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「自力思考」をやめ「他力思考」に!

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。




今回は、小林正弥氏の心に響く言葉より…「自力思考」をやめ「他力思考」に!です。


自力思考で働いていた頃の私は、どんなに頑張っても努力と報酬が比例しませんでした。

限界まで働き、倒れ、また休みなく働く、というラットレースの繰り返しで、過労のために倒れてしまったこともありました。

しかし、「他力思考」へと考え方を変えてから、世界が全く違って見えました。

「他力思考」の定義は次の通りです。


1.《人の頭を使う》自分の頭だけでなく、成功した人に知恵を借りる

2.《人の時間を使う》ブログやYouTubeで発信し、相手の時間を使って、価値を提供する

3.《人のお金を使う》採用・教育にお金を使わず、コミュニティメンバーから受講料を受け取り、自律型組織をつくる

4.《人の手足を使う》代行型から教育型に切り替え、自分の手足は動かさない

5.《人のエネルギーを使う》成功者の自信を借りて、新しいことに挑戦する

6.《人の人脈を使う》影響力のある人からキーマンを紹介してもらう

7.《人のモノを使う》書籍はデキル先輩からあえて借りる。ビジネスは基本的にGoogleの無料ツールを使う


「自力思考」をやめ、「他力思考」に切り替えること。

あなたが自力思考を続ける限り、あなたの望むような結果を出すことはできません。

なぜなら、1日24時間、1年365日は誰がどうやっても増やせないからです。


また、自分の頭で考えるということは、「過去の延長線上」で答えを出そうとしていることであり、過去の延長線上では、現状を打破するようなビッグアイデアは生まれません。

つまり、「自分の頭と時間」をいくら使ったところで、自力には限界があるのです。

すでに結果を出している人の「頭を使い(知恵や経験をお借りし)」、自分以外の人の「時間を使う(協力していただけるようにする)」「他力思考」が必要です。


『最速で10倍の結果を出す他力思考』プレジデント社




小林氏はこんなことを書いている。

『あなたより10倍お金持ちの人は、あなたの10倍才能があるわけではありません。

また、あなたの10倍働いているわけでもありません。

ただ単に、あなたの10倍、他力を使っているだけなのです。』


鉄鋼王アンドリュー・カーネギーは、自らの墓石に次のような有名な言葉を刻ませた。

『おのれよりも 優れた者に働いてもらう方法を知る男 ここに眠る』


優秀なリーダーは、一人の力の限界を知っている。

10倍の結果を出そうとするなら、10倍人の手を借りなければならない、ということを。

大きな成果をあげるには、多くの人の助けを借りなければならない。


自分一人の力など知れている。

「自力思考」をやめ「他力思考」にしていきたい。

「一番」ではなく「一流」になろう!

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。




今回は、伊那食品工業会長、塚越寛氏の心に響く言葉より…「一番」ではなく「一流」になろう!です。


同業の大企業同士が、規模の限られた市場の中でシェアを争い合う様子を見ると、やはり「何のためだろうか」と思います。

全国チェーンの店舗展開なども、あまりに急速で、地域にもとからあった他店への影響も心配ですし、自社の既存の店舗も維持できなくなっていくのではないでしょうか。

支店を増やすことは悪くはありませんが、ある程度じっくりと時間をかけて増やしていけば、人に迷惑をかけることなく成長していけると思います。

本来、店を増やすのは、お客様に価値が認められ、求められて行うことではないでしょうか。


また、「世界一」という看板を掲げて商品の販売個数を誇示する大企業がありますが、世界一になることにどんな意味があるのか、聞いてみたいものです。

「業界で一番になろう」「日本一になろう」といった目標を果たしたところで、それが企業や社会に何をもたらすのでしょうか。

それを誰が望み、誰が期待しているのでしょうか。


一番と二番で何が違うのでしょうか。

二番でも強い会社になっていけば、何も問題はありません。

内部留保をきちんとやり、社員教育をし、研究開発を着実に続けるとともに、メセナ活動、ボランタリー活動に力を入れることによって、世の中の役に立てる仕事をしていけば、一番でなくとも必ず強い会社になれます。

