鹿児島市西千石町の「フレッセ厚生市場」にある靴修理・鞄修理・合鍵作製のお店です。
 

店 名   リペアショップ鹿児島店
住 所   鹿児島県鹿児島市西千石町13-11
電 話   099-223-1766 
店舗URL http://ebisusama2322.on.omisenomikata.jp/


人生は祭り

テーマ:ブログ

リペアショップ鹿児島店の坂元です。





今回は、斎藤一人さんの心に響く言葉より…「人生は祭り」です。


オレは、人生を、こういうふうに思っているのね。

神さまからのご招待なの。

何のために、地球にご招待されたんですか、っていうと、お祭りなの。


そう、人生はお祭りなの。

一人さんの人生は、「斎藤一人」という男の祭りなの。

祭りだと思って自分の人生を生きるんだよ。


自分の人生を「祭りだ」と思って生きていると、いかにも、祭りらしい人生になるんだよ。

どういうことですか、っていうと、たとえば、リオのカーニバルって、あるじゃない?

リオのカーニバルで踊っている人に、シンキくさい話をしたり、つまんなそうな顔をしている人、いるかい?

いないよね。

祭りのときは、祭りに合わないことはしないものなんだよ。


それで、年に一度の、リオのカーニバルの開催日を目指して、みんな、いっしょ懸命、働くんだよな。

オレの場合は、毎日がお祭りなんだよね。

人生が祭りだから。

「斎藤一人」とい、男の祭りなの。


男の祭りっていうと、オレのイメージでは、粋に酒をあおって、いい女がそばにいて(笑)。

だから男は、わっせ、わっせ、神輿(みこし)を担ぐんだよな。

要はカッコつけるんだよ。


カッコぐらい、つけたほうが、いいんだとオレは思ってるの。

祭りなんだから、カッコぐらい、つけたほうがいいんだよ。

人生が祭りだから、オレは、仕事もお祭りのようにやっちゃうんだよね。


ただ担いでいたんでは、神輿が重くてしょうがないの。

だから、神輿の担ぎ手は、もんで、もんで、神輿をもむんだよ(神輿を激しくゆり動かすことを「神輿をもむ」と言います)。

「神輿をもむ」というのは、カッコつけてるの。

カッコつけるからこそ、神輿は面白いんだよ。


神輿の軽いやつなんか、ピンとこないよ。

重いぐらいが、ちょうどいいんだよね。

それで、わっしょい、わっしょい、ゆらして、ゆらして、ゆらす。

しんみり担ぐと、全然、燃えないよ。


燃えて生きたいんだよ。

だから、オレは、わっせ、わっせ、もんでもんで、もんで進むんだよね。


こうやって仕事をしていると楽しいんだよ。

人生は祭りだと思って生きていると、人間関係も楽しいし、人生が全部、楽しいんだよ。

そして、斎藤一人という人間は、たった一人でも、「お祭り」をやり続けるの。

なぜですか、って、それがオレ、斎藤一人だから。


『斎藤一人 極楽人生』(道井さゆり)信長出版




小林正観さんの「無敵の生きかた みんなが味方になる」(廣済堂出版)の中にこんな一文がある。


『古事記の中にある「天岩戸(あまのいわと)開き」という話の中に、神様の性質が隠されています。

それは次のような話です。

「須佐之男命(すさのおのみこと)の乱暴な行動に怒り、天照大神(あまてらすおおみかみ)は天岩戸に閉じこもってしまいました。

すると、すべてが闇になり、さまざまな禍(わざわい)が生じます。

どうしたらいいものかと八百万(やおよろず)の神が相談し、さまざまな儀式を行いました。

そして、天細女命(あめのうずめのみこと)が天岩戸の前で桶を伏せて踏み鳴らし、踊ることになったのです。

この踊りを見た八百万の神々から、笑いの渦(うず)が巻き起こります。

楽しそうな笑い声を聞いた天照大神は、周りで何が起こっているのかと思い、天岩戸を少し開けて問いました。

そこへ、待ち構えていた天手力男神命(あめのたぢからおのみこと)が岩戸を開け、世の中に光が差し込むことになったのです」。

この物語では、天照大神は、「泣いてもわめいてもお願いしても、聞いてくれない」ということを教えています。

単なる神話だと思う方もいると思いますが、私にはそうとは思えないのです。

物語をとおし「神様を動かすには、お願いごとをしても駄目なんだ」ということを、私たちに教えて下さっているように思えました。

「自分の人生が思いどおりにいかず、辛いので何とかして下さい」と言っても、神様は聞いてくれません。

「面白がること」「楽しむこと」「幸せに過ごすこと」こそが、神様を動かすために有効な手段らしいのです。』


天岩戸開きにあるように、神さまが一番喜ぶのは、周りが「面白がること」「楽しんでいること」「幸せに過ごしていること」。

だから、お祭りの後には必ず「直来(なおらい)」という、飲食の場がある。

現在では、神事が終わった後の宴会のように捉えられているが、本来は、神と人が同じ食物を味わうということ。


シェイクスピアは、「この世は舞台、人はみな役者だ」と言った。

自分で脚本を書き、自分が主役の舞台。

まわりの人は、自分を盛り上げてくれるたくさんの役者たち。


そして、舞台は、「祭り」。

フェデリコ・フェリーニは、「人生は祭りだ。一緒に楽しもう。」と言った。


人生という祭りを楽しみたい。

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