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美しい所作」は、心とからだにいい

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ペアショップ鹿児島店の坂元です。






今回は、東京大学名誉教授、矢作直樹氏の心に響く言葉より…「美しい所作」は、心とからだにいい」です。


残心(ざんしん)、という言葉をご存知でしょうか?

弓道、剣道、柔道などの武道、さらに伝統芸能の世界でもよく使われる言葉です。

意味としては「それを終えた後、力をゆるめる、あるいはくつろぎながらも、まだしっかりと注意を払っている状態」です。

気持ちが途切れていない状態、とも言えるでしょうか。


日常生活でも、残心を生かしてみたらいかがでしょう。

ドアや襖(ふすま)は、静かに、最後まで閉める。

湯飲み、コップ、食器は、静かに置く。

静かに歩く。

無用な音を立てない。


これらは所作としても美しく見えます。

食事を済ませた途端、パタパタと立ち上がらない。

余韻を大事にしてください。

お茶を飲み、落ち着いてから片付けましょう。


食べ物を箸(はし)でちゃんとつまめるか、外出の際に階段を踏み外さないか。

こういう動作への注意も、年を重ねてくると大事なことです。

食べ物を箸でちゃんとつまめるというのは、脳機能はもちろん握力と視力がしっかりと機能している証拠です。

階段を踏み外さないというのは、同様に脳機能、脚力(腰、太もも、膝、ふくらはぎ、足首、足指など下肢全体の総合力)と視力がしっかりと機能している証拠です。


常に緊張する必要はないのですが、自分に注意を払う。

ここが大切です。

加齢で少しずつ難しくなりますが、なるだけ気持ちが途切れないよう、その動作を意識してください。

加齢によるからだの変化を知ることもできるでしょう。

すべては「今の自分」を意識することからです。


『自分を休ませる練習』文響社




たとえば、柔道においては、技を掛け、決まったと思った一瞬、気を抜き油断した隙(すき)に、相手に逆襲されるようなことがある。

そこで必要なのが「残心」。

技が決まったと思っても、勝負が決まるまで決して気を抜かず、意識の集中を切らさないこと。

しかし、昨今のスポーツ化された柔道では、「残心」はなくなり、勝った瞬間にガッツポーズをしたり、ピョンピョン飛び跳ねたりする。

所作としても静謐(せいひつ)さに欠け、美しくない。


現代人は、すべての動作において、急ぎすぎる。

急げば急ぐほど、忙(いそが)しくなる。

「いそぐ」から「いそがしい」が生まれたという。


残心には余韻が残る。

「美しい所作」を身につけたい。

今この瞬間の幸せに気づくこと

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。


今回は、小林正観さんの心に響く言葉より…「今この瞬間の幸せに気づくこと」です。





あるホテルでエレベーターを待っていたときのことです。



目の見えない方が2人、白い杖をつきながらエレベーターから降りてきました。



そして、「どなたかホテルの方はいますか?」と声を出しました。





私の後ろに荷物を押しているホテルの女性職員がいて「はい」と答えたので、2人は「大浴場はどちらですか?」と尋ねた。



職員は荷物のほうを向いていたので、2人が目の不自由な方とは気がつかなかったのでしょう、「あちらです」と指をさして言いました。



2人が「では肩を貸してください」と言ったので、職員も「あっ!」と気がつき、謝りながら2人に近づいて、肩に手を添えながら歩いていきました。





この光景を見て、思いました。



私は目が見えないという経験をしたことがありません。



だから「あちらです」と言われて不自由に感じたことはない。



日常のあたりまえの言葉なのです。



しかし、目が見えない人にとって、それはあたりまえの言葉ではなかった。



彼らは肩を借りて誘導してもらわなければいけないのです。





生まれてからずっと目が見えない人は、「1秒でもいい、いや0.1秒でもいいから、親の顔を見てみたい」「結婚した相手の顔を見てみたい」「子どもの顔を見てみたい」と思いながら生きているそうです。



私たちは、0.1秒どころが、生まれてこのかた目が見えないことなどないにもかかわらず、目が見えるということに対して、感謝することなどまずありません。



それどころか、「あれが欲しい」「これが欲しい」「あれをよこせ」「これをよこせ」と現状に対して不満ばかり口にしています。





私たちは小さい頃から、足りないものをリストアップして、それを手に入れなければ幸せになれないと教え込まれています。



そのように洗脳されているのです。





「自分がいかに恵まれているか」「自分がいかに幸せか」「自分がいかにありがたい状況に生きているか」ということに気づいたら、「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」の「五戒」など口から出てきません。



