鹿児島市西千石町の「フレッセ厚生市場」にある靴修理・鞄修理・合鍵作製のお店です。
 

店 名   リペアショップ鹿児島店
住 所   鹿児島県鹿児島市西千石町13-11
電 話   099-223-1766 
店舗URL http://ebisusama2322.on.omisenomikata.jp/


千年後の歴史教科書

テーマ:ブログ

リペアショップ鹿児島店の坂元です。

今回は、「千年後の歴史教科書」です。

前回のブログ「100年後の教科書」の続きで、

ねずさんの「昔も今もすごいぞ日本人」(小名木 善行 著書)により詳しく、

”未来の世界の歴史教科書には、20世紀に関する記述として、間違いなく「植民地時代の終焉」に日本人が貢献したという語句が入る” とねずさんも語ってましたので、重ねて紹介します。

 

以下、著書の内容です。

 

  


 20世紀における最大の出来事


 仮にいまから千年後の子供たちが、世界史の授業で20世紀という時代を習うとします。そのとき、20世紀を代表する最も大きな出来事は、いったい何だと教わるでしょうか。
 みなさんは、何だと思われますか?
 世界史---つまり人類史において、20世紀を代表する最大の出来事とは…・?

 私は間違いなく、「槙民地支配の終焉」を挙げることになるだろうと思います。

人が人を差別する時代、しかもそれを国家ぐるみ、民族ぐるみで人種差別し収奪した時代、これがはじまっ
たのは、16世紀の大航海時代から以降のことです。


 もちろん古代においても奴隷支配という植民地の原型はありましたが、対等に戦い、勝負した結果、支配する者と支配される者に別れ、歴史においてその地位が度々逆転した中世以前の戦勝国による支配と、大航海時代以降の国家ぐるみ、民族ぐるみで人種そのものを差別し搾取した「植民地支配」とでは、その規模も内容もまるで異なっています。

 16世紀以降、アジアやアフリカの有色人種諸国は白人が入植する植民地となり、現地の人々は収奪され、家畜のように扱われ、そして愚民化政策によってただ隷属するだけの民族に仕立て上げられていきました。


 当時の白人たちにとって、被植民者である現地のカラード(有色人種)は、人間ではありませんでした。

これは誤解されている方もいらっしやるのですが、人間として扱わなかったのではなく、そもそも白人たちは有色人種を人類とは別の種類の生き物-つまり獣であると認識していたのです。

 

有名な話ですすが、植民地においては、白人の娘さんが部屋で着替えているところに、有色人種の男性(奴隷)が用事で入ってきても、娘さんは平気だったそうです。

要するに室内に犬や猫が入ってきたのと、まるで同じだったのです。もちろん白人女性が着替えているところに、白人男性が入ってきたら、それはもう大騒ぎになります。

 こうした欧米列強による有色人種への植民地支配は、約500年続いたのです。

その間、何度かカラード(有色人種)による大規模な反乱なども起こってます。

インドで1857年に起こったセポイの乱などもその一例です。                            暴動は白人たちの圧倒的火力の前に鎮圧され、首謀者たちは大砲の前に縛るつけられた状態で大砲は発射され、五体をバラバラに飛ばされて処刑されました。

なぜそのような残虐な方法で処刑されたかといえば、有色人種は人間とはみなされていなかったのです。

ところがそうした植民地時代が、20世紀の終わり頃、突然各地で終焉を迎えたのです。

世界中の被植民地国家は次々と独立を果たし、欧米諸国はその富の源である植民地をことごとく失いました。
 それだけではありません。


 かつて披植民地として支配されたカラード(有色人種)国家は、経済面でも急激な成長を遂げ、21世紀となったいまでは、世界の経済の牽引役にまで育っています。

この突然の変化の背景には、何があったのでしょうか。500年続いた絶対的優位の植民地支配が、なぜ、こうも短期聞に突然の終息を迎えたのでしょうか。

これをお読みのみなさんなら、もうお分かりかと思います。
 答えは、日本にあります。

 東洋の辺境にあった島国の日本が、世界でただ一国、カラードでありながら自尊独立のために短期間で国をまとめ、積極的に欧米の文物を取り入れ、瞬く間に欧米列強と肩を並べる強国になったかと思うと、    

ただ一国で世界最強の誉れ高いロシア陸軍を彼らの最も得意とする陸戦で打ち破り、さらに世界最強のバルチック艦隊を壊滅させたのみならず、昭和16年には絶対に負けることがないと信じられた大英帝国の東洋不沈檻隊を壊滅させてしまいました。

 さらに日本は、植民地支配されていた諸国で白人支配者を追放すると、現地の人々に行政を教え、教育を施し、軍備を整えさせ、彼らの独立自尊を手助けしました。

 その代わりに、日本は満身創痍の焼け野原になりましたが、ついに世界は、植民地支配という構図を失うに至ったのです。


 その象微となったのが、昭和39(一九六四)年の東京オリンビックでした。


 東京オリンピック参加国は、その時点で史七最多の93カ国です。

なぜ最多なのか。新たに独立した世界中の元植民地国が参加してくれたからです。

東京オリンピックのマラソンで優勝したアベベ選手は、イタリアの植民地から独立したぼかりのエチオピアからの参加です。


 ちなみに東京オリンピックの前に開催された1960年のローマオリンピックの参加国は83です。

1956年のメルボルンオリンピックでは、参加国は67でした。1896年に行われたアテネオリンビックでは、参加国はわずか14です。

東京オリンピックの次に開能されたメキシコシティオリンピックでは参加国は112となり、2012年のロンドンオリンピックでは、ついに参加国は204となりました。


 参加国が増えたということは、それだけ独立国が増えたということです。そしてそうなった背景には、間違いなく日本の働きがそこにあるのです。


 日本は戦争目的において勝っていた。


 そして、二十世紀までの世界史のなかで、自国の利益を度外視してまで周辺諸国の独立と平和のために戦い、勝利を得、それら諸国に莫大な経費をかけて独立を促したという、まさに神様のような国は、日本以外に存在しません。


 韓国人で、韓日文化研究所の朴鉄柱氏は、次のように述べています。

大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗れたのはむしろイギリスをはじめとする植民地を所有していた欧米諸国であった。
 彼らはこの戦争によって槙民地をすべて失ったではないか。

 まさに、そのとおりです。

500年後、千年後の世界の歴史教科書には、二十世紀に関する記述として、間違いなく「植民地詩代の終焉」という語句が入ると思います。

 これこそ20世紀最大のエポックであり、人類史に残る偉業といえることだからです。

そしてこれを成し遂げたのは、まぎれもなく、私たちと血のつながった若き日の私たちの父祖たちだったし、それを引き起こしたのは間違いなく日本でした。
 そういうことを私たちは、しっかりと知っておく必要があると思います。

 

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