要は、利益をいかにバランスよく生かすか、です。

真に強い会社は、結果としていずれ、自然に一番の会社になれることでしょう。


トップになることに人間として根源的なテーマがあるのなら、みんなが応援します。

しかし経営者の一時的な虚栄心を満たすためでしかないなら、そのような目標も、目標を達成した状態も、長くは維持できないでしょう。

地球上の歴史が示しているように、トップの地位を何百年も保ち続けた会社はありませんし、一定額以上の売上を得たからといって、会社が永続する保証はありません。

巨大な企業と老舗はイコールではないのです。

それにもかかわらず、なぜ多くの企業が売上高や組織規模の拡大を急ぐのでしょうか。


大きくすることよりも、いい商品やいいサービスを提供し続け、社員も仕入先も幸福になって、世の中もよくなるということが、本来の事業の姿であると思います。


『幸福への原点回帰』(鍵山秀三郎&塚越寛)文屋




鍵山秀三郎氏が本書でこう語っている。

『「一番」ということで思い出すのは、「常に一流たるを目指せ」という言葉です。

長野県内の小中学校で教鞭をとられた毛涯(がい)章平先生はその意味されるところを、次のように説いておられます。

「一番とは一人の座なり。一流とはすべての者の至り得る所なり」。

一番を目指して、「収益を伸ばすためには手段を選ばない」というような成果主義、結果主義は、実に危険です。

日本全体が、成果を求め、効率を高めることに躍起になっている現状は、放っておくと危険度を高めていくでしょう。

成果主義では、早く結果が手に入りさえすればよいわけです。

人をだましても、ごまかしても、手を抜いてもかまいません。

ですから、人々はだんだんと手抜きをするようになりました。

人間は、手間のかかることや面倒なこと、ほんとうはやりたくないことをやったときにだけ、頭脳が成長し、人格も豊かに形成されていきます。

これは医学的にも実証されつつあることです。』


多くの会社は、規模の拡大を目指す。

いわく、「目標売上〇〇億円」、「店舗数〇〇店」、「利益〇〇円」等々だ。

しかしながら、それはお客様には何も関係のない話。

もっと言うなら、それは働いている人もあまり関係ない話だ。

売上が上がったからといって、お客様が得するわけでもなく、働いている人の待遇や処遇が変わるわけではない。

近くのコンビニが何万店になろうが、個人としては何も嬉しいわけではない。


我々が本当に目指すべきは、売上規模や店舗数ではなく、一店一店、一営業所一営業所のレベルを上げ、一流になっていくこと。

塚越氏のいう「いい会社になろう」ということだ。

「いい会社」や「一流の会社」になることこそが、お客様や従業員が喜ぶこと。

そして、「いい会社」は長く続く。


我々がこの世に生まれてきた究極の目的は、「人に喜んでもらうこと」。

これは、会社も全く同じ。

大会社になることでも、大金持ちになることでもない。


「一番」ではなく「一流」をめざしたい。

悪口を言われたとしても言い返さない

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。




今回は、斎藤一人さんの心に響く言葉より…「悪口を言われたとしても言い返さない」です。


《悪口を言われたとしても言い返さない。そういう人にいいことは起こるんです》

そもそも悪口は言った方が負けなんです。

いくら相手からどんな言葉を言われても、自分は悪口を言わない。

そうすれば、自分にいいことが起こる。

これは、ひとつの法則です。

それから、人をバカにしたり、威張ったりするのもよくないよ。

自分の庭に不幸の種をまいているのと、同じだよ。



《運は1回使ったら、おしまいではありません。自分で「運がいい」と思っていれば、いい運はずっと続きます。》

クジに当たったら、「これで運を使っちゃった」とか言っちゃダメだよ。

「次も当たる」「もっと当たる」「またいいことがある」と思うことだよ。

いい運は、ずっと続くんだよ。

いいことが起きたら、まだまだいいことが起こるというサイン。

ラッキーは続くと思って、次を楽しみにするんだよ。



《生きることも死ぬことも楽しい経験だよ。》

一人さんはね、この世で生きることはこの上なく楽しいと思っている。

刺激にあふれて、大切な仲間がいて、いろんな体験ができるからね。

だけど、死後の世界も素晴らしいことを知っているの。

死ぬことは本来、これ以上ないくらいの幸福感にあふれた心地よいことなんです。

だから、死ぬこともワクワクしている(笑)。

この世も、あの世も、楽しいところだよ。

だから、今は楽しくいきることなんです。



《急いで成長しなくてもいいんだよ。まだまだ先は長いから、ゆっくりでいいの。魂には、永遠に「死」なんてないんだから。》

人は何回も生まれ変わります。

だから、肉体は滅びても、永遠の魂を持っているんです。

