熊大附属研究発表会,分科会ダイジェスト

テーマ:先生日記
13日(金)は県外出張でした。熊本大学附属小学校に行ってきました。



熊大附属の研究主題は,『豊かな「対話」で広がる創造的な学び』
対話については,トゥールミンの論証モデル(トゥールミン・モデル)を基礎理論としている。 
「根拠-理由付け-主張」の論理モデルに注目しているため,国語科においては,根拠となるテキストとテキストや,テキストと主張のつなぎ方の可視化の工夫も研究の一つである。
・・・以上を前提としての分科会レポート。(ダイジェスト版です)
指導助言者が文学の研究者であり,回答が一味違って面白かったです。


国語中学年はごんぎつねの六の場面の読み取り。

■授業
授業のめあて
『兵十の「ぬすっとぎつね」という思いが変わるのは,どの文からだろう』
(牧注)めあてに対する答えを自分なりにイメージしてから読み進めると面白いかもしれません。

(六の場面)
そのとき兵十は、ふと顔を上げました。と、きつねが家の中へ入ったではありませんか。こないだうなぎをぬすみやがった、あのごんぎつねめが、またいたずらをしに来たな。
 「ようし。」
 兵十は、立ち上がって、納屋にかけてある火なわじゅうを取って、火薬をつめました。
 そして足音をしのばせて近よって、今、戸口を出ようとするごんを、ドンとうちました。ごんはばたりとたおれました。兵十はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。
「おや。」と、兵十はびっくりしてごんに目を落としました。
「ごん、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」
ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。
 兵十は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。

授業自体は中盤から子どもたちの意見交換が盛り上がる。
特に,「ごん、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」に対する返事が「はい」「いいえ」を検討する部分。
が,めあてに対するすっきりとした答えがでなかった。


■分科会
○めあての是非
『兵十の「ぬすっとぎつね」という思いが変わるのは,どの文からだろう』
 めあてについては,分科会参加の大人でも議論の的となった。
 変わ「る」ではなく,変わ「った」であればはっきりしたのではないか。などの意見も出された。
 授業者も当日の朝まで迷いがあったという。この発言を裏付けるように,起要や当日配布の資料と板書のめあての文章は異なっていた。

○読み取りの視点の切り替えの妥当性
 視点がごんから兵十にうつるのに違和感がある,との意見も出された。子どもたちはこれまでにごんの視点で物語を読みとっている。シンデレラの物語で急にいじわるお姉さんの視点で読み取るようなもので,子どもたちの読み取りの妨げになるのではないかという指摘。
 授業者は,シンデレラならお姉さんの視点にうつって読み取りをしない。ごんきつねという物語の特性を考えて,ごんから兵十に視点をうつしたという回答をした。
 *ただし,シンデレラとごんぎつねの物語の特性の違いについては言及しなかった。


■指導助言者の話

 指導助言者が文学専門の研究者であり,返答の視点が教員とは異なりユニークでした。

A.めあての是非→疑問文はないという視点から
B.読み取り視点の妥当性→近代文学の視点から

A.めあての是非について
現在学問的には「疑問文」というのは存在しない。疑問にも様々な形ある。
疑問になる前段階(ex問いかけ)の形や確信要求する形などがそうである。
*修辞疑問文(反語など)は要点を強調するために発せられ、答は期待されていない(多くの場合答は疑問文自体に含まれるか、明白かである)。「このコーヒーおいしいでしょ?」というような問いかけで,答えは「はい」でも「いいえ」でもいい。

ごんぎつねの六の場面には,疑問に様々な形があることが,きれいにあらわれている。

「おや」というのは,疑問が形になる前の段階(問いかけ)で,「ごん,お前だったのか」というのが修辞疑問文である。
 それぞれ段階は異なるが,兵十の考えが変わっていく過程を表している。

 したがって,めあてを「考えが変わるのが分かる文を探す」と捉える(牧補足)と,答えが複数あるため,児童に合意形成を促すのは困難である。同じような例が中学校の授業参観で見られた。中学校では答えが2つあるパターンであったが,その学級では頭のよい子の意見に流され,1つの答えに流されてしまった。
 発達の段階にもよるが,教師のたてためあて自体に疑問を抱かせることも大事になってくるのではないかと思う。
 ただ,研究テーマの対話によって子どもたちの考えを深めることを目的とするならば,複数ある答え(主張)と根拠を可視化して,その理由付けを比較することも意味のあることである。
(牧:そのためにミスリーディングを発生させるめあてを意図的に設定することの是非については論及せず)
(牧:指導助言者は,くりを固めてに注目させてほしかったとポツリ)
(牧補足:これは子どもたちの中でトゥールミンの論証モデルを基盤とする対話がうまく機能していないことの表れのような気がします。主張の根拠をテキストから探すなかで,熊大附属が提唱するつながりを考えることが喪失されているのではないかと?)

B.読み取り視点の妥当性について
 ももたろうなどの近代文学以前の物語では変容がみられる。「めでたし,めでたし」で終わる。それに対して,近代文学には変容がみられない。これは,大きな違いである。
 (牧注):ここで発言された「変容」についての詳細は不明のまま話が進む。
 ごんぎつねは,子どもが出会う近代文学の一つである。その中には変容がなく,「めでたしめでたし」では終わらない。作者の俯瞰的視点でかかれ,「この物語をどう考えますか」という意図が込められている。
 また,近代文学では,作者は意図を明確に伝達するために,物語を様々な登場人物の視点で描くこともある。
 したがって,六の場面で,ごんではなく兵十視点で読解することも不自然ではない。

以下,牧の解釈(補足)
 つまり,作者の意図を正確に理解する「読解」を行い,それに自分なりの意味付けをする「解釈」に移行するには,様々な登場人物の視点から,作者の意図を客観的に考察することも大切になってくるのであろう。4年生でこの教材に出会うことは,主人公視点のみからの考察から脱却するためにも,意味のあることである。

 フロアから「現在は場面読みではなく,全体を通した読みが求められるのでは」という意見がでた。それに対する回答も含まれているように思える。

 めあてについては,はっきりどの文「から」だろう,と書いてあるため,ぶれずにここを追求するとよかったような気がします。

修羅場

テーマ:絵日記
いわゆる,「天丼」と呼ばれる文章構成に挑戦しました。















































ゲロを だね^^















この後,船を降りて自己回復。
過呼吸への正しい対応を学ぶのは,その後のことでしたね。


プロフィール

電脳ケンさん

H7-H9 文部省指定
僻地高度情報通信設備活用方法研究事業に従事

2003第1回全日本小学校ホームページ大賞
全国ベスト8入賞(西陵)

2004第2回全日本小学校ホームページ大賞
全国ベスト8入賞(西陵)

2005第3回全日本小学校ホームページ大賞
全国ベスト8入賞(西陵)
文部科学大臣賞受賞


2006第4回全日本小学校ホームページ大賞
鹿児島県優秀校入賞(城南)

2007第5回全日本小学校ホームページ大賞
全国ベスト10 デジタルイメージ賞入賞(城南)

2008第6回全日本小学校ホームページ大賞
鹿児島県優秀校入賞(城南)

2008 第8回週刊アスキーこどもホームページコンテスト 準グランプリ作品プロデュース

2009 第7回全日本小学校ホームページ大賞
特別推薦枠選出(県代表)
同賞
全国ベスト8入賞

2009 第16回マイタウンマップコンクール
上月スポーツ・教育財団賞受賞

2010 第8回全日本小学校ホームページ大賞鹿児島県代表選出

九州ウェブサイト大賞2010最優秀賞受賞

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