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誰もやってないことをやること

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。




今回は、萩本欽一氏の心に響く言葉より…「誰もやってないことをやること」です。





人生で楽しいのは、誰もやってないことをやることだと思う。



誰かと同じことをやろうという気持ちは、ぼくには100%ない。



誰もやってないことをやることを、ぼくは“発明と初見(しょけん)”と呼んでいます。





誰もやってないことをどうやって見つけるか?



そんなの簡単です。



みんながやっていること、みんなが望んでいることとは逆のことから考え始めればいい。



例えば、みんなが頑張った自分にご褒美をあげているとしたら、ご褒美のタイミングを少し先にするとか、みんながお正月にあったかいハワイに行くなら、寒くてしょうがないロシアに行くとか、みんなが年をとって大事にされたいと思っているなら大事にされたがらないとか、みんなが行列する店には絶対に行かないとか。



なんでもいい。



みんなが当たり前、と思っていることを「本当はそうなの?」と考えてみるのも、誰もやってない新しいことを見つける、いいきっかけになりますね。





ぼくが野球の監督をやったのも、野球の監督ってみんな野球をやった人ばかりだってことに気がついたから。



ちょうど、野球の人気にかげりが出始めていた頃で、「人気が伸びないのは、監督してるのが野球経験者ばかりだからじゃないの?たまには違う才能をお呼びしましたっていうのもいいんじゃないの?」って思ってね。



思いきって野球チームを作って監督をやってみたら、「おもしろそうだ。ちょっと覗いてみよう」って、いろんな人が見に来ました。



世の中って、そういう新しいことにすごく敏感だし、人は殺到する。



だから変化ってすごく大事なんですよ。





どんなことでもいいから、他の人がやってない何かいいこと、おもしろいことを見つけて、やってみるといいと思いますね。



本人は当然おもしろいし、「あの人、誰もやってないことをやってる」って、みんなも憧れの目で見ますよ。



ぼくは“発明と初見”って、人生の一番の楽しみだと思ってます。





『ばんざい またね』ポプラ社











昨今、「デザイン経営」ということがよく言われている。



デザイン的な発想で、イノベーションやブランド力を向上せようという経営手法のことだ。



この世にないものを創り出すという、デザイン的な発想は現代もっとも必要とされている。



特に、日本はこの分野では遅れている。





この対極にあるのが、「みんなと一緒」という発想だ。



長らく、日本ではこの考え方を踏襲し、世界の潮流に遅れてしまった。





まさに、欽ちゃんの言う「誰もやってないことをやる」という姿勢がデザイン経営の根幹にある。



独創性とか、オリジナリティ、クリエイティブ、という考え方は、芸術やデザインの世界では当たり前だ。





「誰もやってないことをやること」を恐れない人でありたい。




人にはそれぞれ「お役目」がある

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。





今回は、医師、矢作直樹氏の心に響く言葉より…「人にはそれぞれ「お役目」がある」です。





《人には「お役目」があると気づけば、嫉妬は遠のく》





あの人はいいなあという憧れがいつか、「なぜあいつが」という負のエネルギーに変わることがあります。



これが嫉妬であり、嫉妬は相対感、つまり他者と比べることで生まれます。





お金、容姿、地位・立場、実績、家族、恋人、キャリア、人望など、嫉妬にはさまざまなものがあり、その強さも大きかったり小さかったりします。



いずれにせよ、劣等感を勝手に感じ、自分を信頼していない状態です。





そこで、自分が劣等感を抱く理由、嫉妬する理由を、少し考えてみましょう。



なぜ腹が立つのか?



なぜ執拗(しつよう)に避けるのか?



なぜ陰口を言いたくなるのか?



自分の中にある淀んだ感情に注目し、その感情の構成要素を分解してみるのです。





例えば成功者と言われ、メディアにもしばしば登場する起業家がいるとします。



実家は資産家で容姿も整い、有名大学を卒業し、大手企業を経て独立・企業、会社は上場を果たし、といった人物を目の当たりにして嫉妬する人は多いでしょう。



嫉妬の要素は家庭環境、容姿のコンプレックス、学歴コンプレックス、大手企業への就職、独立起業、上場という絵に描いたような成功者といったあたりでしょうが、人は人、自分は自分です。