ということは、そんなに急いで成長することはないの。

先は長いんだからね。

自分のペースでいいんです。

ゆっくりゆっくり上に行くことだね。


『斎藤一人一日一語』ぴあ




斎藤一人さんは、離婚についてこう語る。

《離婚するのは悪いことじゃないよ。家族みんなが自由になる手段のひとつだから。》

離婚がいけないことなんて、もうそんな考えは捨てていいよ。

昭和でも、平成でもない。

今は令和だからね。

相性が悪いのに一緒にいても、不幸になるだけ。

ならば、離婚した方がお互いのためです。

そして、別れたら子どもに「片親にしちゃってごめんな」とか言わないこと。

「お母さん(お父さん)は自由を選んだから、あんたも自由を選びな」って明るく言えたらいいね。



価値観は時代ととも大きく変わる。

離婚についてだけでなく、仕事における転職や副業そして、終身雇用などについての考えた方や価値観も昔とは大きく変わっている。

ITやAIなどのデジタル革命が起きたことによる意識の変化にもすごいものがある。


昔は多く覚えることができる人が重宝されたが、今はそれより、創造性があり斬新な発想ができる人がもてはやされる。

なぜなら、今は、わからないことがあれば、誰でもすぐにスマホで調べることができるからだ。


しかしながら、それとは逆に昔からずっと変わらないこともある。

それが、人間関係や生き方の極意。

たとえば、「悪口を言われたとしても言い返さない」とか、「運は1回使ったら、おしまいではない」とか、「生きることも死ぬことも楽しい経験だよ」とか、「急いで成長しなくてもいいんだよ。まだまだ先は長いから、ゆっくりでいいの」とか。

そして、一人さんの言っているような、これらの変わらないことは、なかなか学校では教えてくれない。

教科書にも載っていない。

だからこそ、社会に出てから我々はそれを学ぶ必要がある。

昔からの変わらない価値観を学び、そして同時に時代と共に変わる価値観も学ぶことができる人でありたい。

ひすいこたろう氏の名言セラピー

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。
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ひすいこたろう氏の名言セラピー より、2冊の本の紹介です。

メルマガ読者の皆様は
めっちゃごぶさたです。


2019年はいよいよ
令和
という時代が始まりましたが、


その令和のエネルギーがいよいよ本格化するのが
大嘗祭が行われる
11月14日ー15日でして

その前に

「和」の本質を伝える本を形にしておきたかったんですが
間に合いましたーーーー。


それがこの2冊。


吉武大輔さんとの共著
「~奇跡は常に2人以上~
  パズるの法則」
http://amazon.co.jp/o/ASIN/4479772197/nicecopy-22
(すでに発売になってます)


もう1冊は、山下弘司先生との共著
「名言なぞり書き 50音セラピー」
http://amazon.co.jp/o/ASIN/4418194339/nicecopy-22
(こちらは11月6日発売)


ふたりの叡智を借りて
最高の2冊を生み出せました。
大嘗祭前に世に出せて
ほっとしています。


どちらも違う角度から
「和」の本質をあぶりだした本です。


2020年は東京オリンピックがきます。
それはつまり、日本の文化、叡智が
世界中から注目を受ける年です。

そして2020年は、
日本という国を
初めて世界に紹介した書物「日本書紀」が
1300年記念を迎えます。


この偶然の一致は、
日本の叡智「和」の精神を
世界に発信する時だという完全なるサインだと
僕は受け取っています。

そこで用意したのが上記2冊です。


「パズるの法則」の中で

日本神話「古事記」の研究者、
加藤昌樹さんからおしえていただいたことをこう記しています。


---------------

『古事記』を研究している加藤昌樹さんは、
神話の中の日本の神様たちの言動を解読していく中でこう感じたそうです。




「問題は解決するために起きているのではなく、
話し合うために起きている」





日本の神様たちは何かあるたびに、
「天の安河原」(あめのやすかわら)に集まり話し合うのだそうです。


「天の安河原」とは、
なにを言っても批判されず、
全てを前向きに受け取る環境のことを表します。


そこではまず、感情の先にある「気持ち」をちゃんと伝え合う。
言葉で「気持ち」を伝えて「うん。うん」と受け取ってもらえると安心感が生まれます。

そうすると、もっともっと気持ちを伝えたくなって、
さらに気持ちをひらいてくと信頼感が生まれます。


そうやって、言葉で気持ちを伝え、受け取ってもらえると相手をドンドン信頼できるようになる。
それを繰り返していくと、相手が愛おしくて愛おしくてたまらなくなってきます。
それが愛情です。