願いがかなったら、望んだものが手に入ったら感謝する、というのは、本当の感謝ではありません。



何も要求することなく、不平不満を言うこともなく、いま目の前にあるものをありがたく味わう。



それこそが、本当の「感謝」なのです。





人は、自分がいかに幸せな状況のなかで生きているのかに気がつきません。



かぜをひいて、丸1日何も食べられなかったら、かぜが治ったときに食べた1杯のおかゆがとてつもなくおいしく感じられるでしょう。



元気いっぱいで毎日おいしいごちそうばかりを食べていたら、おかゆのおいしさはなかなかわからないでしょう。



では、かぜで丸1日食べられなかったことは、はたして不幸なことだったのでしょうか?



そうとはいえないでしょう。





私たちが「幸せ」を感じるためには、その前には一般的に「つらい、苦しい、大変」といわれる状況が起こるようです。



そういう構造になっている。



それは、時計の振り子にたとえてもよいでしょう。



真ん中から右側が、一般的にいう「不幸」。



つらい、悲しいと感じる領域です。



一方、左側に行けば、いわゆる「幸せ」だと思ってください。





「幸せを見せてください」と言われた神さまは、まず思いっきり右側に振り子を振ります。



そして私たちが「もう耐えきれない、ギブアップ」と言うと、神さまはその振り子から手を離します。



振り子は勢いがついて、真ん中を通り越して、大きく左側(幸せ)に行きます。



そのことに気づいたら、私たちはつらいこと、苦しいこと、大変なことに遭遇したときも、一喜一憂せずに、平静な心でいられるかもしれません。





『(文庫)人生は4つの「おつきあい」 幸せなことしか起こらなくなる、すごい法則 (サンマーク文庫)』











小林正観さんは、本書の中でこう語る。





『いまという瞬間に幸せを感じるということは、目の前にあるものを楽しみ、味わい、大事にすることです。



いま目の前にいる人を大事にして、できるかぎりのことをしてあげること。



それは「念を入れて生きる」と言い換えてもいいでしょう。



「念」という文字は、「今」の「心」と書きます。



「念を入れて生きる」とはどういうことなのか、すでに「念」という一文字の成り立ちに込められているのです。



それをお釈迦様は「刹那(せつな)、刹那」を生きること、言ったそうです。



1刹那とは、ほんの一瞬。



いまここのこの一瞬、一瞬が一生の長さだとお釈迦さまは説いたのです。



私たちはともすると、明日何をしようか、将来どうなっているかなどと考えて、いまの瞬間を過ごしてしまいます。



しかし、「刹那」を生きるということは、目の前にいる人、物、現象を大切にすること。



いまという瞬間を心をこめて生きることです。



良寛さんは「私の口から出る言葉は、すべて贈り物でありたい」と言いました。



貧しい僧侶であった良寛さんは、何か物をプレゼントしようと思っても、何も贈るものがない。



だからせめて、言葉を贈り物にしよう。



自分の口から発する言葉は、つねにやさしく、あたたかく、人を励まし、勇気づけ、心安らぐものでありたい…。



良寛さんは、たとえ人からどんなひどいことをされても、このことを実践しつづけたのです。



それが、この一瞬を大切に生きる。



すなわち、「念を入れて生きる」「刹那を生きる」ということです。



この一瞬を大切にしないで、いつ、誰を大切にするというのでしょう。



私たちは、いま目の前にいる人、いまここに起こっていることしか大切にすることはできません。



昨日会った人を抱きしめることはできないし、明日会う予定の人を抱きしめることもできません。



いま目の前の人を抱きしめること。



自分のとびっきりの笑顔を見せてあげること、できるかぎりのやさしい言葉を贈ってあげることです。』





我々は、ともすると、今この瞬間の幸せに気づかないことが多い。



目が見えること、手足が動くこと、息ができること、仕事に行けること、そして、生きていること…。



当たり前の幸せに気づかない。





不足を数える人は、今ある幸せに気づかない。



不足を数えれば数えるほど、不平不満、愚痴、泣き言、文句が出てくる。





良寛さんは「私の口から出る言葉は、すべて贈り物でありたい」と言ったという。



それが「愛語」。



心のこもったあたたかい言葉だ。





今この瞬間の幸せに気づき、愛語の実践を重ねたい。

タイミングがあります

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。



