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戦乱の大陸、平和の列島 ~ 石平著『なぜ日本だけが中国の呪縛から逃れられたのか

テーマ:ブログ
リペアショップ鹿児島店の坂元です。


国際派日本人養成講座 ■■より、「 戦乱の大陸、平和の列島 ~ 石平著『なぜ日本だけが中国の呪縛から逃れられたのか 」です。





「脱中華」の日本思想史』を読む

 我が先人たちは、いかにして独立した平和な国を築いてきたのか?


■1.先祖返りする中華人民共和国

 3月11日の中国・人民代表大会で、国家主席の任期制限を撤廃する憲法改正案が可決された。しかも賛成2958票に対して、反対2票、棄権3票という、通常の民主主義国家ではありえない投票結果だ。任期制限はなく、選挙も茶番であれば、国家主席は皇帝と変わらない。

 中国は長い歴史を通じて、数百年ごとに王朝が衰退しては、戦乱の中から新しい王朝が興ってきた。現在の中華人民共和国なる体制も、表向きは「共和国」であるが、実質的な選挙もなく、法治に基づいた政権交代もない、古代からの王朝そのままだ。

 しかも今や年に数万件も農民や労働者の暴動が起こり、それを武力で抑えつけている所などは、歴代王朝の崩壊前とそっくりだ。

 一方、わが国は一系の皇室が125代も続いてきており、そのほとんどの期間を安定した平和のなかで過ごしてきた。このあまりにも鮮やかな違いはどこから来るのか。石平氏の近著『なぜ日本だけが中国の呪縛から逃れられたのか 「脱中華」の日本思想史』[1]は、この違いの原因を見事に描き出している。

 この本を読めば、日本人が中国人民のように歴代王朝の暴政や、王朝交代時の戦乱から逃れてこられたのは、わが先人たちが「中国の呪縛」から独立して、独自の国家と文明を築いてきた苦心のお陰であることが良く分かる。

 今回はこの本のごく一部を紹介しつつ、我らが先人の苦心の一端を偲んでみたい。


■2.「天」の代理人としての「天子」

 中国の統治思想は儒教の二つの原理からなっている、と石平氏は指摘する。「天命思想」と「中華思想」である。まず「天命思想」は以下のように説明されている。

__________
「天」は自らの意思を直接、語りはしないが、人間の世界から誰かを自分の「子」として選び、「天子」であるこの人に支配権を委譲する。そして「天子」を通して人間世界を支配するのである。[1, 140]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 すなわち「天」は皇帝を通じて人間世界を統治するので、すべての人民は皇帝に従わなければならない。したがって皇帝は「独裁者」となる。しかも天の代理人としての皇帝の地位は終身であり、かつ子孫代々に受け継がれていく。

 この思想は、民主主義とは全く相容れないものである。民主主義においては、国民が統治権を持っており、選挙を通じて政治家を選び、統治権を一定期間委ねる。その政治家が独裁者となるのを防ぐために、たとえば米大統領であれば、1期4年で、4年毎に選挙を経なければならず、それも2期までと決められている。

 今回、習近平が茶番の選挙により、任期制限を撤廃したのは、選挙と任期という民主主義の根幹の放棄であり、中国伝統の皇帝に近づいたということである。普通の民主主義国家なら、ごうごうたる非難を巻き起こす処置だが、中国では民衆からして、天命思想に染まっているので、それほどの違和感はないのであろう。

 次なる一歩は、皇帝の地位が子孫に伝えられていく、という世襲制である。我々はその実例を、すでに北朝鮮に見ている。朝鮮人民も長らく中国の属国民として、この天命思想に染まっているのだろう。


■3.独裁と戦乱のサイクル

 しかし、皇帝が権力をほしいままににして、私利私欲にふけったり、圧政暴政が続くと、「天」は別の人間を「天子」として選び、統治権を引き渡す。「天命」を「革(あらた)める」、これが「革命」である。

 したがって、別の人間が、「今の皇帝はすでに『天』に見捨てられた。我こそは新たに『天命』を受けたものである」と主張して、「革命」を引き起こすことができる。

 皇帝の権力を牽制するのは、このような革命勢力のみである。両者の決着は武力でつけるしかない。ということは、皇帝は武力が強い間は独裁権力を振るい、その武力が弱って革命勢力が立ち上がると戦乱となる。この独裁と戦乱が、天命思想における統治サイクルになってしまう。

