきになればいい

と思っているからです。

そもそも本というのは、自分の中でしっかりと腹落ちして、本当の価値が生まれてくるまでに1000日くらい熟成期間が必要だと思っています。

本とは不思議なもので、読んだ後、その内容をはっきり覚えているわけではないのに、潜在意識に放り込まれて、どこか自分の中に残っている…そんなことがよくあります。

また、読み手が不感症だったら、どんな本を読んだってダメ。

それこそ、体験がまるっきり無駄になってしまいます。

私は、「1行でも自分の気づきになればいい」と思っています。

残りの何千行が無駄になったとしても、たった1行、自分にとって価値があればそれでいい。

どんな本も、熟成期間を経て、いつしかあなたの宝になるのです。』


これからの時代は、会社に勤めていようと、社長であろうと、会社が倒産したときや、転職したときなどに「自分で稼げる力」が必要だ。

それは、どんな状況になっても生き抜くという、「サバイバル能力」であり、臨機応変の対応力や、どんな荒波も乗り切る野生の荒々しさと、行動力。

そのためには、まず、自分の価値を高めなければならない。

そうでなければ、自分を高く売れないからだ。


肩書き「オレ」で生きていきたい。

意地悪する人がいたら

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。



今回は、斎藤一人さんの心に響く言葉より…「意地悪する人がいたら」です。



神様から問題が与えられたときはね、どんな理由でもいいから、それに挑戦しようって思えたらそれでいいんです。

だから、最初は「この修行をやりきったら、神様からすごいごほうびがもらえるぞ」って下心があってもかまいません。

そう思ったほうが行動しやすいんだったら、そうすればいい。

行動することが大事だから、それに結び付くことだったら何でもいいんだよね。


ごほうびがもらえると思えば行動しやすいとか、前世に自分がやったからしょうがないと思ったほうが行動しやすいとか、人それぞれやり方ってあるよね。

1万人いれば、方法は1万通りあるんです。


一人さんだったらどうするんですかっていえば、もし私に意地悪をするやつがいたら、ひどい目に遭わせて終わりだね(笑)。

どういうふうにひどい目に遭わせるかっていうと、悪口を言ってくるんだとしたら、「そういうこと言うのはやめな。自分にもよくないよ」って言う。

何だそれだけかっていえば、その程度のことでじゅうぶんなんだよ。

言うべきことを伝えたら、それ以上しなくていいの。


悪口を言う人に、「聞いてる私も気分悪いけど、あんたも運勢悪くなるから止めな」とか真っ当なことを教えてあげればいいだけ。

相手のためを思って注意することはできるんだよね。

あるいは、悪口を聞きたくなければ、自分がその場から離れちゃうのもいい方法だしね。


距離を置いたり、そういう人と口をきかなくなったりしてもかまいません。

とにかくやり方はいくらでもあるから、自分に向いていることをやるといいよ。

でね、相手と距離を置きたいときに、急に連絡を断ったりすると角が立つから難しいって言うんだよね。

上手な距離の置き方があるんですかって聞いてくる人もいる。


あのね、何かやるときに「角を立てちゃいけない」とかって言うけど、何かをやるときは、角なんか立てまくりだよ(笑)。

そうしなきゃ何もできない。

嫌なことをされているのに、それでも角を立てなかったら相手にはわかりゃしないよ。

そういうときは、角なんか立てまくるしかないんです。


だって、嫌いな人にまでいい人と思われたいと思っていること自体、間違いなんだよね。

いい人に好かれるんだったらいいけど、あなたに嫌なことをする人に、いい人と思われたってしょうがないでしょ?