愛情が育つと、多少欠点があってもゆるせるようになるし、
お互いに助け合い、相手の願いを応援したくなるのです。


日本の神さまたちは、言葉を使って気持ちを伝え合い、
信頼できる関係を作り、愛おしさを持って世界を作っていたのです。



これを
「平け(ことむけ)和す(やわす)」

と「古事記」では言っています。

これが「平和」の原点なんです。



問題は、キミとボクの関係がより深まるために起きてくれているのです。

解決より、尊重し合うことがむしろ本命だったんです。
解決より、人を愛おしむことが目的なのです。

------------------出典「パズるの法則」ここまで。


解決より
欠点をゆるし
助け合い
和を結ぶことを
大切にしてきたのが日本人なんです。


江戸時代や明治の頃の日本人は、海外の人たちから、このように評されています。


「日本人ほど愉快になりやすい人種はほとんどあるまい。
良いにせよ悪いにせよ、どんな冗談でも笑いこける。
そして子どものように、笑い始めたとなると、理由もなく笑い続けるのである」
リンダウ(スイス通商調査団)


「日本人はいろいろな欠点をもっているとはいえ、
幸福で気さくな、不満のない国民であるように思われる」
ラザフォードオールコック(英国の外交官)


「この民族は笑い上戸で心の底まで陽気である」ボーヴォワル


「誰の顔にも陽気な性格の特徴である幸福感、満足感、そして機嫌の良さがありありと現れていて、
その場所の雰囲気にぴったりと融け合う。彼らは何か目新しくすてきな眺めに出会うか、
森や野原で物珍しい物を見つけてじっと感心して眺めている以外は、絶えず喋り続け、笑いこけている」
1886年のタイムズ誌


「日本は貧しい。しかし、高貴だ。世界でどうしても生き残ってほしい民族をあげるとしたら、それは日本人だ」
ポールクロデール(フランスの詩人)


この頃の日本は、とても貧しかった時代です。
にもかかわらず、日本人はいつも笑いこけていて、
日本人ほど愉快になりやすい人種はいないと海外の人は口々に評してくれているのです。

僕ら日本人は、もともとは、生きることを、
たとえ、それがどんなに貧しい生活だったとしても、
喜び、面白がりながら
和を結んでいく達人だったのです。




そのことをもう一度、思い出しませんか?




幕末の革命家、坂本龍馬はこう言いました。

「日本を今一度洗濯しそうろう」


龍馬が2019年を生きていたら
2020年をこう評するでしょうね。


「この星を丸ごと洗濯する大チャンスぜよ」





和の精神をもう一度思い出そう。




日本の夜明けは
世界の夜明けぜよ。

受け容れるということ

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。




今回は、小林正観さんの心に響く言葉より…「受け容れるということ」です。


「自分の子供が不登校になってしまった。どうしたらいいだろう」

という相談を受けたという話を書きました。

結局、不登校になった子供を受け容れれば、受け容れた瞬間に、その問題は何も生じなくなってしまうのです。

問題が解決してしまうというよりは、問題そのものがなかったということに気がつきます。


「問題だ、問題だ」と言っていた自分の問題であって、もともと不登校そのものが問題なのではなくて、それを「問題だ、問題だ」と言っている自分の心の問題として、それが悩み・苦しみになってしまったということでした。

子供が不登校になった、学校に行かなくなった。

ただそれを淡々とした事実として受け容れた瞬間に、子供にとっても自分にとっても、何の悩みも苦しみもなくなってしまうのです。

思いどおりにしようとしないこと。

それはイコール、その目の前の現象を受け容れるということでもあります。


生老病死(しょうろうびょうし)、生まれること、老いること、病むこと、死ぬことも、そのまま受け容れる。

そうすると、悩み・苦しみから遠ざかることができます。

悩み・苦しみを持たなくても済むことができます。


病気をしたら病気をしたでよし。

死ぬようになたら死ぬようになってそれでよし。

愛している人と別れなければいけない状況になたらそれもよし。

それについて評価・評論をしない。

感想もいちいち言わない。

「ああ、そういうふうになりましたか」というふうに受け容れることが、自分にとっていちばん楽なのです。


そんなに簡単に受け容れられるわけがないではないかと言う人がいるかもしれません。

私は受け容れる「べき」だという理論を展開しようとは思っていません。

受け容れることでいちばん得をするのは、いちばん楽になるのは、受け容れた本人なのですから。


私は、こうするべきだ、ああするべきだというような「べき論」として話をしているのではありません。

悩み・苦しみが多い人は、実は自分の思いがたくさんあり、それを想いどおりにしなければいけない。

思いどおりにならなければ嫌だと思う「思い」がたくさんあるという宇宙の構造や事実に気がついてしまったのです。

悩み・苦しみが多い人は、「思い」が強い。

あるいは「思い」をたくさん持っている人にほかなりません。


宇宙に、地球に、すべてを委ねている人、自分の思いや我儘(わがまま)をほとんど言わないで、静かに穏やかに穏やかに淡々と暮らしている人ほど、悩み・苦しみは少ないのです。