 史実を見てみよう。秦の始皇帝は紀元前221年に、それまで列強各国が争っていた戦国時代を勝ち抜き、史上初めての中国統一を成し遂げ、最初の皇帝として「始皇帝」と名のった。

 しかし、万里の長城の原型や、1万人が座れる前殿を持つ阿房宮、さらには8000体近くの等身大の兵馬俑で知られる秦始皇帝陵などの建設で人民に多大な負担を強いたため、暗愚な二世皇帝の時に全国的な反乱が起きた。これが紀元前209年の陳勝・呉広の乱で、劉邦が紀元前202年に全土を再統一して、前漢の皇帝になるまで、戦乱が7年間続いた。

 秦の皇帝の姓は「えい」(漢字はパソコンでは表示できない)だったが、前漢の「劉」に「姓が易(か)わる」、ということで、中国の王朝交替は「易姓革命」と言われる。

 王朝交代時の戦乱が7年というのは短い方で、前漢の崩壊時は184年に起こった黄巾の乱以降、220年に魏が成立するまで、36年もかかった。

 こうして皇帝の勢力が強い時は独裁が続いて、暴政圧政に民意が離反し、ついには反乱が起こって、易姓革命につながる。天命思想はこのような独裁と易姓革命の戦乱を生み出す毒をもっている。


■4.漢民族こそが世界の中心であり、唯一最高の中華文明

 天命思想とセットになっているのが「中華思想」である。「天」は「天下」を治めるために、天子に天命を下す。この「天下」とは文字通り、人間世界すべてを意味する。

__________
『詩経』『荀子』『韓非子』『呂氏春秋』などの中国古典に度々出てくる有名な言葉がある。「普天の下、王土に非ざるは莫(な)く、率土(そつど)の浜、王臣に非ざるは莫し」(天下のもの全て、帝王の領土でないものはなく、国のはてまで、帝王の家来でないものはいない)というものである。
中国の知識人なら誰でも知っているこの十六文字の漢文(普天之下、莫非王土、率土之浜、莫非王臣)にこそ、中国伝来の世界観が凝縮されている。いわゆる中華思想とは、まさにそういうものである。[1, 238]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 しかし、等しく天下の民と言っても、平等ではない。自分たち漢民族こそが世界の中心であり、唯一最高の中華文明を持ち、その周囲の異民族はすべて文明に浴していない野蛮人と見なした。それを「東夷・西戎・南蛮・北狄」と呼んだが、夷、戎、蛮、狄の語源は獣や虫を意味する。

 これらまだ中華文明の「教化」に浴していない「化外の民」を文明化していくことは天子の役割であり、「天命」の一部であると考えられた。


■5.中華思想が侵略を助長している

 この中華思想も、現代の中国共産党政府の言動によく表れている。たとえば、「中華民族」という用語。これは漢民族に、モンゴル、チベット、ウイグル、その他のすべての少数民族を総称した言葉である。

 言語も生活様式も異なる異民族を「中華民族」としてひとくくりにする考え方自体が、文化人類学などの現代的学問を完全に無視している。その根底には、周辺諸民族も漢民族の統治に服して、一つの統一国家に属するべきという中華思想がある。

 これは各民族が自前の国家を持つことが良いとする「民族国家」の理想をまったく無視した考え方である。この中華思想ゆえに、チベットやウイグルなどを武力で占領しても何の罪悪感も感じない。この思想は、南シナ海を占拠したり、尖閣諸島のみならず沖縄までも狙おうとする現代中国の侵略性を助長している。

 しかも各民族の文化を相互に尊重すべしという国際社会の常識をも無視しているので、チベットの僧院を破壊したり、漢民族の大量移住なども平気でする。

 海外に移民しても、中国人は現地の文化など尊重せず、自分たちだけのコロニーを作って生活する傾向が強いのも、この中華思想の表れだろう。


■6.「皇国思想」の効用

 我々日本人の祖先は、古代から中華文明に多くを学んできたが、同時にこの天命思想と中華思想をいかに排斥するかに苦心してきた。それも当然だろう。このセットを受け入れたら、日本は「化外の地」として、中国皇帝を仰ぎ、その「教化」を受けなければならない。誇り高き我が先人たちは、そのような道を選びはしなかった。