そもそも、角を立てないように一生懸命やってるから、うまくいかないんだよね。

むしろハッキリ嫌だって言ったほうが、嫌な関係はすぐに終わるものだよ。


あとね、「今度何か言われたら、言い返してやるぞ」なんて思っていると、その気迫って相手に伝わるものだから、案外、嫌なことを言われなくなります。

意地悪されるってね、嫌なことを言われたらどうしようって不安に思っているから、本当に嫌なことを言われちゃうの。

困ったことが起きるような波動を出しているから、その通りのことが起きるようになってるんだよ。


反対に、意地悪をされても困らないと思っていれば、不思議と困るようなことは起きないものです。

だから、「こいつ、早く嫌なこと言わないかな」とか思ってるくらいでちょうどいいんだよ(笑)。


『斎藤一人 俺の人生』マキノ出版




斎藤一人さんは、もし自分の子どもが学校でいじめにあったら、親は死に物狂いで子供を守らなければいけないという。

例えば、学校について行って、子どもがいじめられないように見張るとか、担任の先生や校長先生に必死で掛け合うとか。

そして、そのことでもし、騒ぎが大きくなってもいいのだ、という。

ほとんどの人は、人がいい。

だから、騒ぎを大きくせずに穏便に解決しようとする。

しかし、それでは、いじめられている当事者の死ぬほどの苦しみや切迫感が伝わらないからだ。


これは、会うたびにジンマシンが出るほど嫌な人に対する対応も同じ。

角を立てずに、穏便にすまそうとニコニコと優しく話していては、相手に自分の気持ちは伝わらない。

かえって、相手は「これくらいしたって大丈夫なんだ」と思い図に乗るだけだ。


人が良い人は、悪に対しては、倍のパワーで立ち向かうくらいでないと、問題は解決はしない。

意地悪する人がいたら…

たとえ角が立ったとしても、「嫌だ」という意思を伝えることが大事。



一匹オオカミ

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。



今回は、かめおか ゆみこさんの★今日のフォーカスチェンジ♪「一匹オオカミでした」です。




私は、長いこと、
「一匹オオカミ」でした。

組織が苦手でした。

組織のなかで、同じ行動を
もとめられることが苦手でした。


だから、かぎりなく、
自分勝手に行動してました♪

それが受け入れられないときは、
離脱していました。

(追ん出された、ともいう)(笑)


それでも、組織でなければ、
できないことがあります。

個人のちからを超えたパワーを、
組織はもっているからです。

それは、私が演劇にかかわって
きた結果、実感していることです。


だからこそ、考えました。

組織でありながら、できるだけ
個人が自由に動ける場をつくろうと。

組織のために個人があるのではなく、
個人のために組織があるような、

組織と個人が融合しあって、
成長していける場をつくりたいと。


それを、まずは、ワークショップや
講座のなかで、実現させてきました。

やりたいことをやる。
やりたくないことはやらない。

私が伝えることは、ひとつの提案
であり、選択するのは個人の自由。

これはいまも、鉄則です。


インターネットに参入してからも、
模索をつづけてきました。

直接的に会える講座ではなく、
インターネットは顔の見えない世界。

(最近は、変わってきましたが♪)


そのなかでも、誰もが自由に、
意見や思いを発露できる場。

信頼を構築しあいながら、
お互いにささえあい、成長できる場。


何度も、いろいろなグループを
つくってきました。

うまくいったケースもあるし、

不完全燃焼のまま、
終わったケースもあります。

すべてが試行錯誤でした。


今回立ち上げようとしている、

メルマガ6000号記念企画
チームも、そのひとつです。


今回の一番の特徴は、

「何をやるか」を、
参加者のみなさんが提案して、
ともにつくっていくこと。


もちろん、

新刊『こころの免疫力』(仮題)
など、私自身がやりたいことも、
いくつかあります。


それだけでなく、たとえば、

・こんな対談を聴きたい
・こんなワークをやりたい
・こんなコンテンツがほしい

そんな提案をしてもらって、
実現に向けて動いていく。

そんなプロセスを体験し、
また楽しみたいと思うのです。


というわけで、

「これこれを提供しますよ」と、
一方的にさしだすのではなく、

・あなたは何を知りたいですか?
・何を体験したいですか?