今回は、かめおか ゆみこさんの★今日のフォーカスチェンジ♪ 「タイミングがあります」です。




ひとは、自分の関心のあることに、
フォーカスを向けます。

よく言われるように、
引っ越しをしようと考えると、

街のなかの不動産屋さんが
やたら目についたりします。


言い換えると、関心のない
ことは、目に入りません。

気づきもしません。


このメルマガでは、

・ひとは誰でも表現者
・生きるとは表現すること
・まちがいはない。すべてマル
・プロセスを楽しもう

…などなど、いくつものメッセージ
を、繰り返し発信しています。


でも、表現することが苦手だ
と思っているひとは、

「私は表現者じゃないし」

とスルーします。


「日常のすべてが表現」
と書いてあっても、

文字は読んでくれても、
頭には残りません。


ところが、たまたま、街で困って
いるひとをサポートしたとします。

たとえば、道を訊かれて
教えてあげたり、とかね。


このとき、相手から

「本当に助かりました。
 ありがとうございます!」と、

めっちゃよろこばれたとします。


たいしたことしたわけではないのに、
こんなによろこばれるなんて…。

そこで、ふと気づきます。

「道を教える」

これも、表現だったんじゃないかな、
って。


自分には関係ないと思って、
スルーしていれば、

起こさない行動だったからです。


そこで、今度は、
同じようなケースに遭遇したとき、

これまでよりももっとていねいに、
相手に伝えてみました。

すると、さらによろこばれて、
こちらもうれしくなりました。


ほんのちょっとした表現で、
相手も自分もうれしくなるんだ。

そう思ったら、前より意識して
まわりを見るようになりました。

そしたら、自分にできることが、
けっこうあることに気づきました。


別にやってもやらなくても、人生の
大勢に影響はない(と思う)けど、

これまでなら

「じゃあ、やらなくてもいいや」
と思っていた自分が、

「やってもいいかな」に変わってる。

そんな自分が、前より少し好きになる。


そんなとき、いつも読んでる
(もしくはたま~に読んでる)(笑)

メルマガの、一文が目に止まります。

「ちいさなステップを大切に」とか、
「自分にマルをあげよう」とかね。


そういえば、
前から書いてたような気がするなあ。

いままでは、
読んでもスルーしてたなあ。

自分が行動したから、
目に止まったのかな…?

そんなふうに考えるかもしれません。


ひとには、
ひとのタイミングがあります。

だから、そのすべてにマル。


いつかそのタイミングがあえば
うれしいなあと思って、

毎日、切り口を変えながら、
メッセージを発信しています。


もっと言えば、私のメルマガで、
気づかなくてもいいんです。

きっかけは、何でもいいから、

そのひとが、もっと、
自分のことを好きになれるように。

自分の表現(=生きること)を
楽しめるように。

ただ、それだけを願っています。


そうして、今日も、こうして、
今日のメッセージを発信します。

どこかで、誰かとつながれたら、
とてもとてもうれしいです♪









個人のサバイバル能力」があらゆる人に求められている

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。



今回は、唐土新市郎氏の心に響く言葉より…「個人のサバイバル能力」があらゆる人に求められているです。


今の時代、すべての「働く人」にとってもっとも重要なのは、

「会社に頼らず生きていく」

ということです。


あなたは、会社がなくなっても「『自分』という看板で生きていくことができますか?それだけの「稼ぐ力」が身についていますか?

もちろん、これは「フリーランスになれ!」「今すぐ起業しよう!」なんて話をしているのではありません。

サラリーマンだろうが、契約社員だろうが、パートだろうが、何だろうが、「会社や組織に頼らなくても生きていける自分」というものを持つ。

実は、これからの社長もそうです。

この状態をつくっておくことが大事なのです。


これからは、間違いなくそういう時代になります。

理由を挙げればキリがありません。

まず、会社はいつ倒産するかわかりません。

その瞬間、あなたは人材マーケットに放り出されます。

若い人でもベテランでも関係なく放り出されます。

そのときあなたは、「自分の価値」というものをしっかり、きっちり示すことができますか?


運よく会社が倒産しなかったとしても、どこかの企業に買収されて、一夜にして会社の制度がガラリと変わり、上司も変わり、業務内容も変わり、評価軸まですべて変わってしまう。

そんな劇的な変化のなかで、これまたあなたは「自分の価値」というものをきちんと示すことができますか?