私たちがこの世に生れてきたのは「個として学ぶ」ためであり、これが人は人、自分は自分です。



成功者と呼ばれる人にも、それをテレビで見る人にも、違うお役目があります。



自分のお役目に気づき、お役目をまっとうすることが唯一の使命です。





誰かに対して劣等感を感じるのではなく、今の自分をよくチェックしてください。



仕事は楽しいのか、恋愛は楽しいのか、親や子や友人と一緒にいて楽しいのか。



もし楽しいと感じないなら、どうすれば楽しくなるかを想像してみてください。





今の自分が楽しければ、誰かに嫉妬することもなくなり、相対感は自然と消えるのではないでしょうか。



過去を後悔する時間があるなら、これからの生活をイメージしてください。



誰かにSNSで「いいね!」するのと同じように、もっと自分に「いいね!」できるはずです。





『変わる―――心を整え、人生を楽にする73のコツ』ダイヤモンド社









矢作氏は本書の中でこう書いています。



『これまでの著書で私は、この世への輪廻転生について書いてきました。



人間は皆、転生を繰り返すものであり、それはこの世でいろいろと学ぶため、と。



一人ひとりが異なる条件を背負ってお役目を与えられ、日々精進している、というのがこの世の実相と考えています。



そう考えれば、たとえ苦境におちいって一時的に落ち込むことはあっても、その落ち込みを引きずって生きる必要はありません。



落ち込んだ経験は、あの世に戻った時の土産話(みやげばなし)の一つとなるにすぎないのです。



ですから、一つのことに落ち込んだままでいることなく、多様な経験をすべきだと思います。』





「人生とは何ですか」との問いに今東光氏はこう答えたという。



『人生というのは冥土(めいど)までの暇(ひま)つぶしだよ』(五日市剛の「ツキを呼ぶ日めくりカレンダー」)より





人生には、辛いことや、悲しいこと、嫌なことや、猛烈に嫉妬することもある。



しかし、輪廻転生があると思うなら、すべてのことは、この世で学ぶために起きたこと。



だからこそ、「このことがあってよかった」「これがあったから今の自分がある」と感謝することもできる。



そして、そんなこんなを、面白おかしく楽しむことができたら、「冥途までの暇つぶし」の境地に達することができる。





『人にはそれぞれ「お役目」がある』



自分のお役目に気づき、自分の使命をまっとうしたい。








慎み深い姿勢は、品性を醸す

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。




今回は、神社本庁総長、田中恆清氏の心に響く言葉より…「慎み深い姿勢は、品性を醸す」です。





結婚式やお祝い事でご祝儀を渡すときには、きれいな祝儀袋に包みますし、たとえお稽古事の月謝でも封筒に入れて差し出すものです。



お札をむき出しのまま手渡すことはありません。



同じように贈答品もきれいな紙で包んでのしをつけ、さらに風呂敷で丁寧に包んで持参します。





日本には「包む」文化があり、中のものが美しく大切なものであることを相手に伝えます。



この大切なものを包む、隠す文化は、己の感情を表に出さない日本人の美徳にも通じ、「つつしみ」という言葉にもつながっています。



慎みとは、決して出しゃばることなく、控えめで、軽はずみな言動をしない姿勢です。



言葉も同じで、目上の人には尊敬語や謙譲語を使うことで、自分を慎み、相手を敬う気持ちをきちんと伝えることができるのです。



そして、目に見えぬ尊いものに対して、敬いの心を持つ、それが本来の慎みの意味です。



宗教は英語で「religion」といいますが、この言葉には慎みという意味が含まれています。



「religion」はラテン語の「religio」から派生したもので、紀元前は超自然的な事物に対する畏怖や不安の感情を表していました。



これは神道の神髄である、神々に畏敬の念を持つことに通じます。



中世になると「religio」は、修道院の生活を意味し、必要最低限のもので心穏やかに神々に祈る生活を指すようになります。



まさに、慎ましい生活です。





さらには、慎みという言葉は、「他人を思う」「愛情を持って大事に扱う」という意味の「いつくしむ」という言葉にも通じています。



心に余裕がないときには自分のことばかり気にしがちですが、慎みの気持ちがあれば周囲を慮ることができます。



まず自分から相手に心を砕くと、やがて、心と心が通じ合うようになるものです。





《慎み深い姿勢は、品性を醸(かも)す》…礼節があり、謙虚で、相手を優先できる人には品性が備わる。





『神様が教えてくれた幸運の習慣』幻冬舎









「女性を美しく、好もしくするものは、昔も今も変わることなく、温かいほほえみ、美しいことば、さり気ない心配り、礼儀正しさ、そして恥じらいを知る慎みと覚えておきたいものである」