と問いかけて、それを一緒に
かたちにしていくプロセスこそが、

今回の一番のキモなのです。

だから、決まっていない部分が
多いのです。


9月中、準備チームをつくって、
そのプレ体験をしていただきました。

そのなかだけでも、もういくつもの
提案が生まれています。


6000号(連続発行)という、
ひとつの節目だからこそ、

せっかく登録・講読してくださって
いる読者のみなさんと、

何か、かたちになるものを
つくりたいと考えたのです。


もちろん、どの程度かかわるかも、
ご自身で決めていいのです。

あくまでも個人が主体のチーム。

何をやるかも、やらないかも、
自分で選べる、そんな場。

それが、今回提案した、
6000号記念企画チームなのです。


自分で決めて、自分で選び、
自分で行動する。

これが、自分をかがやかせる、
一番の方法だと私は思っています。

そして、それをチームでやるとき、

お互いがお互いをかがやかせあう、
仲間になれる。


「一匹オオカミ」だった私が、

「一匹オオカミ」のまま、
仲間とともに、組織をつくる。

長い長い時間をかけて、
私が模索しつつけてきた、

ひとつのかたちが、ここにあります。


そのプロセスを、一緒に歩む
仲間になっていただけたら、

とてもとてもうれしいです♪

憧れに向かって飛ぶ、情熱の矢となれ

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。



今回は、齋藤孝氏の心に響く言葉より…「憧れに向かって飛ぶ、情熱の矢となれ」です。




ニーチェの言葉に、「憧れに向かって飛ぶ、情熱の矢となれ」というものがあります。

みなさん、この“飛んでる矢”をイメージしてみてください。

想像するとその姿は、どこか俊敏で、エネルギーに満ちているように思えませんか?


人間は、いくつになっても、このエネルギーに満ちた“飛んでいる矢”であることが大切なのです。

的に当たるか当たらないかは関係ないのです。

ここでは“結果”ではなく“プロセス”こそが大事だからです。

入社一年目などのフレッシュな時期こそ、人は“飛んでいる矢”であることが多いものです。

ところが、入社して年数が経ち、場数を経ていくと、次第に「若々しさ」を失っていく傾向にあります。


この場合の「若々しさ」は、見た目とは関係ありません。

重要なのは、「魂の若々しさ」であり、「エネルギーの若々しさ」です。


大人になると、どうしても“淀む”人が出てきます。

まとう空気が重く、その場にいるだけで、何となく周囲を不愉快にさせるようなタイプの人です。

そんな人にならないためにも、大人であればこそ、自ら“脱皮”していくスタンスを持つこと。

歳を重ねるほどに、古い殻を脱ぎ捨て、新しいことにチャレンジし続けること。

それこそが、現代における大人のたしなみといえるかもしれません。


どうかすると、若さ偏重に陥りやすい風潮のある世の中ですが、実は、経験がある人の方が魅力的であることを忘れないでいてください。

様々な経験を積みながらも謙虚さを失わず、常にフレッシュな心構えでいる…。

それこそが、私たちの目指すべき大人像ではないでしょうか?


エネルギーに満ちたフレッシュさは、自然と表情などにも表れるものです。

何歳であろうと、「今日は新しい日である」という感覚を忘れずに、明るさと爽やかさを持って、日々、目の前のことに臨む姿には美しさがあります。

「自分は今、飛んでいる矢であるか?」と自分に問いかけ、常に、エネルギーに溢れたチャレンジャーでいてほしいと思います。


『大人だからこそ忘れないでほしい45のこと』ワニブックス





忌野清志郎さんの「空がまた暗くなる」という歌がある。

『おとなだろ 勇気をだせよ
おとなだろ 知ってるはずさ
悲しいときも 涙なんか
誰にも見せられない

おとなだろ 勇気をだせよ
おとなだろ 笑っていても
暗く曇った この空を
かくすことなどできない

ああ 子供の頃のように
さあ 勇気を出すのさ
きっと 道に迷わずに
君の家にたどりつけるさ』


大人になると、少しずつ若々しさを失い、自分が「エネルギーに満ちた“飛んでいる矢」であることを忘れてしまう。

それは、勇気を失ったということでもある。


「金や財産、名誉や地位を失っても、ほんの一部を失ったにすぎない。

しかし、勇気を失ったらすべてを失う。

勇気は頭からは生まれない。

勇気を生むのはただ行動のみ。

行動が勇気を起爆させるのである」(行徳哲男)


情熱は、行動することによってしか生まれない。

勇気も同じで、ただ行動あるのみ。


いくつになっても…

憧れに向かって飛ぶ、情熱の矢でありたい。


面白いとは何か?