また、会社に大きな変化がなかったとしても、部署が変わって人間関係がメチャクチャになり、日々ストレスいっぱいで「もう、こんなところで働けない」と思うことだって十分あります。

ストレスフルな環境で肉体や精神がむしばまれてまで、あなたは働き続けますか?

会社にしがみつきますか?


はっきり言って、そんな環境ならすぐにでも逃げ出したほうがいい。

だって、自分の人生、そんなの楽しくないでしょう。

そんなとき、あなたは会社を飛び出すことができますか?

会社を飛び出して「自分の価値」をしっかり示していけますか?

これは、人ごとではありません。

あなたの物語なのです。


これからの時代、働く環境や条件、待遇は目まぐるしく変わり、AIが発達すれば、人と機械の役割分担は抜本的に変わっていきます。

今まであなたがやってきた仕事を、AIがあなたの100倍のスピードでこなす時代がもうすでに来ているのです。

外国人労働者がこれまで以上に入ってくれば、従来とは全く違った競争、異なる評価基準が生じてきます。


終身雇用が崩壊し、転職が当たり前の世の中はもう現実になっていますし、最近は「働き方改革」の波のなか、よりフリーランスに近い「独立系」の働き方や雇用形態を認める会社も増えてきています。

要するに、「会社と個人の関係」が決定的に変わってきているのです。

まさに今、組織の時代から「個人の時代」へと移り変わっています。

そんな時代に、自由に、自分らしく、毎日ワクワクして働くためのキーワードは何だと思いますか?


それが、「会社に頼らず生きる」です。

もっと言うなら、「肩書き『オレ』で生きていく」です。

組織に属しているとかいないとか、そんなことは関係ありません。

つねに独立心を持ち、いざというときはいつでもどこでも「自分の看板」で世間と渡り合っていける…そんな人であれば、会社の人間か、フリーランスか、起業家か、なんてことは大きな違いではありません。


これは脅しではありません。

今という時代、そんな「個人のサバイバル能力」があらゆる人に求められているのです。


『肩書き「オレ」で生きていけ!』ディスカヴァー





唐土氏は本書の中で「読書」についてこう語る。

『最近、働き方改革によって残業がどんどん減っています。

肩書き「オレ」で生きていこうとする人にとって、これはすごく喜ばしい状況です。

なぜなら、みんなが22時まで働いている時代に比べて、みんなが18時で帰るということは、個人の時間が4時間増えるということ。

つまり、その4時間で人に差をつけることができるからです。

さて、その4時間で何をするか?