ほとんど悩んでいなくて、苦しんでいなくて、いつも笑顔で静かに穏やかに暮らしている人を私はたくさん知っています。

そういう人はほとんどの人が「思い」を持っていません。

思いどおりにしようという心が著しく少ない人ほど、楽に静かに楽しく生きることができるように思います。


『釈迦の教えは「感謝」だった』風雲社





小林正観さんは、「受け容れる」についてこう書いている。

『(ある人が癌だと宣告され)あと三ヶ月の命、あるいはあと半年の命と言われたとします。

ありとあらゆる療法を試みて、自分の命を延命させたい、なんとか命を助けたいと、闘病生活を続けている間は、多分、苦しい心の状況だと思います。

それを仮に三ヶ月後、半年後に死ぬことを受け容れてみる…。

それを前提として、死ぬことを受け容れて、そして人生を考える。

今までは、家族のため、あるいは自分が向上しなければならないということで、無理やり努力をしてきた。

努力は本来、嫌がることを自分に課すことですから、体がそれによって、生きていたくないというふうに反応するのは当然なのです。

癌はそれを伝えにきてくれたのかもしれません。

その結果として会社を辞めることができ、仕事を休むこともできます。

そして、絵が好きだった人は、絵を描いてみればよい。

その三ヶ月の間に十枚の絵を書き残す。

死ぬことを受け容れて、あとは死ぬまでに何を残していくか、それだけを考えるのです。

そういう生き方、考え方を、「受け容れる」といいます。

初めは仕方なく受け容れていたかもしれません。

しかし、絵を三枚、四枚、五枚と描いていくうちに、

「ああ、癌になってよかた。癌にならなければ、こんな状態を永久に死ぬまで味わうことができなかった。』と思えるようになるかもしれません。

これは、受け容れるという心の段階でも、かなり上のほうになってきます。

そして、さらにその受け容れる気持ちが高まってゆくと、ついには、両手を合わせて感謝をしたくなります。

癌に両手を合わせて感謝をしたくなるのです。

「ああ、癌になったから、癌細胞さんが増えてくれたから、私は会社を辞めることができて、自分の好きなことに専念することができた」

「こういうほんとうに幸せな時間を下さったのは、癌細胞さんのお陰だ。癌細胞さん、ありがとう」

と、ほんとうに心から手を合わせることができたとします。

そうすると、癌細胞は消えていくらしい。

癌細胞は感謝されるのが大嫌いで、癌細胞は感謝の念を降らせられると、あっという間に消えていかざるを得ないようなのです。

逆に、癌細胞はストレスやイライラがとても大好きで、そのエネルギーを栄養剤としてどんどん増殖します。

免疫ということもまったく同じように作用するのですが、要は肯定的な生き方、喜びを持って楽しく生きる生き方。

そしてさらに、その受け容れが最高潮に到達すると感謝という概念になるのですが、その感謝にまで至ると、ついには癌細胞さえも生存することができなくなってしまいます。

体の免疫構造としては、喜びを感じ、幸せを感じ、さらにその心が感謝というところまで至ると、免疫性が猛烈に強くなるようです。』


「生老病死」について、我々はそれをなかなか受け容れることができない。

老病死が「苦」であることはわかるが、「生まれてくること」がなぜ苦なのかというと、それは生まれてくることによってすべての苦が生じるからだという。

生まれてくることが「縁」となって様々な「苦」が生じる。

なお、仏教でいう「苦」は思いどおりにならないことをいう。


仏教の出発点は「一切皆苦(いっさいかいく)」。

つまり、人生とは思い通りにならないと知ることから始まる。

そして、なぜ「苦」が生じるかというと、それは「諸行無常」という、すべてはうつり変わるから。


あらゆるできごとを…

淡々と、受け容れることができる人をめざしたい。






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鹿児島市西千石町のフレッセ厚生市場内にある靴修理・鞄修理・合鍵作製の店「リペアショップ鹿児島店」です。

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