渡辺和子さんの言葉だ。



これは、女性だけでなく、男性にも言えること。



「恥じらいを知る慎み」には、気高さや、品性がある。





これは、武士道の中にもある「恥を知る」ということにもつながる。



かつて、日本では子どもの頃から、「人まえで、恥ずかしいまねはしてはいけない」「そんなことをしたら人様から笑われてしまう」と、「恥」について、厳しい教育を受けた。





「慎み深い姿勢は、品性を醸す」



真の意味の「慎み」を身につけたい。

知らないことを否定せず、素直になること

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。




今回は、佐藤芳直氏の心に響く言葉より…「知らないことを否定せず、素直になること」です。





《知らないことを否定せず、素直になることだ。無駄なことなど一つもないのだから。》





「一番程度が悪いのはね、知らないことを否定してしまうことだよ」



笑顔ではあるが、明らかに怒気を含んだひと言でした。



輪廻転生の話が、若手社員に語られていたとき、誰かが笑いながら首をかしげた。



そのときのひと言だったのです。





舩井幸雄先生が、人は生まれ変わるという一つの哲学に至ったきっかけは、先の奥様が29歳で若くして急死したことでした。



後には、乳飲み子が残されました。



寒い季節、朝見送ってくれた奥様が、夕方には亡くなっている。



そんな悲しい経験。





水屋には、いつまでもお昼に用意していた食事が残っている。



葬儀の後、その水屋を見ながら先生は考えたと言います。



「人はなぜ生まれてきて、なぜ死んでゆくのか?生まれてきた理由は何か?そして死にゆく理由は何か?」





それから先生は、ただ一途に人間の生まれる理由、そして死んでからどうなるのかを探求するのです。



スウェーデンボルグ、イアン・スティヴンソン『前世を記憶する20人の子供』、エドガー・ケイシ―…。



さまざまな探求のなかで、先生は、一つの結論に至ります。



「ほとんどの人は死ぬと、また人に生まれ変わると思われる。そのように現在の地球上の構造やルールはなっているからだ」





舩井先生が1980年以降、『包みこみの発想』という名著以降、生まれ変わりについて講演で話したり、著書で書いたりすると、社内ですらオカルト呼ばわりする人間が出てきました。



そのときも、そうでした。



「確かに死んだことがないし、前世の記憶もふつう我々にはない。生まれ変わりがあるかもしれないし、ないかもしれない。しかし、知らないこと、わからないことを、はじめから否定はしないことだよ」