 天命思想・中華思想を排除するための思想は、日本神話の中にあった。この日本列島はイザナギとイザナミの二柱の神が産み、その子である天照大神が、その孫にあたるニニギの命に、「天下って統治せよ」と神勅を与えた。その子孫たる皇室が、代々、神勅を受けて、日本国内を統治する、というのが「皇国思想」である。

「天命」などという、どこにあるのか確認のしようのないものと違って、皇室は天照大神の子孫であるから、「血筋」という客観的な事実に基づく。したがって、その血筋を持たない野心家が、支配者になろうとしてもできない。これは反乱や革命をあらかじめ牽制する効果を持つ。姓を持たない皇室には易姓革命は無縁であった。

 古代、中世には、壬申(じんしん)の乱や南北朝の乱のように、皇族どうしが皇位を争うということもあったが、やがて天皇に指名された為政者が権力を用い、皇室は権威のみを持つ「権力と権威の分離」という仕組みが定着した。これにより、独裁者に対してはある程度の牽制がなされ、かつ権力者交替に伴う戦乱も皇室の裁定により、相当程度緩和されるようになった。

 こうしてわが国は天命思想の生む独裁と戦乱という毒を、皇国思想によって排除することができたのである。

 国境や民族という概念を無視する中華思想の毒に対しても、皇国思想は効用を持っていたように見える。皇室の先祖神が産んだのは「大八洲(おおやしま)」、すなわち日本列島である。海の外については、古事記、日本書紀では朝鮮半島などに関して多少の記述はあるものの、あくまで外国として描かれている。

 すなわち、皇国思想は国境の概念を持ち、その国境内では独立した、かつ統一された主権国家の存在を前提としている。これは現代の国際社会が前提としている主権国家の考え方ときわめて親和性が高い。そして、中華思想の持つボーダーレスなグローバリズムという毒を排除するものである。


■7.中華思想を打ち砕いた聖徳太子の国書

 皇国思想とともに、我が先人たちが脱中華のために活用したのが仏教だったことを、石平氏は鮮やかに解き明かしている。仏教導入の中心人物は聖徳太子であり、太子が隋の皇帝と交わした国書にその片鱗が窺われる。

 その国書の書き出しは「日出ずる処の天子、書を日没するところの天子に致す、恙なきや」であった。この書は日本にも対等の天子がいることを前提としており、天子は世界の中心に一人しかいない、とする中華思想を完全に否定している。その挑戦的な言辞を「恙なきや」と、いかにも親しげに結んでいるのは、巧みな外交センスである。

 国書を受け取った煬帝は「蛮夷の書、無礼なる者り」と怒ったと伝えられているが、当時、隋は高句麗と戦っており、さらに日本を敵に回す余裕はなかった。煬帝は「皇帝から倭皇に挨拶を送る」と唯一の皇帝の存在を主張しながらも、「倭皇」と部分的に持ち上げる国書を送らざるを得なかった。[a]

 また国書を持参した使節の小野妹子が述べた冒頭の挨拶は、「海西の菩薩天子重ねて仏法を興すと聞く。故に使いを遣わして朝拝せしめた」というものだった。「海西」という言葉は、日本から見て「海の西」という言葉で、これも中国が世界の中心だという中華思想を無視した表現である。

「菩薩天子」といい「仏法を興す」という表現も、中華文明の上にインドで生まれた仏教を置き、我々はそれを学びに来た、ということで、これまた中華文明が世界最高のものだという中華思想を全否定している。

 石平氏は、この口上の背後に隠された大和朝廷の対中国戦略思考を次のように解き明かす。

__________
 それは、普遍性のある仏教という世界宗教のなかに身を置くことによって、中国文明ならびに中華王朝の権威を相対化し、中国と対等な外交関係を確立していく、というものだ。[1, 523]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

■8.「脱中華」の志の継承

 石平氏の著書は、このような「脱中華」、すなわち政治的、思想的な独立に向けて、我々の先人がどのように取り組んできたか、古代から明治維新まで概観した名著である。

 冒頭で述べたように、習近平政権は天命思想と中華思想に先祖返りしつつある。中国が強大な経済力と、近代的な軍事力を備えた今、その毒は中国国内のみならず、台湾や東南アジア、チベット、ウイグルなどの周辺諸国、そして世界全体に拡散されつつある。

 その毒から、我々自身、周辺国民、地球全体、さらには中国人民自体を守るためにも、我々の先人の独立と平和への志を継承していかなければならない。
(文責 伊勢雅臣)


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