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。





今回は、森博嗣氏の心に響く言葉より…「面白いとは何か?」です。


人間は、そもそも「新しい」ものが好きだ。

これは「好奇心」と呼ばれる性質でもある。

見たことがないものに近づき、手を出して、触りたくなる。


多くの動物にも、好奇心はあるにはあるが、人間ほどではない。

自然界の動物は、新しいものをむしろ避ける。

危険なものかもしれない、と判断するためだ。


好奇心旺盛なのは、子供や若者であるが、人間の場合は、かなり老年になっても、それを持っているようだ。

なかには、もう新しいものはいらない、今のままで良い、と頑なになる老人もいるようだが、いくつになっても、自分の好きな分野では、新しものに手を出したがる。

ただ、比較をすれば、そういった傾向は、やはり歳とともに衰えるように観察される。


「新しい」ものの「面白さ」に若者は敏感であり、年寄りは鈍感だといえるだろう。

この傾向からすれば、歳を取るほど、「面白い」ことは減っていく道理になる。

これはある意味しかたがない。

なにしろ、経験を重ねるほど、その人にとって「新しい」ものが減っていくことは必然であり不可避だからだ。

「それは、もう知っている」「試したことがある」という境地に達してしまう、ということだろう。


若者や子供は、新しいものに目を輝かせる。

「面白い」というよりも、「可能性」のようなものに惹(ひ)かれているのかもしれない。

つまり、「面白そうだ」という感覚である。

面白いかどうかは、試してみないとわからない。

だから「試してみたい」との欲求である。


子供が、何を見ても、「やらせて」とせがむのを、大人は知っている。

逆に、大人になるほど、手を出してみても、自分の得にならない、という悟りを開いてしまうのだろう。

子供は「無知」であるから、知らないことが周囲に沢山ある。

それらを知ることが、「面白い」のだ。

おそらく、知識を得ることで自身が有利になれるとの「予感」があるためだろう。


知らないよりも知ることは有利だ。

他者との競争にも勝てるし、自身の将来の可能性を広げるだろう。

つまり、好奇心とは自分が「成長」するイメージを伴うものである。

この自身の「成長」が「面白い」と感じられるのは、躰を鍛えたり、技を磨くための練習が「面白い」ことにもつながる。

いずれ得られる満足を予感させる「面白さ」といえるものだ。


「意外性」とは、その人が思い描いていない未来が訪れることだ。

これは、普通は「面白い」ことではない。

もし、ビスケットがもらえなかったら、犬はがっかりする。

いったい何が起こったのか、と途方に暮れる結果になるだろう。

人間の場合も、想定しない事態が発生することは、歓迎できない場合が多い。

特に、予期せぬトラブルなどは困る。

というよりも、想定外の悪い事態をトラブルと呼ぶのである。


ところが、その意外性が、「面白さ」になる。

ここは、さすがに犬ではなく人間だから、といえるかもしれない。

すなわち、「意外性」の「面白さ」を理解するには、或る程度の思考力や知性が要求される。


突拍子もないことが起こると、人はまずは驚く。

意外なことに対しては、びっくりするのが最初の反応だろう。

しかし、それが「面白さ」に変化する。

たとえば、ギャグの中には、この意外性がある。

変なことを言うな、という驚きがある。

もちろん、定番になって、来るぞ来るぞと期待したところへ出てくるギャグもあるが、慣れてしまうと、普通は笑えなくなるものだ。

これは、意外性がなくなるからにほかならない。


『面白いとは何か?面白く生きるには?』ワニブックス「PLUS」新書





「面白がる人には、どんどん面白いことが降ってくる」(小林正観)

小林正観さんは、宇宙の法則として、「投げかけたものが返ってくる(投げないものは返ってこない)」というものがあるという。

これはつまり、物理学でいう「作用」「反作用」と同じことで、言葉を換えて言うなら、「愛すれば愛される」「愛さなければ愛されない」「感謝すれば感謝される」「感謝しなければ感謝されない」「嫌えば嫌われる」「嫌わなければ嫌われない」「憎めば憎まれる」「憎まなければ憎まれない」ということ。

そして、自分に返ってくるものについて「宇宙は倍返し」という方程式があるともいう。

投げかけたものがまだ返ってこない間に、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を一切言わなければ、二倍のものが返ってくるという法則。


つまり、面白がる人には、どんどん面白いことが起こり。

逆に、つまらなそうな人には、ますますつまらないことが起こるということ。


二度とない人生、面白がって生きていきたい。










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鹿児島市西千石町のフレッセ厚生市場内にある靴修理・鞄修理・合鍵作製の店「リペアショップ鹿児島店」です。

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