とても穏やかに語る舩井先生の言葉を聞きながら、先生のつくった“成功の三条件”の意味を教えられたように思えたのです。





一 勉強好き



二 プラス発想



三 素直





成功する人間に共通するこの三条件を、成功の三条件と言います。



舩井総合研究所の社屋の入口には、この三条件が、舩井先生の自筆で刻み込まれています。



私にとっても、いや、舩井幸雄先生と接したことがある人間なら、すべて心の財産としている三条件でしょう。





勉強好き。



それは知らないことを知ろうとすることです。



知らないことを知ろうとすること、それは人間の成長の原動力ともいえます。



老人とは、その知的好奇心を失ってしまった人間を指すのです。





プラス発想。



人間はできない理由を100でも200でも並べることができます。



しかし、できない理由をいくつ並べても、何も変わりません。



できる方法を見つけるのです。



コップ半分の水を、もう半分しかないととるか、まだ半分あるととるか…。



人生は、そこで大きく変わるものです。





素直とは、何でしょうか。



よいと思ったことを、すぐに取り入れること。



悪いと思ったことをすぐにやめることです。



それは、知らないことを決して否定しないことです。



知らないことを否定した瞬間、その先にあるかもしれない気づきも、感動も失われてしまいます。



人間は知らないことを恐れて、自ら道を閉ざしてしまう人と、知らないことに感動し、その道の奥を覗きたい!と思う二つのタイプに分けられます。





舩井先生は明らかに後者です。



だからわかるのでしょう。



「世の中に無駄なことなど一つもない。だから知らないことを否定しても、よいことは一つもないじゃないか」と。





よく思うのですが、人の一生は思いのほか短いものです。



その一生のなかで懸命に生きて何かを残そうとします。



人間は何を残せるのでしょう。



それは自分の生き様そのものだと思います。



今生で永遠の生命を望む者はいないでしょう。



だからこそ、永遠に語り継いでほしい、あるいは子や孫に覚えておいてほしい生き様を刻もうとします。



資産や財産を残すこと以上に、自らの生き様を残そうとする思い。



そこに、人間の切実さがあります。





「そうだよ。生き様だけが多くの人の勇気となり、人を惹(ひ)きつけるんだ」



舩井先生はそう言ってくれました。



とすれば、人の記憶に残る生き様を残そうと、人間性を磨き成長させ、今世の役割を果たすことこそが、生まれてきた目的だと思うのです。



よりよい、より尊い魂として、この短い人生で叶えられる自己の成長、その成長は、次の世、そして次の世へと引き継がれなければなりません。



過去における行いが、現在における幸不幸を決め、現在の行いに応じて未来の幸不幸が決まるというルール。



そのルールは、果てしなき時の流れのなかで人間が築いてきた一つの価値観です。





いまの私たちの生は、いまだ未熟な魂を教育するためにあると考えます。



だからこそ、今生という時間を味方にして、私たちはプラス発想で学び続けなければならないと思うのです。





『一流になりなさい。それには一流だと思い込むことだ。 舩井幸雄の60の言葉』マガジンハウス











目に見えないことや自分の知らないことをすぐに否定する人がいる。



これは老若男女問わず一定数存在する。



それが、素直でない人。





松下幸之助氏は「素直」についてこう語っている。



『素直な心とは、寛容にして私心なき心、広く人の教えを受ける心、分を楽しむ心であります』



分を楽しむとは、置かれた場所で、花を咲かせるということ。





素直な人は、文句や愚痴や不平不満を言わず、何事も否定しない。



肯定的な心からしか、感動や、驚きや、パワーは生まれない。





勉強好きで、プラス発想で、素直な人をめざしたい。




笑いがわかる人になれ

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。






今回は、櫻木健古氏の心に響く言葉より…「笑いがわかる人になれ」です。





ユーモア精神を身につけよ、とは、必ずしも、ジョークをポンポン飛ばしたり、ユーモア・パフォーマンスをなしたり、といったことだけを指すのではない。



これらはむしろ二義的なこと、あえていえば、どうでもいいことである。



第一義的に大切なのは、「ユーモアに対する感性」を身につけよ、ということである。



「笑いがわかる人間になれ」ということである。





落語についていえば、これを鑑賞できる人間になりましょう、ということ。



それさえできるなら、落語的なユーモアへの感性は身についていることになる。



みずから落語を演じることは、必ずしも必要ではないのである。



ただし、やりたい人、その才のある人は、大いになさるとよいわけであるが…





駄ジャレ一つ飛ばすことができないなら、それはそれでけっこうである。



ただし、ユーモリストたちの言行を、「おもしろいな」と思える人にはなりなさい。



それが、ユーモアへの感性があるということ。





「くだらんこと言ってやがる」としか思えないなら、あなたは笑いがわからず、“あそび”ができない、味もそっけもないクソマジメ人間ということになる。



ある表現を用いれば、「笑わせ屋」になる必要は必ずしもないが、「笑い屋」にはなりなさい、ということ。



双方ともになれるなら、もちろん、それに越したことはないが…。





人が笑わせようとしたのに笑ってやらないのは、ヘソ曲がりに非ずば、笑いの感性に欠けているのであり、どちらにしても欠陥人間なのであって、そのような人の人間関係がうまくゆかないのは当然である。





『「笑い」の力(パワー)が人生をひらく―ちょっと高度な人間関係術 (PHP文庫)』











ユーモアのセンスを磨き、人前で当意即妙にジョークを言って笑わせたりすることは、かなり難度が高い。



しかし、自分を笑い飛ばすとか、自分の欠点をさらけ出したり、失敗をネタにする、というようなことは、比較的難度が低い。



ただし、プライドを捨て、恥をかく覚悟を決めなければならない。





「およそ恥ということを打ち捨てて、世の事は成るべし」(本書より)



と言ったのは坂本竜馬。





一緒にいて楽しい人は、よく笑う人だ。



ちょっとした話に、大げさに驚いたリ、笑い転げたりしたら、また会いたくなってしまう。



笑いの感性が高い人だ。





『「笑わせ屋」になる必要は必ずしもないが、「笑い屋」にはなりなさい 』



笑いがわかる人でありたい。


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