もっともおすすめなのが読書。

「どうやって自分を成長させようかな」と思ったら、とにかく本を読む。

これが一番です。

実際、私は若い頃、夜中の12時まで毎日本を読んでいました。

だから、だいたい月に40冊、年間480冊は読んでいました。

どんなに興味のないジャンルでも、すすめられた本は必ず読む。

そのもう1つの理由は、

●読んだ本は3年後に花開く

●1行でも自分の気づきになればいい

と思っているからです。

そもそも本というのは、自分の中でしっかりと腹落ちして、本当の価値が生まれてくるまでに1000日くらい熟成期間が必要だと思っています。

本とは不思議なもので、読んだ後、その内容をはっきり覚えているわけではないのに、潜在意識に放り込まれて、どこか自分の中に残っている…そんなことがよくあります。

また、読み手が不感症だったら、どんな本を読んだってダメ。

それこそ、体験がまるっきり無駄になってしまいます。

私は、「1行でも自分の気づきになればいい」と思っています。

残りの何千行が無駄になったとしても、たった1行、自分にとって価値があればそれでいい。

どんな本も、熟成期間を経て、いつしかあなたの宝になるのです。』


これからの時代は、会社に勤めていようと、社長であろうと、会社が倒産したときや、転職したときなどに「自分で稼げる力」が必要だ。

それは、どんな状況になっても生き抜くという、「サバイバル能力」であり、臨機応変の対応力や、どんな荒波も乗り切る野生の荒々しさと、行動力。

そのためには、まず、自分の価値を高めなければならない。

そうでなければ、自分を高く売れないからだ。


肩書き「オレ」で生きていきたい。

意地悪する人がいたら

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リペアショップ鹿児島店の坂元です。



今回は、斎藤一人さんの心に響く言葉より…「意地悪する人がいたら」です。



神様から問題が与えられたときはね、どんな理由でもいいから、それに挑戦しようって思えたらそれでいいんです。

だから、最初は「この修行をやりきったら、神様からすごいごほうびがもらえるぞ」って下心があってもかまいません。

そう思ったほうが行動しやすいんだったら、そうすればいい。

行動することが大事だから、それに結び付くことだったら何でもいいんだよね。


ごほうびがもらえると思えば行動しやすいとか、前世に自分がやったからしょうがないと思ったほうが行動しやすいとか、人それぞれやり方ってあるよね。

1万人いれば、方法は1万通りあるんです。


一人さんだったらどうするんですかっていえば、もし私に意地悪をするやつがいたら、ひどい目に遭わせて終わりだね(笑)。

どういうふうにひどい目に遭わせるかっていうと、悪口を言ってくるんだとしたら、「そういうこと言うのはやめな。自分にもよくないよ」って言う。

何だそれだけかっていえば、その程度のことでじゅうぶんなんだよ。

言うべきことを伝えたら、それ以上しなくていいの。


悪口を言う人に、「聞いてる私も気分悪いけど、あんたも運勢悪くなるから止めな」とか真っ当なことを教えてあげればいいだけ。

相手のためを思って注意することはできるんだよね。

あるいは、悪口を聞きたくなければ、自分がその場から離れちゃうのもいい方法だしね。


距離を置いたり、そういう人と口をきかなくなったりしてもかまいません。

とにかくやり方はいくらでもあるから、自分に向いていることをやるといいよ。

でね、相手と距離を置きたいときに、急に連絡を断ったりすると角が立つから難しいって言うんだよね。

上手な距離の置き方があるんですかって聞いてくる人もいる。


あのね、何かやるときに「角を立てちゃいけない」とかって言うけど、何かをやるときは、角なんか立てまくりだよ(笑)。

そうしなきゃ何もできない。

嫌なことをされているのに、それでも角を立てなかったら相手にはわかりゃしないよ。

そういうときは、角なんか立てまくるしかないんです。


だって、嫌いな人にまでいい人と思われたいと思っていること自体、間違いなんだよね。

いい人に好かれるんだったらいいけど、あなたに嫌なことをする人に、いい人と思われたってしょうがないでしょ?

そもそも、角を立てないように一生懸命やってるから、うまくいかないんだよね。

むしろハッキリ嫌だって言ったほうが、嫌な関係はすぐに終わるものだよ。


あとね、「今度何か言われたら、言い返してやるぞ」なんて思っていると、その気迫って相手に伝わるものだから、案外、嫌なことを言われなくなります。

意地悪されるってね、嫌なことを言われたらどうしようって不安に思っているから、本当に嫌なことを言われちゃうの。

困ったことが起きるような波動を出しているから、その通りのことが起きるようになってるんだよ。


反対に、意地悪をされても困らないと思っていれば、不思議と困るようなことは起きないものです。

だから、「こいつ、早く嫌なこと言わないかな」とか思ってるくらいでちょうどいいんだよ(笑)。


『斎藤一人 俺の人生』マキノ出版




斎藤一人さんは、もし自分の子どもが学校でいじめにあったら、親は死に物狂いで子供を守らなければいけないという。

例えば、学校について行って、子どもがいじめられないように見張るとか、担任の先生や校長先生に必死で掛け合うとか。

そして、そのことでもし、騒ぎが大きくなってもいいのだ、という。

ほとんどの人は、人がいい。

だから、騒ぎを大きくせずに穏便に解決しようとする。

しかし、それでは、いじめられている当事者の死ぬほどの苦しみや切迫感が伝わらないからだ。


これは、会うたびにジンマシンが出るほど嫌な人に対する対応も同じ。

角を立てずに、穏便にすまそうとニコニコと優しく話していては、相手に自分の気持ちは伝わらない。

かえって、相手は「これくらいしたって大丈夫なんだ」と思い図に乗るだけだ。


人が良い人は、悪に対しては、倍のパワーで立ち向かうくらいでないと、問題は解決はしない。

意地悪する人がいたら…

たとえ角が立ったとしても、「嫌だ」という意思を伝えることが大事。



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鹿児島市西千石町のフレッセ厚生市場内にある靴修理・鞄修理・合鍵作製の店「リペアショップ鹿児島店」です。

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