鹿児島市西千石町の「フレッセ厚生市場」にある靴修理・鞄修理・合鍵作製のお店です。
 

店 名   リペアショップ鹿児島店
住 所   鹿児島県鹿児島市西千石町13-11
電 話   099-223-1766 
店舗URL http://ebisusama2322.on.omisenomikata.jp/


日本人の”察しと思いやり”

テーマ:ブログ

 リペアショップ鹿児島店の坂元です。

今回は、会田雄二氏の著書「日本人として言い残しておきたいこと」から、日本人の”察しと思いやり”です。

 会田氏はその著書で、

「日本の社会では、自己主張は共同体の和を乱しかねない危険なものであり、個々は身のほどをわきまえ、慎み深く控え目にしていてこそ、穏やかに平和に生きて行くことができるのだ」と共同体の和を述べて、「その共体同の中で『個は存在』は、”相手のことを察し、思いやる” ことで、個は保たれ、尊重されるのだ」と結んでいます。

日本人の ”相手のことを察し、思いやる心” は日本人の最大の美徳ではないかと思います。

 

 

 

 

以下、著書の内容です。

日本人の個の意識は欧米のとは違う


察しと思いやり。これこそ日本人の心を色濃く染めている特徴である。

照葉樹林帯に根ざしたワンルーム的家屋構造が、日本人のこの心を育てたのだ。

 濃密な共同体意識は、ともすれば個の意識をその中に埋没させがちである。日本人の集団主義をこの共同体意識と結びつけて説く議論がある。その結論は、日本人の個の意識の希薄さ、自我意識の低さに落ち着いて行くのがオチである。


 しかし、日本人は共同体的な集団の中に埋没してしまって、個の意識が希薄か、それともないのだろうか。

そんなことはない。家庭内を無礼講状態において、個我の意識を自由にさせた知恵には欧米以上のものがある。子供たちは、その世界で激しい競争の訓練を受けているのである。

そのような個が育っていかない限り、明治維新後の近代社会を構築できるはずがない。

 日本人の個の意識は、欧米のそれとは現れ方が違うのである。

欧米における個の意識は強烈な自己主張に向かわせる。他に対して攻撃的なスタンスをとることによって、個を際立だせる。前にも述べたが、欧米はそうしなければ生きて行けない社会なのだ。

 そこから、個の意識は攻撃的自己主張と同義語のようにとられている趣がある。だが、それは誤解と言うものだろう。自己主張は、個の意識が強ければ必ずでてくるというものではない。

攻撃的な自己主張をしなくとも、個の意識が保たれるという社会の在り方もあるのだ。

照葉樹林帯の在り方がそうである。

 すでに述べたように確か照葉樹林帯における社会の在り方は自己主張をマイナスとする。

ごく小さな共同体でも、自給自足的に充足している照葉樹林社会では、自己主張は共同の和を乱しかねない危険なものである。人間個々は身のほどをわきまえ、慎み深く控え目にしていてこそ、穏やかに平和に生きて行くことができるのだ。


 照葉樹林帯の文化とヨーロッパやアメリカの基盤となっている乾燥落葉樹林の大平原地帯から生れ成長したそれぞれの文化の違いを無視した議論は、とんでもない間違いをおかしかねない。

 だが、身のほどをわきまえ、自分の分を知り、控え目に慎み深くしている生き方が照葉樹林文化では望ましいものだとすると、強烈な自我は共同体の浸食を受け、個は存在しなくなってしまうのではないか、という懸念はもっともである。

そこを微妙な心の働きによって、個を保ち、保障していくのが、日本の在り方なのである。
 その微妙な心の動きが、察しと思いやりである。相手のことを察し、思いやる。これこそが個を保つ日本人の無比なる知恵といってよい。

 欧米の個と日本の個は、在り方のベクトルがまったく反対なのだ。欧米は自己主張し、外に向かって行くことによって個が保たれ、保障される。

だが日本では、個は外に向かっては行かない。

その必要がないのである。お互いに察し、思いやることによって、個は保たれ、尊重されるのだ。
このこまやかさによって、日本人は集団と個のバランスをとっているのである。
 

個と全体のバランスは、攻撃的個人主義の欧米では相互に主張し、衝突し、妥協に到達するということで保たれる。

日本では言葉に出せば、必ず要求は過剰になる。それのみか、その主張には偽り、不正な自己正当化を必然的に内在させる。

 そういう言葉、言挙げ、いいつのりではなく、より自己の心を拡大する訓練を行うことで解決する。

察し、思いやり、慎み、控え目といった心情を養うことがそれであるとする。

ここに日本人の品性、優美さ、精密さ、織細さといったものが生まれる。


 そして、この点も重大な要因なのだが、

そういう察し、思いやり、包容力というものをまったく欠いた人間によって自分の個が無視、否定されたとき、

私たちはそれを最大の恥と思い、そういう侮辱を与えた人間は、自分の名誉を侵略した、許し得ない人間として、それに戦いを挑むことを悔いたりしないのだ

戦国時代、日本にやってきた宣教師が、日本人は慎み深く、もの静かな人間だが、なによりも名誉を重んじ、それを傷つけられたと思ったら、死をもって対処することにいささかのためらいもない、と口をそろえるのは、そのことをいっているのである。 


今年も靴修理店・店長ブログを応援頂き有難うございました。

皆さま、良いお年をお迎えください。

 

 

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